281話 盗賊団、ジャトラの真相を知り
今回の話の主な登場人物
ジャトラ カガリ家騒動の一連の黒幕だった人物
イチコ 活発で粗野な少女 三位一体で弓を使う
ニコ 疑り深い性格の少女
ミコ 寡黙だが偏執的な家族愛を持つ少女
バン 鎖使いの屈強な武侠崩れ
トオミネ 羅王を目指し挫折した格闘家
ムカダ 元は他八葉家の影
──シラヌヒ城にて。
戦況が不利になった途端、手のひらを返すように今まで大人しく従っていたカガリ家の重鎮たちが。突然、説明を求めてジャトラの元へと押し掛けてきたのだ。
今、重鎮らの前に引きずり出されてもジャトラにとって不利益でしかない。配下の影が知っていた城の隠し通路にて、一旦城外へと逃げ。三の門でフブキら侵入者が始末されるのを待っていたのだが。
逃げ出した城外で、偶然にも遭遇してしまったのは。現在、三の門にて侵入者を相手にしているカムロギの部下たちだった。
ジャトラを取り囲むように、弓を構えた少女が三人。
そして、ジャトラの前に立ち塞がる男も三人。
六人がいずれも、三の門にてフブキら侵入者を迎撃しているカムロギの配下である、盗賊団「野火」の連中であった。
「……くっ、六人はさすがに分が悪いわ……」
ジャトラは一度、腰に挿した剣の柄に手を掛け、六人に包囲されたこの場を強引に突破しようと考えた。
だが、そんなジャトラの動きを見過ごす筈もなく。
「させるか! おりゃあっ!」
鉄製の鎖を勢いをつけて振り回していた男・バンが、手にしていた鎖の先をジャトラに向けて投げ付けてきたのだ。
鎖の先端には錘があるためか、風を切る音とともに勢いよくジャトラが武器を抜こうとした腕を狙っていくと。
「ぐ、おっ……し、しま、っ⁉︎」
見事に鎖の先端は、ジャトラの手の甲に直撃し。命中した箇所があまりに痛むからか、もう片方の手で手の甲を押さえ。剣を抜くのを諦めざるを得なかったジャトラ。
だが、他の五人はというと、その場から動かず。今のバンの攻撃で大きな隙を見せたジャトラを、敢えて追撃する事を選ばなかった。
トオミネが試しに、ジャトラと魔竜との関係を匂わせる言葉を投げてみる。少しでも怪しい素振りを見せるかを確かめたかったからだが。
「はっ……怪しい男だ、とは思ってたが。まさかあんたの裏で、あの八頭魔竜なんて大物が絡んでるとはな」
「な、なっ……お、魔竜とか、何の話だ?」
挙動が怪しくなり、攻撃を受けた相手にもかかわらず目の前の三人から目線を逸らそうとするジャトラ。
誰の目から見ても、トオミネの言葉にジャトラは明らかな動揺をしているのが明白だった。
トオミネは一度、横に立っていたムカダへと視線を向けると。無言のまま首を縦に振り、トオミネが思っている事を肯定していく。
元はカガリ家ではない他の八葉の影だった人物・ムカダが。頭領であるカムロギには内密に、雇い主であったジャトラの身辺の調査をしていた事を。トオミネは知っていたからだ。
ジャトラがカガリ家の当主の座に就いたのと、時を同じくして。カガリ領の辺境の農村が数個、理由が謎のまま壊滅する被害を受けていたという噂を耳にしたムカダ。
調査の結果、壊滅した全ての農村に共通していたのは。村長が魔竜への贄を拒否したり、ジャトラの決定に異議を唱えたりと。ジャトラがカガリ家当主に就く事にどこか否定的だったようだ。
そして、壊滅した前後に魔竜と思われる「巨大な蛇の姿を見た」という目撃情報をいくつも入手し。
ムカダは、ジャトラと魔竜が何らかの関係で繋がっている、と結論を出し。他の五人に相談を持ち掛けたばかりであった──が。
「まさか、偶然こんな場所で、疑惑が確信に変わるとは……な」
「トオミネ! もう攻撃しちゃおうぜ!」
「これ以上は、聞いても……無駄」
ジャトラのあからさまな動揺が、魔竜との関与を知った六人は。これ以上の問答は不要だと判断し。
それぞれの武器を構えて、ジャトラへの攻撃を再開しようとするが。
「ま、待てっ! お前たちの頭領であるこの儂に刃を向けるという事がどういう事態を招くのか……本当にわかっているのかっ?」
六対一、という数的不利な状況な上。つい先程、直撃した鎖の錘の一撃で手の甲を負傷し、剣を握れなくなったジャトラは。
何とかこの場を乗り切ろうと、あらゆる手を使って六人の戦闘意欲を削ごうと模索する。
まずは六人を連れて来たカムロギの名を出し、彼の立場を危うくすると脅迫し。
「も、もし……この場を見逃がす、と約束するのであれば、報酬を上乗せしてもいいぞ? 何、これでもカガリ家の当主という立場だ、お前らの望む報酬ならいくらでも出すぞ」
次いで、脅迫とは真逆に六人を懐柔する提案を持ちかける。
一度、相手を落とした後に持ち上げて、交渉を円滑に進めようとするジャトラ。当主の側近として長年活躍して身に付けた交渉術だった。
「金か? それとも……地位か?」
ジャトラからすれば、この度のフブキの造反で、カガリ家に属する半数以上の重鎮の座が空席となってしまった。
二の門を突破された、という事は同時に。カガリ家の武力の切り札ともいうべき四本槍が壊滅した事でもあるし。ジャトラの指示を跳ね退け、フブキに加勢した四つの街の領主らも交代するのは当然だった。
ならば、味方に出来る人間は多いほうがよい。金銭や空いている地位で味方を増やせるならば……とジャトラは考えていたのだが。
六人が出した結論とは。
「──言いたいことは、それだけかよっっ!」
そう声を張り上げながら、イチコが弓に番えた矢をジャトラへ向け、放つ。
「ひ、いっっ!」
イチコが放った矢は、突然の攻撃に悲鳴を上げたジャトラの足元へと突き刺さるが。イチコは満足げな笑顔を浮かべていた。
どうやらジャトラの身体目掛けたものではなく、最初から地面を狙った射撃だったようだ。
だが身体に当たらずとも今の攻撃は、交渉が決裂し、中断するという意思表示に他ならない。
「そ、それがっ……お前たちの答えだというのかっ⁉︎」
焦るジャトラは、矢を射ったイチコだけではなく。武器を構えていたその他五人も指を差しながら。
今の攻撃が、果たして六人全員の意思であるのかを確認する。攻撃を仕掛けたのがイチコという少女だったこともあり、全員が等しく自分との交渉を拒絶はしないだろう……と。ある意味でイチコを侮ったジャトラだったが。
ジャトラは知らなかったのだ。
イチコら三人の少女を、拾ってきたカムロギ同様にバン・トオミネ・ムカダら三人もまた、娘のように可愛がっていた事。
そして少女らの弓矢の腕を三人も認めており、盗賊団の中では全くの同格に扱われていた事を。
「ああ、俺たちも全く同じ意見だ」
「金や地位で……俺らを買えると思うな」
しかも、金や地位を持ち出し。魔竜との関与を見て見ぬ振りをしろ、という。下手をすれば頭領として慕うカムロギの不利益ともなるジャトラの提案に。
感情を露わにしたイチコと同様に、他の五人もまた静かに怒っていたのだ。
最早、イチコやバン、トオミネら六人との交渉は完全に決裂した事を否応にも悟ったジャトラは。
苦々しい表情で歯軋りをしながら、状況を打破するための最善策を今もなお模索していた。
「く……くそ、っ……こ、このままでは……」
最初は鎖で打たれ、打撃の衝撃で痺れていただけと思っていたが。いまだ痺れは抜けず、手に奔る痛みは時間を追う毎に増していっていた。
「……骨を、やられたか」
どうやら先程の鎖の一撃で、手の骨が折れたか砕けたか。少なくとも、腰に挿した剣が抜けるような状態ではないのだけは間違いなかった。
武器を構える事も出来ず、周囲を六人に囲まれてこの場を退く事すら許されない絶体絶命の状況にジャトラは。
「この場を乗り切れば、後はどうにでもなるというのに……っ」
この状況を打開する策を、何も思いつかずにいた。
今回の話は145話・146話からの続きとなっています。




