276話 アズリア、新たな眷属の正体とは
「ユーノ! それにお嬢、他は任せたよッ!」
目の前に立ち塞がった蛇人間を一撃で斬り伏せたアタシは。
同じく、二体の蛇人間と対峙していたユーノとお嬢に声を掛ける。
こちらの阻止を振り切り、ナルザネら武侠を狙う残り三体の蛇人間へと飛び掛かろうとしたからだ──しかし。
「う、おぉッ⁉︎」
地面を蹴ろうとした途端、アタシの足元が突然紅蓮の炎に包まれ、激しく燃え上がる。
「あ、危なッ!……な、何だってんだ、この炎はッ?」
ナルザネやイズミ、モリサカのいる場所にまで跳躍しようと思っていたからか。咄嗟に足が動き、飛び退いてみせた事で。足元に巻き上がる炎を何とか回避出来たが。
アタシを襲った炎の発生源は、六体もの蛇人間を生み出したばかりの魔竜だった。
『……ふん、避けられたか』
「アンタだったのかい、魔竜ッ!」
魔竜の巨体から比較すると随分と範囲と威力を抑えた「炎の吐息」だったが。それでも口から吐かれた炎は、アタシが斬り倒したばかりの蛇人間の身体を地面と一緒に焼き焦がしていく。
『みすみすとお前を援護に行かせると、思っていたか?』
炎を吐き終えた魔竜だったが、アタシを睨む両眼の下にある口の奥からは、火種がチラチラと見える。次の「炎の吐息」の準備、炎を口中に溜めている最中なのだろう。
どうやら魔竜は、アタシをナルザネらの援護に向かうのを何としても阻止したいようだ。
「……ち、ぃッ。コイツは……厄介な話だねぇ」
おそらくは、「九天の雷神」の魔術文字の効果を発揮すれば。魔竜の炎の範囲を振り切り、強引にナルザネらの加勢をするのは可能だろう。
だが、魔竜がこれ見よがしに口から炎の種を覗かせながら「炎の吐息」の準備をしているのは。アタシがナルザネらの加勢に動けば、残されたユーノやお嬢、その他の連中に炎を放つ、という脅しのつもりなのだろう。
アタシはチラッと、横にいたお嬢へと視線を移す。
確かに初撃、魔竜の「炎の吐息」を。お嬢の神聖魔法で完全に防御してみせたのは記憶に新しい……が。
同時に、お嬢の防御魔法は。とてもこの場の全員を守り切れる範囲の広さではないのも、また事実で。
かつ、今のお嬢は蛇人間と交戦中であり、神聖魔法を使う余裕が作れるかも定かではない。
「……く、ッ! 駄目だ、どう考えても強引にゃ……動けねぇ、か」
『くふ、人間にしては賢明な判断だ』
そう考えると、アタシの足は止まってしまう。
「ナルザネ……モリサカ……ッ」
加勢に動くのを一旦諦めざるを得なかったアタシは、未練がましく背後の武侠の戦況を確認するために視線を向ける。
竜属性の魔法の使い手であるモリサカ、そして二度目の魔竜との戦いで共闘したナルザネの実力を信じて。
◇
「何としても我々の手であの魔物を……止めるっ!」
ヘイゼルや三人組の阻止を振り切った、子供ほどの小柄な体格の蛇人間三体は。ナルザネの指示で四つの部隊に分かれた武侠らへと躊躇なく突撃してくる。
迎撃にと最前線に立つのは、コウガシャ領主ミナカタが指揮する部隊だ。防御魔法を得意とするミナカタの指示で、馬に騎乗した武侠が槍や剣を構えて立ち向かっていく。
だが、小柄な蛇人間の三体はいずれも直線的、ではなく左右に揺らしながら素早く地面を走る軌道に惑わされたのか。もしくは高速の動きか、小柄からなのか。
武侠らが蛇人間に対し、繰り出す数々の攻撃は全て空振りに終わってしまう。
「は……早いっ? 攻撃が、当たらない、だとっ!」
「な、何だこの……動きが、読めないっ?」
蛇人間の動きを捉え切れない武侠らは大いに困惑し、隊列を崩してしまう。
はやくもナルザネの指示だった「数人掛かりで一体を囲む」という戦術が崩壊しかけてしまっていたが。
一方で、蛇人間もただ攻撃の的になっているだけでは終わらない。
移動をしながら、両手の指の先から鋭い爪を生やした蛇人間は。馬上から繰り出す攻撃を避けられ、大きな隙が出来た武侠へと、鋭い爪による攻撃を何度も放つ。
小柄な蛇人間が、馬上の武侠と同じ目線の高さにまで跳躍し。一瞬、唖然とした隙を突き。首筋を狙って、鋭い爪を揃えた腕が迫る。
「う、うおおおぉっっ⁉︎」
本来であれば、蛇人間の鋭い爪は首を深々と切り裂き、武侠に致命的な深傷を負わせた一撃、の筈であったが。
蛇人間の爪撃は、武侠の首筋に浅い裂傷こそ負わせたものの。流れた血は僅かであり、傷が大事に至った様子は見受けられなかった。
「あ……あれ? い、生き……てるっ……」
首を切り裂く勢いで攻撃した蛇人間も驚いている様子だが。一番驚いていたのは、攻撃をまともに受けた武侠だった。
後方で部隊を指揮するミナカタが、前線に立つ武侠に予め発動していた防御魔法。魔法の効果が、鋭い爪による致命傷を軽減したのだ。
「こ、これなら、何とか……っ!」
いくら攻撃を何度回避されようが、防御魔法が効いている限りは致命傷を負う事はない。
ミナカタの防御魔法の恩恵を目の当たりにし、前線に立っていた武侠らの士気が上昇する。
そう、前線の武侠ら全員が思った矢先。
「ぎゃあああああ? い、痛いっ、痛いぃぃぃ⁉︎」
「が、はぁ……っ! そ、そんな、こんなに離れてて、な、何をされた……?」
突然、蛇人間を取り囲む武侠からではなく。そのすぐ後ろ、第二陣と呼ぶべき位置にいた武侠らから苦痛の声が漏れ。
二人とも、ミナカタの防御魔法の効果を受けていなかったからか。一人は馬から痛みのあまり転げ落ち、もう一人は肩を押さえながら馬上で倒れ込む。
見れば、三体の小柄な蛇人間はいずれも。腕の一本を小さな弓に似た形状へと変化させ。指に生やした鋭い爪を矢に見立て、武侠へと放ってみせていたのだ。
既に二体は放ち終え、残る一体が素早く構えた弓矢に模倣した武器が武侠に放たれた。
◇
「お、おい……ありゃあ」
魔竜の「炎の吐息」に警戒こそしていたものの。
予想外の蛇人間の動きに、アタシは思わず魔竜への警戒を忘れて、武侠と三体の蛇人間との戦闘に見入りそうになってしまった。
いや……弓矢のような武器を作る、という所業にも正直驚きはしたが。
問題なのは、弓矢を扱う蛇人間の動きそのもの。
あまりにも見覚えのある特徴的な弓矢の使い方に。アタシの頭には、とある人物の名前と顔が浮かんでいた。
「あの弓の射ち方、間違いないよ……カムロギのところの三人娘だ」
三の門で死闘を繰り広げたカムロギだが。
以前、フルベの街郊外でカムロギを頭領とする盗賊団が、流行り病に罹患した事がアタシとの最初の遭遇だったが。
アタシを敵と勘違いし、弓矢を使った襲撃を仕掛けてきたのが。
何を隠そう、今アタシが頭に思い浮かべたイチコ・ニコ・ミコの三人の少女だった。




