271話 アズリア、純白の魔剣の謎
その剣閃の威力に、アタシは驚くしかなかった。
「……う、嘘だろ、ッ?」
何故なら、お嬢が真横に振るった純白の長剣、その刃は。
アタシの重い大剣の一撃やヘイゼルの単発銃すら易々と弾いた、魔竜の堅い鱗を斬り裂き。
鱗の下にある肉にまで斬撃は達したのだろう、傷口から血を噴いたのだから。
『ぐ──おおおオオオっ? ば、馬鹿なっ……人間ごときが我が鱗をっっ!』
魔竜は口から、苦痛に呻く呪詛のような声を吐き出すも。傷を受けた時の恫喝はただの強がりであり、寧ろ自分が劣勢に立った何よりの証明でしかない。
生まれながらの権力者であるお嬢は、相手の劣勢を理解したからこそ。
「はっ! これで終わり……ではありませんわっ」
お嬢は、振り抜いたばかりの凄まじい切れ味の純白の長剣を、頭上へと振り上げ。
アタシと対決した時にも見せ。か細い刀身で、アタシの重い大剣と互角に張り合うのを可能とした神聖魔法を発動して見せた。
「我が手に宿れ、神の腕力よ──白銀の腕!」
発動と同時に、長剣を握るお嬢の両腕か白く輝き出し。腕の眩しい輝きは、掲げた長剣にまで及んでいく。
こうして光に包まれた剣を、些かの躊躇いもなく。一度は横に斬り裂いた鱗へと無言で解き放つお嬢。
今度は縦一直線に振り下ろされた剣閃が、既に一度斬り裂かれた鱗をさらに縦に両断していき。
二度の斬撃で完膚なきまで破壊された鱗は、魔竜の身体から完全に剥がれ落ちていく。
『ぐ──があああああああ馬鹿な、馬鹿なあああああ! な、何だ人間、その剣はっっ‼︎』
魔竜が浮かべた苦悶の表情とともに口から漏らした疑問を、アタシもまた同様に抱いていた。
今、お嬢が振るっている凄まじい威力の長剣は、過去に所持してはいなかったのは確実だからだ。
「それは……アタシも思ったよ、お嬢。その剣は一体、何なんだい……ッ?」
もし砂漠の国での再会時に。アタシとの小競り合い程度に使うのを躊躇する何らかの理由があった……としても。その後の砂漠の国に侵攻してきた魔将軍との対決にまで、優れた武器を出し惜しみした結果敗北までするとは。お嬢の性格を考慮すれば、まず有り得ないと言ってよい。
「──アズリア様」
「ひ、ひゃああ!」
すると、問い掛けへの返事は。目の前で魔竜に剣を振るっていたお嬢当人からではなく。
まさかの背後から返ってきた事に仰天し、思わず高い声を上げて驚いてしまうアタシ。
「な、何だ、確かアンタは、お嬢の女中のッ……」
「はい、セプティナと言います。以後、お見知り置きを」
よく聞けば、声の主は常にお嬢を護衛していた黒髪の女中だった。
女中は「セプティナ」と名乗り、アタシが知りたがっていた純白の長剣ついて、説明を始める。
「ベルローゼお嬢様が手にしているのは、銘を『純白の薔薇』という我が白薔薇公爵家にて当主のみが所持を許された魔剣なのです」
「当主のみ……ッてコトは」
そう言えば、お嬢とこここの国で再会した時にも。「公爵の名を正式に継いだ」と話していた。
いくら貴族の家系に生まれたとはいえ、お嬢の公爵家には男子の、そしてお嬢よりも年齢が上の後継者がいたのは薄っすらとだか記憶にあった。だから、お嬢が優秀でも「公爵位を継ぐ」などあり得ない、と思って気にしていなかったが。
黒髪の女中の話が真実なら、お嬢の話は嘘でも誇張でもなく。本当に白薔薇公爵家を継いだという事になる。
こちらの頭の中を読んだのだろうか、黒髪の女中がアタシの思考を順に肯定していく。
「はい。アズリア様が知っているお嬢様とは違い、今のベルローゼお嬢様は最早、まごう事なき『帝国の三薔薇』の一角・白薔薇公爵その人なのです」
「そっか、あの時のお嬢の話は、いつもの戯言や強がりじゃなかったんだねぇ」
「はい、そして──」
最初は、お嬢の持つ「純白の薔薇」なる長剣について話していた筈が。いつの間にやら、お嬢が公爵令嬢から公爵位を継承した話に変わっていた事に気付くアタシだったが。
ここでようやく、黒髪の女中が話の焦点を元へと戻す。
見れば、長剣ながら刀身の幅は細身、だが厚みはあり。しなやかな両端の刃は鋭い切れ味を誇り、かつ鋭利な先端は刺突剣を思わせる。
アタシの持つ巨大剣のように実用性を追求したものではなく、見た目の美麗さすら兼ね備えた一本だの。
「ベルローゼお嬢様が手にするのは、帝国で『薔薇』を名乗る三人の公爵のみ所持が許される魔剣。その威力と出来は、決して伝説の十二の魔剣にも劣らないものです」
「伝説の?……それはさすがに言い過ぎじゃ」
確かに、砂漠の国でお嬢が使っていたのだって、稀少な聖銀製の刺突剣だ。武器の性能で言えば、それよりも上を探すのが困難な程に上質な武器なのは間違いないが。
今、お嬢が手にしている「純白の薔薇」は。一目で、聖銀製の武器よりも上質な雰囲気を漂わせていた。
しかし、さすがに比較対象に「伝説の十二の魔剣」を出してきた黒髪の女中の言葉は、俄かに信じ難い。
──アタシもまだ、砂漠の国に侵攻した魔将軍コピオスに振われた、太陽王・ソルダの所持する太陽の魔剣。
そして、現「英雄王」であるホルハイム国王イオニウスが所持する雷の魔剣の、合計二本しか目にした事はないが。
「いえ。何しろ……剣の材質が同じ金属で出来ていますから、間違いはないかと」
「──な、ッ!」
今の黒髪の女中の一言には、アタシも冗談ではなく、心底驚いた。
噂では、伝説の十二の魔剣の材質は聖銀でも金剛鉱でも、さらに稀少な太陽鉱でもなく。人間が入手する事の出来ない「神の金属」が使われている……とされているが。
「え……ええ? お、お嬢が持ってるあの長剣に……神の金属が使われているって……言うのかい?」
「ええ。まあ、私も話に聞いた限りですが」
今一度、魔竜の身体から剥がれ落ちた鱗の断面と。お嬢の握る純白の魔剣を交互に凝視しながらアタシは。
「……け、けど」
鱗に刻まれた綺麗な断面に、ただ感嘆を含んだ声を漏らすしか出来なかった。
アタシが振るった大剣では、魔術文字の効果を乗せてもなお、僅かな傷しか付ける事しか出来なかった堅い鱗だが。
純白の魔剣から放たれた剣閃は、まるで木の板のように綺麗な断面で鱗を寸断していたからだ。
……それに。
もし、魔竜がアタシの大剣への対策を講じていなかったとしても、である。
いくら頑強な構造のクロイツ鋼製の大剣と言えど。こうまで綺麗な断面をアタシの斬撃で生み出すのは到底不可能だったろう。




