279話 アズリア、戦場に現れた武侠
それに、カムロギらが待つ盗賊団の拠点までの道中に起きた、イチコら三人の少女の襲撃だ。
彼女らもまた黒点病に冒されてはいたが、比較的軽い症状だったためか。治療に向かっていたアタシを盗賊団を討伐しに来たと勘違いし、得意としていた弓矢を用いて待ち伏せを仕掛けてきたのだ。
森の中、木々の枝を素早く飛び回りながら、アタシを狙う位置を巧みに変える三人の戦術に。少しばかり苦戦を強いられたのは、まだ記憶に残っていた。
「もし、フブキを連れて行ってたら。アタシは三人にもっと苦戦してただろうね」
「そ、それはっ……」
あの頃はまだ、フブキも自分の内に秘めている「氷の加護」を使い熟せていなかった。だから、敵に襲われれば戦力にならない自分の存在が、枷にしかならない……と理解したのか。
不満そうな表情をしながらもフブキは、言葉を言い淀み、押し黙ってしまう。
だが、どうにもアタシは理解出来ない事が。
「──ッて、他の連中はともかく、フブキ。アンタにゃ街に帰ってきた後に説明しただろッ?」
そう。この後に合流を果たしたユーノやヘイゼル、そして二の門で遭遇する事となったお嬢らとは違い。
フブキには、治療のために一人で街を離れる経緯を。予め説明しておいた筈ではなかっただろうか。
なのに、この場で見せる彼女の態度は。今、初めて説明を聞いたかのような反応だったのだから。
その事を改めて問い正すと、フブキはアタシを睨みながら。
堰を切ったように、感情的になって言葉をぶつけてきたのだ。
「だ……だってっ! アズリア、帰ってきた後はバタバタとしてて、街の外で誰に、どんな治療をしたか、全然話してくれてないじゃないっ?」
「──あれ? そうだったか、ねぇ?」
「そうよっ!」
どうやらフブキが感情的になった理由は、アタシがカムロギら盗賊団の話をしていなかった事のようだ。
いや……アタシは街の外から帰還してから、フブキやモリサカらには流行り病の治療が終えた事を報告したと。すっかり思い込んでいたようだが。
実際には、街の外で何が起きていたのか。その説明と報告をアタシは忘れてしまっていた……らしい。
「ま、街に帰ってきたアズリア、すっかり疲れ果ててて……しかも帰ってきてすぐにユーノたちが合流して、そっちの説明でいっぱいいっぱいだったものね……」
「確かに、街に帰ってきた途端、色んなコトがバタバタ起きてたから、すっかり忘れちまってたんだねぇ……」
弁解をするならば、街から帰還したばかりのアタシは。カムロギを含めば七人もの黒点病の治療に、限界まで魔力を使い切り、魔力枯渇を起こしかけていた。
その上、思い返せば……岸辺にアタシを襲った姉妹の片割れが流れ着いたり、ユーノとヘイゼルとの再会があったり。果ては、フルベ領主の配下・テンザンの襲撃が起きたりと。
帰還後、矢継ぎ早に色々な出来事が起きた事で。フブキへの報告を、すっかり済ませた気になってしまっていたのだろう。
「悪かったよ、フブキ。報告が遅くなって、さ」
「もう、わかったわよ。それよりも──」
アタシが報告を忘れた事をようやく認め、不満げにこちらを睨んでいたフブキに謝意を込めて頭を下げると。
納得してくれたのか表情を緩ませ、笑顔を見せてくれるフブキだったが。
そのフブキも含め、話を聞いていた全員の視線が。ナルザネやモリサカ、馬に騎乗した武侠らと交戦中の三体の蛇人間へと向けられる。
「私たちが倒した三体はともかく……」
「なあ、アズリア。今、武侠たちが押さえているあの小柄な三体……あれが。その少女だって、あんたは言うのかい?」
お嬢とヘイゼルの問いに、アタシは無言のまま首を縦に振って肯定の意を示す。
残念ながら。トオミネやムカダ、それに一番治療に苦戦したバンですら病に伏せていた姿でしか記憶にはなく。
三人が顔を蛇に模した姿に変えられてしまうと、外見のみで正体を判別するのは非常に困難……いや、ほぼ不可能だと言える。
──だが。
一度は交戦し、その動きや戦い方をこの目で見たアタシは。
騎馬に跨がる武侠らの槍や剣を、素早い動きで巧みに避け続け。弓の形状へと変えた腕で、矢に模した爪を飛ばして戦う姿は。まさに森の中でアタシを襲撃してきたイチコら三人の戦い方に酷似していた。
三体の蛇人間の正体が。イチコ・ニコ・ミコの三人の少女の成れの果てだ、と確信する。
だから、と言うわけではないが。生命を救った三人とは知らずに「九天の雷神」の力を振るったのは、仕方がなかったと割り切る事とした。
「……そうだ。だって、あの連中は既に魔竜に殺された後なんだから、さ」
イチコら盗賊団の連中が、魔竜によって生きたまま魔物に姿を変えられているのであれば。アタシは一度自分が生命を救った相手の生命を奪った事を、もしくは悔やんだかもしれないが。
寧ろ、喰われて死んだ後も。魔竜によって、その亡骸をいいように操られているのだ。
──ならば。
迅速に倒してやるのが、イチコらにとっても最良の方法なのだ。
「ユーノ、それにヘイゼル」
アタシは横に並んでいた二人、ユーノとヘイゼルの肩と脇腹を肘で小突きながら声を掛け。
「へ? どしたの、おねえちゃん?」
律儀にこちらの話が終わるのを待ってくれていた魔竜を、顎で指していく。
「少しだけ……この場を任せちまっても、イイかい?」
道理、で言うなら。魔竜との戦いを望んだのは間違いなくこのアタシだ。だったら、アタシは魔竜との戦闘に集中し。ヘイゼルやユーノに三体の蛇人間を任せるのが正しい選択なのだろう。
だが……一度は交戦し、顔見知りとなった三人の少女が死してなお、魔竜によっていいように操られている事情まで割り切るのは。アタシには無理だったようだ。
決着は、アタシ自身の手でつけてやりたかった。
だからユーノらに魔竜の相手を任せたのだ。
「いいぜ。とっとと済ませてきな」
「まったく……相変わらず世話が焼けますわね、お前という女は」
アタシの選択した決断に対し、ユーノと一緒に声を掛けたヘイゼルと。
頼んでもいないのに、やれやれ……と息を吐きながらも純白の魔剣を構え、魔竜へと向き直るのはお嬢だった。
お嬢の態度に一言、文句を言ってやりたくもなったが。今はつまらない言い争いをしている場面ではない。この場はグッと喉奥へと文句を押し戻し、お嬢の力もせいぜい頼りにさせてもらう事にする。
三人に魔竜を任せ、ナルザネやモリサカらが奮闘する後方での戦闘にアタシが参戦しようとした──その時だった。
「な、何だッ……真後ろから?」
三体の蛇人間と交戦中の最前列からではなく、最後列に控えていた部隊から。急に慌てふためくような武侠らの喧騒と、馬の嗎きが起こる。
……まさか。魔竜は六体の他にも、蛇人間を別の場所に召喚しており。援軍の武侠らの最後列を襲撃してきたというのか。
「あ、ありゃあ……ッ!」
◇
「き、貴様……っ、何故、この場に、っ!」
小柄ながら素早い動きで、武侠らを翻弄していた三体の蛇人間を相手にし。一度、部隊を入れ換えて後方へと下がっていたコウガシャ領主ミナカタの部隊の武侠らには。
まさかの人物が三の門からこの場へと姿を見せた事で、激しく動揺が広がっていた。
「俺を止める気があるのなら、止めてみろ」
「うぅ? ぅぅぅっ……っ」
数人の武侠が馬上から構えた槍を向けるが、その槍先はカタカタと震え。本当に攻撃を仕掛ける気がないのは明白だった。
たとえ数人掛かりだったとしても、その人物には勝てない……という事実を痛い程理解していたからだ。
その人物とは、カムロギ。
かつてはこの国で最強の傭兵団と謳われ、三の門の突破を阻んだ男であった。




