277話 アズリア、一ノ首を問い詰める
今まさに、素早い動きと弓矢に模した武器で武侠らを撹乱、翻弄している三体の姿は。
カムロギの元に向かうアタシを、三人掛かりで襲ってきた時のイチコらの戦法に、あまりにも似過ぎていた。
「ちょっと待てよ……そういや」
その時、アタシはふと、思い出す。
カムロギの集めた盗賊団には、イチコらの他に数名ほど男がいた事を。
まあ……本来なら、いくら同情に値する事情があれど。野盗に身を落とした人間の心配までする必要などアタシにはないのだが。
連中が罹った流行り病を治療したのは、何を隠そうアタシだったりする。さすがに、放置すれば生命を落としたであろう流行り病を治療した人間からすれば。多少なりとも、情が移ってしまうのも仕方がない。
特に、最後の一人などは治療の際には魔力枯渇まで起こしかけたのだ、忘れようにも忘れるわけがなかった。
最後の一人の名前は確か……バン。
続けて、トオミネ、ムカダと。盗賊団の男らの名前が次々にアタシの頭に浮かんでくる。
その数は、三人。
──そして。
今、アタシとユーノ、お嬢の前に立ち塞がる魔竜の眷属たる蛇人間も、また三体。
いや、一体は既にアタシが斬り伏せ、倒したため残り二体となってはいたが。
「あ……あ……ま、まさか……まさか、ッ?」
ナルザネら武侠らと交戦している蛇人間の正体が、イチコら三人の少女だったと仮定したら。
アタシらの前に立ち塞がった三体の蛇人間もまた、カムロギの盗賊団の三人なのではないか、と。
魔竜は、自分が喰らった人間を頭部が蛇の姿をした眷属へと変える事が出来る事をアタシらは知っている。
道中、アタシらを強襲した蛇人間らもまた。今回の黒幕だった男の妻と子供が、姿を変えられたものだったからだ。
絶対に的中していて欲しくない想像に駆られた途端、アタシは。自分が握る大剣と、先程斬り捨てたばかりの黒く焼け焦げた蛇人間を交互に見返し。剣を握る手が僅かに震え出す。
そんなアタシが焦り、動揺した姿を。不思議そうな目で見るユーノやお嬢。
そして、背後にいたフブキもまた。
「ど、どうしたの、アズリアっ?」
だが、アタシが何故に動揺しているのか、それを理解するのは他の人間には難しかった。
何故なら……カムロギら盗賊団の病の治療の際。街の外に出向いたのはアタシ一人であり、フブキは同行していなかったのだから。彼女はカムロギとも、盗賊団の誰とも遭遇した事はない。
それに、ユーノとヘイゼルと合流を果たしたのは。アタシが治療を終えて、ようやく街に帰還した後だった。
盗賊団の人間とは誰も遭った事がないのだから、何の感慨も湧かないのは、寧ろ当然だろう。
……だが、何故?
「確か、カムロギは……イチコらは城にいない、ッて言ってたじゃないかよ、ッ……」
三の門でカムロギと再び邂逅した際、盗賊団一味の行く末を心配していたアタシにそう告げた。
だから、まさか。
イチコらが魔竜の犠牲になっていたとは。
発動させた「九天の雷神」の魔術文字の魔力で、雷を思わせる高速で移動し、大剣を振るう事が可能となったアタシだが。
目の前の蛇人間が、かつて自分が生命を救った相手だと思うとさすがに躊躇し、足が止まる。
だが、当然ながら。敵対する蛇人間はアタシの葛藤など構わず、両手の鋭い爪を振りかざして。同族を斬り伏せたアタシ目掛けて一斉に襲い掛かってきたのだ。
「お、おねえちゃんっ?」
「て、敵の前で……何を迷ってやがりますのっっ⁉︎」
当然ながら、蛇人間の正体を知らず。もし知ったとしても躊躇する理由もないユーノとお嬢の二人は。
躊躇いを見せたアタシに、それぞれ声を上げながら。両拳と純白の魔剣を構え、アタシと蛇人間との間に割り込んでくる。
『ギ──シャアアアああああァァァァ!』
攻撃を邪魔されたのに激昂したからか、最早人ならざる吠え声を発し。攻撃の対象をアタシから、割り込むように立ち塞がったユーノとお嬢へと変更する二体の蛇人間。
「こんどはボク、やってやるからっ!」
ユーノが口にした「今度は」という言葉の意味。それはシラヌヒまでの道中、蛇人間の襲撃を受けた際に。油断していた彼女は、蛇人間の爪撃を喰らい、爪から滲む厄介な毒に侵されてしまった事を指しているのだろう。
蛇人間が繰り出してきた両腕の爪撃は、今までに見た蛇人間の中でも一番鋭く速いものだったが。
巨大な籠手で防御し、或いは拳で外側へと弾きながら、その全ての攻撃を巧みに防いでいくユーノ。
勿論、ユーノがただ防御に徹しているほど辛抱強くはない。
蛇人間が攻撃してきた腕を大きく外側へと払い退け、意図的に作り出した隙を狙い。ユーノは籠手で覆った拳で殴り付けていくと。
巨大な鈍器での衝撃は、蛇人間の動きを大きく怯ませ、攻撃の手が緩んだ。
「うおおぉ──ららららああああぁぁぁあ‼︎」
敵の攻撃の手が止まった大きな隙を、見逃がすユーノではなかった。
ここぞとばかりにユーノは、左右の腕を交互に振るい、目の前の蛇人間に何発、何十発と連続して渾身の拳を叩き込んでいく。
激しい激突音とともに、蛇人間の全身を覆う漆黒の鱗には、拳の衝撃に耐え切れなかったのか亀裂が走り。
「──ふぅ」
ようやくユーノの両腕が止まると。口から真っ黒な液体を吐き出しながら、顔から地面に力無く崩れ落ちていく蛇人間。
だが、うつ伏せに倒れ込む蛇人間の背後から。真っ黒な爪を伸ばして突撃を仕掛けてくる、もう一体の蛇人間。
拳を止めたユーノの隙を突いたつもりなのだろう──だが。
「……甘い。砂糖菓子以上に甘いですわ」
ユーノへと迫り来る爪撃、その腕の真上から浴びせられたのは。真横から飛び出してきたお嬢が振り下ろす凄まじい勢いの斬撃だった。
蛇人間の全身には、身を守るための漆黒の鱗が生え、腕とて例外ではなく鱗に守られていたが。
本体とも言える魔竜の堅い鱗すら、両断してみせたお嬢の純白の魔剣だ。眷属の鱗の強度程度で防ぎ切れるものではない。
「ギャアアああああアアァァァっっ⁉︎」
些かの躊躇なく浴びせられたお嬢の一撃は。いとも簡単に、蛇人間が伸ばした腕を切断していく。
苦痛を感じているのか、絶叫しながら斬り落とされた箇所を押さえ。その場で屈み込んで足を止める蛇人間。
その蛇人間に向けて、容赦なく頭上高くに純白の魔剣を掲げるお嬢は。
「私。敵には情けをかけない主義ですの」
お嬢を見上げた蛇人間の首へと、まるで花を摘み取る庭師のように、呆気ない程に純白の刃を落とすと。
蛇を模した頭部が胴体から離れ、切断面から噴き出す真っ黒な血と一緒に地面に転がる。
「おい、魔竜ぃ……」
ユーノとお嬢の活躍で、目の前の脅威が無くなった事で。アタシは改めて、魔竜へと胸中に抱いた疑念を口にした。
「答えろ! まさか……カムロギの仲間を喰いやがったのか、ッ?」
出来れば、魔竜に「違う」と否定されたら、どれ程にアタシの気が軽くなった事だろう。
だが魔竜は、閉じた口を邪悪に歪めながら、まるで笑顔を浮かべたような表情でこちらを見下ろすと。
『──ああ、喰った。六人とも、な』




