272話 アズリア、魔竜への追撃
だから、信じざるを得ない。
お嬢の持つ純白の魔剣は、真後ろに立っていた黒髪の女中の言うように。伝説の十二の魔剣、もしくはそれに準ずる力があるのだという事と。
もう一つ。お嬢がそんな凄い魔剣を持つ剣士となって、今。アタシの前に立っていたという事実を。
「お嬢。アンタ……アタシの知らないウチに、とんでもないヤツになってたんだねぇ」
その事実を飲み込んだアタシは、一瞬だけ思考が止まり。目を見開いたまま、魔竜の鱗を斬り裂いたばかりのお嬢から視線が外せなくなっていたが。
突然、アタシの名を呼ぶ声で我に返る。
「──おねえちゃんっっ‼︎」
「ゆ……ユーノっ?」
声の主は、一度魔竜から十数歩ほどの距離を空けて、次なる攻撃の準備のために拳を振り上げ。既に力を溜め終えていたユーノ。
今まさに、彼女が魔竜へと飛び掛かろうとする直前の出来事だった。
「いまはそれより、めのまえのばけものをいっしょにたおさなきゃ!」
「あ、ああ……そうだ、そうだよねッ」
アタシの返事を確認するや否や、ユーノはニヤリと笑いながら。足元の地面を爆発させて、風を切る程の高速で一気に距離を詰め。
離れた位置から一瞬で魔竜の懐に入ると。
「じゃあ──いっっくよおおおぉぉっっ!」
再び腕に纏った籠手を激しく回転させたユーノは。鱗が剥がれ、肉が露出した箇所へと正確に拳を激突させていく。
鱗を殴り付けた時には、低く鈍い衝撃音を響かせていたが。
剥き出しの肉とユーノの拳が激突した途端、ぐちゃり!と柔らかな物が潰れるような音とともに。勢いよく放ったユーノの右腕が、肘半ば程まで魔竜の体内へと沈み込んでしまう。
『ぐ、おおっ……ば、馬鹿なっっ⁉︎』
さすがは堅い鱗が身体を守っていただけあり、鱗が剥がれた箇所には大した防御力は残っておらず。
ユーノの拳がいとも簡単に体内に減り込んでしまった事に、驚きの声を口から漏らす魔竜だったが。
当然ながら、ユーノの攻撃はこれで終わりではない。
「まだだよっ! まわれ──ボクのうでえっっ‼︎」
ユーノが最初に放った攻撃と同じく、拳が命中した後にも籠手は激しく回転を始め。回転の威力で命中した箇所を削り取ろうとする。
ただし最初の一撃の時と違うのは、堅い鱗に拳が阻まれたのと違い。
回転を始めた拳が、魔竜の胴体の肉の中に潜り込んでいた、という点だ。そんな状態で籠手が回転し出したらどうなるか。
『ゔ……あ、あああああああアアアアア゛‼︎』
「これで……きめてやるっっっ!」
当然、ユーノのさらなる回転の威力で肉が抉れ、傷口をさらに深く拡げていく事となり。
胴体に大穴を空ける勢いのユーノの追撃に、堪らずに魔竜が苦悶で頭部をバタバタと暴れさせながら絶叫を発していた。
「いや、コレじゃあ……足りない、ッ」
だが、さすがに「胴体に大穴を空ける」は過度な表現だったとアタシは認める。
いかにユーノの右腕の威力が凄まじくとも、小柄なユーノの身体では。まるで大樹の幹のごとき太さの魔竜の胴体を貫通させるまでには、単純に腕の長さが不足していたからだ。
思わずアタシの口から漏れた呟き。それを聞いた背後の黒髪の女中が、攻撃に加わる事を提示するも。
「なら、私様も追撃の援護を──」
「……駄目だ、今アタシが雷撃を放ったら……ユーノやアンタまで巻き込んじまうッ!」
そう。今のアタシは「九天の雷神」の魔術文字を発動させた事によって、周囲に無数の雷を呼び寄せ、自在に扱えるようになっていたが。
雷撃は、武器と違って狙った一点のみを器用に狙えるモノではない。強力な雷撃は、狙った箇所だけでなくその周囲までも威力を撒き散らせてしまうからだ。
今アタシが、お嬢が鱗を剥がした箇所へと雷撃を放てば。隣接しているユーノを上手く避け雷撃を命中させたとしても、魔竜の体内に雷撃が流れた途端。傷口に腕を潜り込ませたユーノにまで、雷の衝撃が流れてしまうのは避けられないだろう。
勿論、女中が魔竜に接敵してユーノの援護をし始めたならば。女中もまた、雷撃に巻き込む危険が増えるだけだ。
だからアタシは、黒髪の女中の提案に対して、どうしても首を縦に振る事が出来なかった。
──すると、突然。
「ならここは……あたいの出番ってわけだ」
ヘイゼルが、いつもの単発銃を懐に仕舞い。何処から持ち出してきたのか手には、長槍が握られていた。
接近戦を仕掛けるにしても、ヘイゼルが腰に挿しているのは確か……お嬢と同じく聖銀製の刺突剣だった筈だ。彼女が槍を扱ってる場面など、アタシは見た事がない。
「お、おい、ヘイゼル。その槍、どこから?」
「ああ、槍は。後ろの連中からちょいと借り受けたのさ。似合ってるかい?」
抱いた疑問をヘイゼルに訊ねていくと。彼女はニヤリと口角を上げて笑みを浮かべ、イズミやナルザネが率いる馬に騎乗していた武侠らを顎で指す。
よく見れば、ヘイゼルが握っていた槍は。大陸で使われている鋭利な先端の槍とは違い、短剣のように両端に刃のついた先端であったりと。細かい部分が違っている、この国製の槍だったからだ。
「い、いや、長槍だろうが刺突剣だろうが……魔竜に接敵したら同じだろうが」
しかし、槍を持ち出したところで。接近戦を仕掛ければ雷撃に巻き込む危険には変わりがない。槍で突撃しようとするヘイゼルを、アタシは腕で制しようとしたが。
「あっはは、誰が馬鹿正直に敵に向かっていくって言った? 槍はね……こう、使うんだよっ!」
ヘイゼルはアタシが伸ばす腕に構わずに、持っていた槍を肩に担ぎ、魔竜に向けて投げ付けるための予備動作を取り始める。
なるほど、接近戦を仕掛けるのではなく投擲攻撃ならば、アタシが雷撃に巻き込む危険性は皆無だ。
「だけどヘイゼル、アンタ……槍投げたコトあるのかい?」
「はっ、愚問だね、アズリア」
しかし、槍を投げるなど。ただの思いつきでどうにかなる行動ではない。不慣れならば、槍はまともに前に飛ぶ事はないだろう。
ましてや今、ヘイゼルが握っている槍は投擲に適している投擲槍でもない。
だがヘイゼルは、アタシの不安を笑い飛ばすがごとく鼻を鳴らし。
「あたしが海賊だったことを忘れてないかい? 船と船の間にゃ海がある、だから投げ付けられるモノは槍でも斧でも何でも船から投げたもんさあ」
「な、なるほど……ねぇ」
余談ではあるが、魔王領から出た時に初めて船に乗る体験をしたアタシだったが。確かに、船に乗る海賊同士が争いとなった場合、船同士が接敵するまでは船からの射撃攻撃が主力となる。
だからヘイゼルの船にも、左右四基ずつの大きな炸薬を使う兵器が積んであったのだが。
「だから──任せておきなっての」
ヘイゼルの言葉を証明するかのように、無詠唱で「筋力上昇」の魔法を発動させると。
少し頼りない感じだった槍の構え方が、増強した腕の力でしっかりとした投擲の姿勢となる。




