274話 アズリア、再び出現する眷属
アタシが放った雷撃が一旦止むと。身体に刺さった槍を伝わり、体内を焼かれたからか。
雷撃が直撃した槍の周辺の、剥き出しになった箇所の肉は黒く焼け焦げ。
『が……ふ……き、貴様……らぁぁぁぁ……っ!』
こちらを憎悪の込もった眼で睨み付け、口からは黒い煙と恨みがましい言葉と一緒に、真っ黒な血を地面へと吐き出していた。
しかし今、魔竜と対峙いる人間にアタシを含め、視線ごときで怯む者などおらず。
雷撃で身体を焼かれ、明らかに動きの鈍っている魔竜へ向け。さらなる追撃を浴びせようと、それぞれが武器を構え、臨戦態勢を整えていくが。
──その時だった。
「まって!」
「何か……来る」
突然、アタシらの前に手を広げて踊り出したのはユーノと。お嬢の護衛にと付いてきたカサンドラ・ファニー・エルザの三人。
四人が口を揃えて、迫り来る敵の気配を感じ取ったと言うのだ。
人間より視覚や聴覚、敵を察知する感覚の鋭い獣人族の四人全員が揃って。敵の接近する気配を察知したのだ、ここは信じるべきなのだが。
「お、おい……何か、って。敵ならあたいらの目の前にドーンと見えてる以外いないじゃねえか?」
四人の発言に真っ向から異を唱えるヘイゼル。
見た限りでは、アタシらの目の前には魔竜以外の敵は存在しなかったからだ。
確かに……魔竜が出現する直前、逃げ出したジャトラでフブキやマツリに敵対する人間は最後。ジャトラに味方する人間は城に残っていないと思われていたが。
まさか、魔竜の姿を見て。劣勢が転じたと息を吹き返し、ジャトラ側として加勢する人間が潜んでいたとでも言うのだろうか?
いや……違う。そうじゃない。
すると、魔竜の口から吐き出され、地面にブチ撒けられた真っ黒い血の表面が。僅かながら、不自然に動くのをアタシは察知し。
「──ヘイゼル! ユーノたちが警戒してるのは、魔竜が口から吐いた血だッ!」
「な、なんだとお?」
アタシの一言で、全員が漆黒の血溜まりに視線が集中し、注視すると。
その直後、血溜まりの表面がボコリ!と大きく盛り上がり。血溜まりの中から人間の上半身のようなものが蠢き、ゆっくりと這い出してくる。
それも一体ではなく、三体も。
「な、何だよ……あれ、っ?」
「き、気色の悪いっ……わ、私、見ていて、寒気が走りますわ……っ」
謎の生物か何かが、血溜まりから這い出て来る様子を見ていた何人かは。明らかに生理的な嫌悪感を隠す事なく口にし。
特にお嬢などは、既に血溜まりから顔を逸らしてしまっている始末だが。
血溜まりから這い出てきた、三体の人型の何かは。短い二本の足で立ち上がり、表面に纏わり付いた黒い血が流れ落ちていくと、その正体が明らかになっていく。
体表を覆う黒い鱗に、蛇に似た頭部。
「えっ? お、おねえちゃん、あれって……」
「ああ、忘れちゃいないさ。ここに来る時に襲ってきた蛇人間、まんまじゃないか……ッ」
目の前の血溜まりから現れた三体は。アタシらがフブキの案内でシラヌヒに向かっていた道中、襲撃してきた蛇人間に酷く似ていたからだ。
あの時は、ユーノとちょっとしたすれ違いがあったせいか。想定以上に襲撃してきた蛇人間に苦戦し、戦闘の最中にユーノが毒に侵される事態にまで陥ってしまった。
だからこそアタシやユーノは、蛇人間の事を強く記憶に残していたのだろう。
「……アズリア。あの蛇人間なら、私たちも戦ったことがある」
「ファニーの言う通り。一体だけだけど、結構な手強さだったよ」
「まあ、勝ったけどな」
どうやら獣人族の三人組も、アタシらと合流する以前に蛇人間と一戦交えた事があったらしく。
三人が思い思いの発言を口にする。慎重な性格のカサンドラは蛇人間に苦戦したと話し、自信家……というか強気なエルザはあくまで実力は自分らが上だと主張する。
今さら三体の蛇人間が戦場に加わったところで、こちらはフブキとマツリを除いても八人。数的にも
、実力差でも優勢なのは揺るぎようがなかったが。
『……それだけでは、ないぞ』
そう口にした魔竜は、新たに口から真っ黒い血を。先程、血溜まりを作ったのとは別の地面に大量に吐き出していった。
新たな血溜まりからも、同じく三体の蛇人間が生み出されていく。これでこの場には合計六体。
『これで。数的優勢は覆すことが出来た』
確かに魔竜の言う通りだ。先程の三人組の発言が真実ならば、寧ろ蛇人間が戦列に加わることで数的に不利となるのはアタシらだ。
勿論、戦況が不利に傾く事も懸念する材料ではあるのだが。
アタシが気になっていたのは全く別の事だった。
「……おい、魔竜ぃ……ッ!」
血を吐き出し、蛇人間を作り出した後の魔竜に対し。アタシは、新たに血溜まりから生み出された三体の蛇人間を指差す。
何故なら、最初に血溜まりから出てきた三体の蛇人間と違い。新たに生み出された蛇人間の体格は、明らかにユーノよりも小柄な子供の体格だったからだ。
「アンタ、子供を……子供を喰っただけじゃなく、喰った後も酷使しようッてのかい!」
アタシ自身が幼少期に、生まれ育った帝国の大人らに言葉で、暴力での虐待を受けてきたからこそ。アタシはどうも、「子供が酷い目に遭う」という事に。必要以上に感情的になってしまうらしく。
今もまた、子供を蛇人間へと変貌させた行為に。明確な怒りを覚えていたアタシは、感情をそのまま口にするも。
『うん? 何を怒る? 我の腹の中で糧となった後の残骸をどう使おうが、貴様に関係がないであろう?』
「残骸……だって?」
『貴様ら人間とて、食物の全部を血肉とするわけではあるまい? 骨や内臓など、不要な部分は捨てるだろう、それと同じことよ』
アタシが何故怒っているのか、を本当に理解出来ていなかった魔竜の言葉は。その一言一言が、アタシの感情をさらに逆撫でしていく。
「──へえ」
怒りのあまり思わず。右眼の魔術文字すら発動していないというのに、剣の柄を握り潰しそうになる程、大剣を握る指に力が入る。
しかし、アタシが静かに怒りの感情を湧き上がらせていくのを、まるで嘲笑うかのように。
『我が憎いか? だが──』
先程まで、アタシの雷撃で身体を焼かれ動きが鈍くなっていた魔竜が、その頭部を僅かに振ると。
血溜まりから生み出された六体の蛇人間が、一斉に動き出した。
「「……な、っっ⁉︎」」
高速で距離を詰めてきた蛇人間に、警戒こそしてはいたが予想以上の素早い動きに驚きを隠せなかったお嬢やヘイゼル、ユーノら。
だが、低い姿勢で地を駆ける六体は。武器を構えていたアタシらの前から明確に逸れた動きを見せる。
最初はアタシらと対峙し、動きを抑えるために血溜まりから蛇人間を呼び出したとばかり思っていたのだったが。
『我の眷属の相手は貴様らではない』
今、アタシらの背後には、フブキやマツリ、二人のお姫様の護衛を任せたナルザネとイズミに。
そして、加勢に駆け付けた武侠らが、多数控えていたが。
「ま……まさかッ?」
『そうだ。まずは数減らしをさせてもらおうか』
魔竜の狙いは、アタシらでも。ましてやカガリ家の正当な当主であるマツリでもなかった。
血溜まりに警戒し、武器を構えていたアタシらとは違い、背後の武侠らはさほど警戒を強めてはいなかったのだ。
それどころか、これまでの咆哮や視線の影響をまともに受け、戦意を喪失していたからだ。




