286話 カムロギ、魔竜に届く必殺の一撃
カムロギのあの構えを目にした途端、アタシの右肩に突然痛みが走る。
既にお嬢の治癒魔法で、受けた傷は癒えている筈の、あり得ない痛みが。
「……ぐ、ぅッ?」
そう。先のカムロギとの一騎討ちでアタシは、あの構えから繰り出された大技によって。右肩に深傷を負ってしまった記憶が、不意に蘇ってしまったのか。
秘剣・天瓊戈。
カムロギがあの構えから放つ、必殺の威力を誇る刺突の名前だ。
いや……正確には。黒の魔剣「黒風」で生み出した、離れた位置をも撃ち抜く刺突と。白の魔剣を利用して発動させる「水の槍」。剣の技と魔法の複合技術と言うべきか。
魔法の特性を持つために、大剣を掲げたのみでは防御も出来ず。アタシはただ、回避する以外に手段がなかったのだが。
「散々……俺を煽ってみせたんだ」
その大技をカムロギは、今。
イチコら盗賊団一味を喰らっただけではなく、喰らった仲間を蛇人間へと変え。差し向けた様子を眺め、嘲笑っていた魔竜へと──解き放った。
カムロギの胸中に抱いていただろう感情と同時に。
「生命の一つくらいは代償に貰っていくぞ! 魔竜いいいいいいっっ‼︎」
まだ地面に空いた大穴から頭と胴体を延ばす魔竜との距離は、刃が届くにはまだ数歩程足りてはいなかったが。
カムロギが放つ「秘剣・天瓊戈」には多少の距離など問題はない。
距離を空けたその場で、弓の弦を引き絞るような動作で充分に溜めた力を解放し。二本の魔剣を真っ直ぐ、前方へと向けて鋭く、実に鋭い刺突を繰り出していくと。
溜めた力と一緒に、魔剣によって充分に練られ、集束していた魔力が形を成し。二本の魔剣の切先に生まれた渦巻く風の槍と「水の槍」が螺旋状に絡み合いながら。
カムロギの怒りの言葉と一緒に、一直線に魔竜の胴体部目掛けて飛んでいく。
肩に受けた痛みの記憶が蘇る程のカムロギの秘剣を、再び目の当たりにしたアタシは驚きの声を上げてしまった。
「うおぉッ? アタシの時より、槍が……デカいッ……!」
何故なら、アタシとの戦闘でカムロギは一度ではなく数度、秘剣である「天瓊戈」を浴びせてきたが。
今まさに、魔竜の胴体を貫こうとする風と水の槍は。アタシとの戦闘で見た時よりも一回り大きさが増しているように思えたからだ。
つまりはそれだけ、イチコら盗賊団一味を殺害された怒りと憎しみの感情が強かったのだろう。
カムロギの怒りの感情を乗せた巨大な風と水の槍が、魔竜へと迫る中。
当然、ただ黙って自分を殺そうとする攻撃の直撃を待つ道理は、魔竜にもない。
魔竜は迎撃のためか、こちらに蛇を模した頭部を向け、口を大きく開くと。喉奥からは、チラチラと紅蓮の断片を覗かせていた。
あれは間違いなく、アタシらにも放った強力な「炎の吐息」を吐く予備動作だ。
『そのような馬鹿正直な攻撃など……舐めるなよ、人間──カアアアアああアアアアアァァっっ‼︎』
周囲の空気を震わせる程の咆哮と同時に、大きく開いた魔竜の口から吐き出された猛烈な炎は。
同じく周囲で警戒していたアタシやその他の人間には目も暮れず。ただ一直線に、カムロギの放った「天瓊戈」の巨大な一撃にのみ狙いを絞り、放たれていった。
おそらく魔竜は、地面を黒く焼き焦がす程の威力を誇る自分の炎を衝突させる事で。カムロギの「天瓊戈」の威力を打ち消し、逆に炎で焼いてやろうという算段なのだろう。
「無茶だカムロギッ! そいつは分が悪すぎる勝負になっちまうッ!」
側で見ているよう約束してしまったアタシも、さすがに。魔竜の猛烈な「炎の吐息」と対抗するのは無謀か、と思い。
カムロギに警告を発した──その矢先だった。
「ッて? は、はあっ?」
『な、何だ、とおっ⁉︎』
魔竜やアタシだけではない。
この戦場に居合わせていたほぼ全員が驚愕し、驚きの声を上げた。
何故なら、カムロギの放った巨大な風と水の槍は、炎に押し戻されもせず、掻き消されたわけでもなく。
炎の吐息と「天瓊戈」、二つの威力は激突による力の拮抗を発生させる事もないまま。
カムロギに迫り来る紅蓮の炎のど真ん中を貫通し、魔竜の胴体部に直撃していたからだ。
『ば……馬鹿な……馬鹿な……っ』
元々、カムロギが狙いを定めたのは。地面に空いた大穴から出ていた太い胴体部だったため、魔竜が攻撃を避けるのは難しかっただろうが。
直前に「炎の吐息」による迎撃を選択したがために、回避する機会を完全に失ってしまったのだ。
結果、胴体部に直撃した「天瓊戈」の威力は、アタシの大剣を弾き返した堅い鱗に大きな穴を穿ち。太い胴体部を貫通こそしなかったものの、鱗の下の肉を深く抉り出すことに成功した。
カムロギの怒りが魔竜に届いたのだ。
──だが、当然。
カムロギの一撃と猛烈な炎は衝突を起こさなかったのだから。魔竜の口から放たれた「炎の吐息」の行方がどうなったというと。
十二分に溜めた力と怒りの感情まで解放したばかり、刺突を繰り出した後の姿勢で硬直していたカムロギに襲い掛かるのは必至だった。
「アズリア……俺を守る、のか?」
「ああ、アンタを守っちゃならないなんて約束、した覚えはアタシにゃないからねぇ」
復讐を遂げるまで手を出すな、とカムロギとの口約束を交わしたアタシだが。魔竜からの攻撃を防ぐ事は、約束の中に含まれてはいない。
「──おい、出番だよ九天の雷神ッ!」
アタシは咄嗟に脚を動かし、身動きの取れないカムロギの前方へと飛び出していくと。
「まさか……アタシの身体を乗っ取ろうとしたヤツが、こんなチンケな炎に負けるワケない……よねぇッ」
叱咤とも取れるアタシの言葉に反応したのか、「九天の雷神」の魔術文字を刻んだ胸が一瞬だけ、ドクン!と強く脈打つように感じると。
アタシの周囲には再び、バチバチと激しく火花を散らしながら百を超える無数の小さな雷光が出現し。
次の瞬間。
「唸れッ! 雷よッッ‼︎」
号令と同時に、小さかった雷光が集束、数十本の巨大な雷撃と化し。カムロギとアタシに迫り来る紅蓮の炎へと目掛けて、一斉に降り注いでいくと。
空中で激しく衝突する火炎と雷撃。
その瞬間、アタシの頭を過ぎったのは。
つい今、カムロギが放った秘剣の威力が。アタシと戦っていた時に比べて強力だった事だ。
三の門で繰り広げたカムロギとの死闘の最中で、彼はまだこれだけの余力を残し、加減をしていたのではないか……という点だが。
アタシとて、カムロギとの戦闘で持てる力の全部を出し切った、というわけではない。当然、三の門を突破し、黒幕であるジャトラと魔竜との対決を見越して。出来得る限りの魔力の消耗を抑える戦法をアタシも選んでいた。
カムロギもまた、アタシの背後にはユーノやヘイゼル、そしてお嬢ら五人が控えているのが見えていただろう。だから互いに、この一戦のみで全てを出し切り、消耗し果てるわけにはいかなかった背景がある。
果たして、どちらが真実なのか。
そう考えていたアタシの目の前で、衝突した二つの威力が突如、猛烈な勢いで膨れ上がり。目が眩みそうな閃光を発してしまっていた。
「こ、こりゃマズった、ねぇ……ッ」
何が起きたのかを理解は出来なくとも。これから何が起こるのかはアタシでも容易に想像が出来た。
魔竜の「炎の吐息」とアタシの雷撃が衝突し、爆発を起こそうとしていたのだ。




