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24話 アズリア、麦酒作りに参加する

 もちろんアタシは王都アウルムに向かうのが目的なのだが、まずはその王都までの帝国軍の侵攻状況を確認しないことには先へは進めない。

 毎度、今回の村のように帝国兵を相手にしていたのではアタシの身体が保たないからだ。


 まずはこの村を拠点として近隣の様子を、帝国軍から徴収した軍馬を報酬がわりにアタシの所有物(モノ)にしたので、馬を乗りこなす練習がてらに周囲の地形や街道までの距離や時間を調べていた。


 村に滞在している間に、帝国軍から徴収した他の馬を飼うための厩舎を建てる力仕事を手伝ったり、食糧となる獲物を狩りに出掛けたりした。

 その手伝った仕事の中には、教会の麦酒(エール)の仕込み作業も含まれていた。

 最初はアタシの手伝いの申し出を渋っていたエルだったが、毎日のように教会に押し掛けていったのが効いたのか三日目で折れ、


「仕方ないわね……でも意外だったわ。アズリアが麦酒(エール)の作り方を見てみたい、だなんて……てっきり飲み専門だとばかり思ってたんだけどね……」

「そこは否定しないけどさ、せっかくこの村で麦酒(エール)作ってるトコが見れるんだったら見学出来たら、いい旅の経験になると思ってね……子供らに迷惑だったら手伝うのやめるけど?」

「まあ、いいわ。多分アズリアのことだし別に製法を盗んだり誰かに漏らすなんて考えてはいないだろうから」


 ああ、エルが何故かアタシの手伝いを拒否していたのは、そういう事を心配していたのか。

 確かに、他の麦酒(エール)との製法や材料の違いを他人に教えられたらこの村の名物が無くなってしまう死活問題だ。

 そりゃ製法を見られることに過敏にもなるというモノだ。

 

 だが、とにかくエルの信頼を勝ち取り、この村特別の麦酒(エール)の製法を見せて貰えることとなった。


 まずは大鍋で、収穫した原料である大麦を水に浸して発芽させた麦芽を細かく砕いたモノを煮ていく……のだが、その時に何かしらの果実を搾った汁を加えていく。

 試しにその果実を(かじ)らせてもらったのだが……


「……うわっ苦ッ⁉︎……確かに身体にゃ良さそうだねど……生だと苦すぎて無理だよ、コレ……うぇぇ」


 口いっぱいに広がるあまりの苦味と渋さに思わず顔をしかめて口の中の果実を吐き出してしまう。

 その様子を見て子供らやエルが笑い出す。


『あっははははははははははは!』

「あっははは! 苦かったでしょアズリア? あー……あたしも笑いすぎて苦しいわ。そりゃアレ(・・)を生で囓ったらそんな顔にもなるわよねっ」


 指を差しながら大笑いするエルに、まだ中で苦味と渋味が残る口を動かしながら抗議の言葉を伝える。


「うげぇ……知ってるなら止めてくれてもいいんじゃないかねぇ……あー……口の中がまだ渋いよ……」

「でもねアズリア、アレはカフカスって木になる果実でこの付近だと自生しているんだけど、他の地域じゃ珍しいありがたーい薬になる果実なんだからね」


 アタシも大陸の各地を旅した際に、酒場の親父さんから麦酒(エール)の作り方を耳に入れたことが一度や二度ではないが。

 カフカスの果実、なんて名前は初めて聞いた。


「じゃあこの麦酒(エール)にゃ薬が入ってるってワケかい?」

「まあね。この果実を入れて作った麦酒(エール)は長持ちするし、苦味がくっきりと際立つし、しかも身体に良い、といいことづくめなのよっ」


 カフカスの搾り汁を加えて一煮たちさせた麦汁を搾り機で抽出した液体を木樽に入れて、教会の地下で保存させると麦酒(エール)の出来上がり、だそうだ。

 大鍋で煮た麦汁を冷ましてから搾り機に移し変えたり、搾り機での力仕事や木樽を地下に運ぶなど、子供だと何かと大変な作業工程ばかりだとアタシは思った。

 すると、そんなアタシの気持ちを察したのかエルがいつの間にか隣に立っていたのだ。


「確かに大変かもしれないけどね……でも、子供たちが懸命に働いて作った麦酒(エール)が村人の喉を潤し、酒を売った金で村も潤う。他の地域の孤児のように、この村では誰も孤児たちを下に見ないし、貧しい生活を強いることもないの」

「……エルが子供たちを大事にしてるのはさ、アンタが熱を出して倒れた時の子供たちや村人の反応でわかってるよ。子供たちだって、一つ一つの作業は大変でも、それを嫌がってたりエルに不満を持ってるなんてことはないよ……絶対に」


 話しているうちに、エルの眼から一筋の涙が溢れていくのが見えた。

 拭うことをしないのは、多分エル本人も自分が話しながら涙を流していることを自覚していないのかもしれない。


「……本当ならあたしは他の村の孤児たちも助けてあげたいの。だって……それが目的で権力争いばかりしている大教会から飛び出して来たんだから」

「……その考え方は立派だよ、エル。少なくともアンタのその行動でこの村の子供は救われてる」

「そうね……アズリアの言う通りよ」

「でもねエル。アタシがいくら頑張ってもロッカの両親を助けられなかったし、この村一つ解放するのが精々なように。アンタ一人の力じゃ出来る事は限られるんだよ……」

「わかってる……わかってるわよ、そんなこと……」


 いつの間にかアタシは、哀しいエルの告白に肩を抱いて胸を貸していた。

 エルもアタシの胸に顔を埋めて、周りの子供らに悟られないように、声を殺しながら泣いていた。


 多分、自分が病気で倒れ本来守るべき子供らや村人に迷惑を掛けたという負い目と、帝国との戦争で村人に犠牲が出たことでエルの心は追い詰められていたのかもしれない。

 せめてアタシが村に滞在している限りは、エルの心の支えに少しでもなれたら良いな、と思った。


 そして、アタシがこれから何をしたらよいのか。

 その決意はエルの涙を見て固まったのだ。



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