278話 アズリア、事情を知らぬ仲間らの目
──カムロギの仲間を、喰った。
まるで何事でもないかのように、魔竜の口から告げられた言葉の意味。
それを理解出来ないアタシではなかった。
「じょ……」
思わず「冗談か」と言葉を返しそうになるが、声が出る直前でアタシは目の前にいる存在を思い返し。
口から出かけた言葉を止める。
今、アタシの前にいるのは魔竜の首。
かつてこの国で、数多の人間を「餌」としか見做していなかった魔物だ。そんな魔竜が、敵であるアタシらに今さら冗談など言うだろうか。
それに……魔竜の血から召喚された、あの六体の蛇人間を見れば。嫌でも魔竜の言葉に、より真実味が出てくるというモノだ。
ジャトラの妻と子供が蛇人間に変えられたように、イチコやバンたち盗賊団一味もまた。魔竜に喰われた後、蛇人間に姿を変えられた……というアタシの想像も。ほぼ間違いはないだろう。
「そんな……あの、連中が、全員……ッ」
アタシはかつて自分が死力を尽くして生命を救った人間が生命を落としていた事に、背筋に悪寒と震えが奔った。
──加えて。つい先程、三の門を突破するために死闘を繰り広げ、武器を交えた相手。彼が黒幕側に立ち、戦っていた理由を直接聞いていたからこそ。
カムロギが守ろうとしていた仲間が、アタシとの戦闘の時点で既に魔竜に喰われていた事にも、であった。
そんなアタシの動揺を感じ取ったからか、魔竜はニタリ……と満足げに口を歪め。
『ふむ、僥倖、そして愉悦。首を二本も討ち倒した憎き人間にしては、中々に良い顔をするではないか』
「まさか……そのためだけに、この連中を喰ったってのかい……ッ」
実に嬉しそうにアタシを小馬鹿にする魔竜を、胸に湧いた怒りを両眼に込めて睨み付けていく。
イチコら六人を手にかけた理由が、アタシへの報復のためだとするならば、あまりにも関連が無さすぎる。そんな理由で喰われたとしたら、イチコらにも。そして……カムロギにも気の毒が過ぎる。
だが魔竜は、怒りに満ちた視線を向けるアタシの言葉を即座に否定した。
『まさか。この人間を喰らったのは、あくまで偶然。契約者を害そうとしたからよ』
「契約者……それって、ジャトラの事かい?」
『かつては、だがな。今、その人間は我の腹の中だがな』
アタシらの前に魔竜が出現した際にも言っていたが。この場から逃走したジャトラはその後、本当に魔竜に喰われてしまったらしい。
散々、魔竜を利用して。カガリ家当主の座を一度は強奪に成功した人間の哀れな末路と。僅かにこそ同情はするが、イチコらが蛇人間に変えられたと知った時より大した感情は湧かなかった。
それより──短い魔竜との会話で、アタシが疑問に思ったのは。イチコら六人がジャトラを害する……つまり襲った、という内容だった。
「待てよ。何で……イチコらがジャトラを襲う?」
カムロギと戦闘を開始する直前に交わした会話で。イチコら盗賊団もまた、カムロギと一緒に雇われていたと聞いていたが。
だとすると。雇い主でもあるジャトラを襲撃する理由が、どうにもアタシの頭の中で繋がらない。
「おいッ、魔竜──」
さらなる情報を魔竜から引き出す事で、頭に湧いた疑問を解消しようと試みようとするアタシだったが。
そんなアタシの言葉を遮り、割り込んできた二つの声。
「お待ちなさいなアズリアっ」
「勝手に話を進めんじゃないよ」
声の主は、純白の魔剣で蛇人間の首を刎ねたばかりのお嬢と。
先程までは後ろにいた筈が、いつの間にかアタシの左隣に立っていた元女海賊のヘイゼルだった。
「あ、アンタたちッ? い、いきなり……一体どういうつもりだいッ」
「どうもこうもありませんわ」
何事か、とアタシは左右に並んでいた二人を交互に見返しながら、会話に割り込んできた理由を訊ねるが。
不満そうな顔を浮かべているのは、横に並んだお嬢とヘイゼルだけはない。
「……むぅ」
何と、魔竜との戦闘中だというのに、二人の後ろにはマツリとフブキが控え。お嬢と同じく蛇人間を倒したばかりのユーノもまた、二人と同様に不満そうな顔をして横に立っていたからだ。
「まずはアズリア。あんたの知ってる事情をこの場にいる全員にわかるよう、説明してもらおうか」
ヘイゼルの言葉に、アタシをジッと見ていたその場の全員が同意したのか頷いてみせる。
そうだ。
この国で一番、行動を共にする時間の長いフブキですら。病の治療に行く、と聞いていたのみで。
カムロギや盗賊団一味と遭遇した事のない他の人間は。六体の蛇人間や魔竜が口にした言葉の意味、そしてアタシが抱く感情を理解出来ていなかったからだ。
……お嬢ら一行に至っては、そもそも魔竜という存在を知っているかどうかも怪しいくらいだ。
それに、まだ武侠らと三体の眷属たる蛇人間が戦闘中だというのに。
お嬢やヘイゼル、ユーノに|二人の姉妹(フブキとマツリなどは。アタシから詳細な説明無しでは立っている場所から一歩も動かぬ、という表情でアタシを見ている。
「……参った、ねぇ」
考えてみても「話さない」という選択をする程の内容でもない。
蛇人間の正体が、アタシの顔見知りという事で多少は攻撃を躊躇するかもしれない。最初、蛇人間の正体に勘付いたアタシが動揺してしまったように。
だが、魔竜の話が真実であるならば。イチコら六人は既に魔竜に喰われ、生命を落とした後であって。あの蛇人間は、死んでなお操られているに過ぎない。
アタシは諦めを含んだ息を一つ吐き。
「アンタらにそんな顔されちゃ、『戦いの最中だから』って無碍に払うワケにゃいかないじゃないか」
「「それじゃ!」」
事情を説明する、と話した途端。身を乗り出していたユーノやフブキの表情が眩しい笑顔に変わり、目の色が好奇心で艶めき出すのが見て取れた。
まるで今、魔竜と交戦中の真っ只中だというのを忘れているかのように。
当然、アタシは警戒を怠ってはいない。
ただでさえ、事情を聞くためにアタシら一行がひと固まりになっていたのだ。そこに「炎の吐息」でも吐かれては堪らない。
アタシは、頭の上で何もせず様子を窺っていた魔竜を睨み据えながら。カムロギ率いる盗賊団一味との経緯をアタシは手短に説明する事にした。
カムロギらが罹っていた流行り病の事。
イチコら三人に囲まれ襲撃を受けた話。
魔力が尽きかけながらも治療を施した事など。
あの日、アタシが経験し、見てきた内容を全部。
「──と、いう事情があってねぇ」
誰も同行を許さなかったのは、流行り病と聞き。もしフブキらを連れて行けば、新たに病に罹るだけでなく。フルベの街に流行り病を拡げてしまうかもしれなかったからだ。
結果的には、カムロギらが侵されていた病の正体は「黒点病」。病気の症状の強さ、病が広がる速度ともにタチの悪いもので。
アタシの判断は、大正解だったわけだが。




