287話 アズリア、雷神に指摘された懸念
二つの威力が激突した一点が膨れ上がり、周囲にも爆発の予兆と思える閃光が奔った。
その瞬間──アタシは途中で雷撃を止め、この場から離れようと思ったが。
「……今、ここでアタシが逃げたら、ッ」
そもそもアタシが魔竜が吐いた炎に割り込んだのは、すぐ背後にいるカムロギを庇うためだ。爆発を避けるため、今この場を逃げ出せば。間違いなくカムロギは爆発に巻き込まれてしまう。
爆発の余波……爆風や衝撃ならば。魔竜の炎が直撃するよりも、幾分か威力が軽減されたとはいえ、だ。
ならば、このまま立ち塞がり、アタシ自身の身体で庇い続けてさえいれば。少なくとも、必殺の一撃を放ったばかりで隙だらけのカムロギを守り切る事が出来る。
「来る、ッ!」
間近で起きる爆発に備え。アタシは右手で大剣を構えたまま、空いた左の腕で顔、主に目を守る。爆風に混じり飛んでくる石礫や土砂を防ぐために。
欲を言えば、爆発と同時に巻き起こる激しい爆音と衝撃から耳を守るため、両手で耳を塞ぎたかったが。アタシに四本も腕はない。残念ながら、爆音で耳が駄目になるのは諦めるしかない。
アタシが身構えた、その時だった。
「──さっさと退きなさいなっ!」
激しくアタシを叱咤する罵声と同時に、こちらの横腹を蹴り上げ。アタシの身体を真横へと弾き飛ばしていったのは、お嬢だった。
突然のお嬢の蹴り……に、防御の姿勢を取ってはいたものの。アタシが察知出来なかったのは、蹴りに敵意が含まれていなかったからだが。
「アズリア、お前……本当の馬鹿なのですかっ? いや、馬鹿なのですねっ!」
弾き飛ばされた位置から、元はアタシが立っていた方向を見ると。
アタシを蹴り飛ばしたお嬢は、今なお罵声を吐いたばかりだ。さぞや気分が良いだろうと想像していたにもかかわらず、何故か泣きそうな表情をしていたのだ。
不思議に思ったアタシと目線が合った途端、ぷいと顔を背けたお嬢は。
「──神聖障壁っ!」
先程、魔竜の鱗を両断した純白の魔剣を鞘へと戻し。開いた両手を前に突き出して、神聖魔法を発動すると。
お嬢やアタシの前面に、魔力で形成された半透明の障壁が張り巡らされたのと同時に。
空中で入り混じり、膨れに膨れ上がった「炎の吐息」と雷撃とが、一気に弾け、盛大に爆発を起こす。
……だが。
「う、お……ッ? 耳が、痺れねぇ……ッ」
アタシの前に張られた神聖魔法の障壁は、眼前で起きた爆発の爆風や熱だけでなく。爆音による耳への悪影響すら防いでくれていたのだ。
お嬢の防御魔法の威力に、アタシぢけでなく。その背後にいたカムロギもまた、目を見開いて驚きの表情を浮かべていたくらいだ。
「ふふん。この私の障壁ですもの、当然ですわ」
カムロギが現れる前にも、魔竜が吐いた「炎の吐息」が直撃してなお、完全に防御してみせた神聖魔法を使ってみせたお嬢。
「そりゃあ、な……お嬢はアタシとは違うよ」
素直に認めるのは……何となく癪ではあるが。
大陸で広く信仰される、太陽神・月煌神・魔術神・戦神。そして大地母神の五柱の神々。
神聖魔法を扱う聖職者らは通常、五柱の神々のうち一つの神の加護と恩恵を得ていれば重宝されるものだが。
お嬢はなんと、五柱の神々全ての加護と恩恵を授かる、という天性の才能を持って生まれたのだ。
かたや、アタシはといえば。生まれた時に右眼に宿していた魔術文字によって、通常の魔法を使う事は出来なくなり。さらには「忌み子」として周囲の人間から恐れられる運命を背負ったのだから。
「は……は、ッ。今さら……だねぇ」
二度に渡り、アタシを魔竜の攻撃から庇ったお嬢の背中を見ていると。
どうしても口から自分を卑下する意味合いの、乾いた笑いが漏れ出してくる。
既に故郷を出て八年、世界を渡り歩いて魔術文字を探す旅を続けた事で。魔術文字を宿した自分の運命を、少しは受け入れたとばかりに思っていたが。
アタシの心の奥底には、まだ「魔術文字を宿していなければ」という、あり得ない運命に焦がれる思いを諦め切れていないという事実に気付かされたからだが。
すると。
「う、おッ? な、何だ……熱ッ!」
胸に刻んだ「九天の雷神」の魔術文字が焼けるような熱を帯びていく。
「何で、魔術文字が突然……?」
つい先程、雷撃を放つ際に。魔術文字の内側に秘められた意識に向け、奮い立たせるかのような挑発的な言葉を発したアタシだったが。
今度はまるで逆の立場。お嬢との比較で弱気に傾き始めていたアタシの心を、直接殴り付けてくるような。
確かにこれまでも何度か、発動中の魔術文字がまるで意思を持っているかのような反応を見せた事は記憶にあった、が。
魔術文字が一体、何を伝えるために熱を帯びるような現象を起こしたのかを知りたくなったアタシは。思わず疑問を口に出し、自分の胸にある魔術文字に向けて問い掛けてしまう。
「なあ、九天の雷神……アタシに、何が言いたいんだよ?」
他の魔術文字とは違い、今発動している「九天の雷神」の魔術文字は。これまでに二度、魔術文字の内側に潜んでいた「何者か」の意思が。身体を乗っ取り、アタシに取って変わろうとしたのだから。あの時アタシを乗っ取ろうとした意思が、もしかしたら答えてくれるのでは、という淡い期待から。
すると、アタシの葛藤を感じ取ったからなのか。
頭の中に聞き覚えのある声が響く。
『──情け無い。それがこの九天の雷神を従え、主人として認めさせた心の持ち主だとはな』
もっとも……魔術文字の声はアタシの頭の中にのみ、聴こえているだけ。当然、アタシの反論もまた、口には出さずに頭の中で思い描くだけだが。
『それでこの我に聞いて欲しいのは何だ? もしや、身体を渡してくれるという願い事ならば大歓迎なのだがな』
「(あ、アンタは……ッ?)」
アタシが身体の支配を取り戻し、九天の雷神を従えるに至った二度目の対決から。実に三月ほどの時が流れていたが。
これが三度目の接触、久々の再会となるわけだが。「九天の雷神」は前にも増して傲慢で尊大な口調だった。
「(い、いきなり……言ってくれる、ねぇ……ッ)」
普通に接しているのとは違い、心の中での接触では表情や感情を取り繕うのは難しい。
同じようにアタシを見下した態度のお嬢と接していなければ、苛立ちのあまり魔術文字の発動を中断し。会話を打ち切ってしまっていたかもしれない。
九天の雷神の態度に腹を据えながらも、何とか冷静な感情を保ったままアタシは接触を続けると。
『で。何故だ?』
「(お、おいおい……質問したいのはアタシなんだけどさ)」
先程までの傲慢な口調から一変、突然アタシへと向けて質問を飛ばしてきたのだ。だが、質問の内容については一切触れてはこない。それではアタシも質問に答えようがない。
そもそも、最初に魔術文字との意思の疎通を願った際。問い掛けがあったのはこちらの筈だったのに。
しかし今、互いに質問を投げ掛けても会話は成立しない。一旦アタシは自分の疑問を後回しにし、九天の雷神からの質問の内容を追及する事にした。
──その内容とは。
『主人となったアズリア、貴様は……雷神としての我の全力を使わない?』
「神聖障壁」
あらゆる属性を帯びてはない神聖なる魔力に、物理的、魔力的な防御力を持たせ、術者の前方へと展開することにより。術者を害する様々な要素から防護してくれる、万能なる防御魔法。
本編ではベルローゼが無詠唱で発動させていたが、元来であれば神聖魔法の中でも習得・発動難易度の高い魔法であり。この魔法を習得した聖職者は、要人の護衛に重宝されていたりする。




