269話 アズリア、魔竜へと雷撃を落とす
「──九天の雷神ッ‼︎」
掛け声と同時に、アタシの周囲へと降り注いでいた雷光が一瞬で膨れ上がり。モリサカのいる上空へと胴体を伸ばしている魔竜へと一気に襲い掛かる。
モリサカを噛み砕こうとしていた魔竜は。その巨体からか、アタシの放った雷撃に対し回避する素振りの一切を見せず。
ただ、怒涛の如き雷撃をまともに喰らっていた。
『が、あ、あ、あああああああああああ⁉︎』
雷撃を身体に受けると、灼けるような衝撃と激痛とともに、全身の自由が奪われ麻痺する感覚に襲われる……というのはアタシの経験からだが。
今まさに、雷撃で身体を焼かれていた魔竜は。激痛と痺れがその身体を駆け巡り、苦悶しているに違いない。
それが証拠に、噛み砕かんとする魔竜の
上顎を懸命に押さえていたモリサカが。魔竜の口から離脱出来ていたからだ。
おそらくは雷撃を浴びた事で、上顎の力が緩み、その隙にモリサカは口内から脱出出来たのだろう。
「た、助かった……だ、だがアズリア、その稲妻は、一体っ……?」
魔竜の腹に収まるのを避けられたモリサカは、背中の翼を使ってアタシの横へと降り立つと。
今まで一緒にいたにもかかわらず、一度も見た事のないアタシの姿。周囲に火花を散らし、短い赤髪を逆立てていた事に驚いていた様子だったが。
「それはお互い様だろ? アンタの竜属性の魔法の由来が、まさか魔竜にあったとは……ねぇ」
「さっきの話、聞いてたのか……」
「ちょうどいい機会だ、聞かせてくれないか。アンタが竜属性の魔法を使えるようになった、そのきっかけを、さ」
「……それ、はっ」
何故に他の属性の魔法とは違い、竜属性の魔法が特別扱いされるのか。
それは、術者が先天的に竜属性の特性がない場合、特別な手段をとらない限りは竜属性の魔法を使うことは出来ないからである。
特別な手段とは「竜属の肉体の一部を触媒に使う」「竜属の血や内臓を身体に取り込む」などがある……と。アタシもここまでは竜魔法についての数少ない文献や資料から知ってはいるが。
先程の魔竜との会話からすると、モリサカが竜属性の魔法を使用出来るのは。
何らかの手段で魔力を身体に取り込み、竜属性の魔法の素質を手に入れたか。もしくは、竜属性の魔法の素質を持って生まれたか。
そしてそのどちらにも、魔竜が深く関係しているのだと。
「モリサカ」
「……わかった、話そう」
アタシの問い掛けに、最初こそ口が重たかったモリサカだったが。
ようやく覚悟か決まったのか、モリサカの口から竜属性の魔法が使えるようになった由来が語られていく。
「顔は知らないが……俺の祖先は、地に封じた魔竜を、何らかのカタチで利用出来ないかと考えたんだろうな」
「それが、竜属性の魔法だったッてのかい」
「ああ。それがこの魔法の根源、ということだ」
祖先、という単語から。どうも話がキナ臭い方向へと転がっていくのが、アタシにもわかる。
そう言えば、本拠地を離れられないマツリの協力者だったのが、実はモリサカだったというのはアタシもつい先程、知ったばかりだ。
「……それも、関係してるのかねぇ」
モリサカが個人的に行なった魔竜との契約ではなく、彼の祖先から予め計画されていたとしたら。
カガリ家の人間であるマツリがモリサカの能力を知っているのも当然だし、城外でフブキの護衛に動かしていたのも納得ですらある。
まあ……確かに。フルベまでの数日間を一緒に過ごし、モリサカの本質はある程度は理解しているつもりだが。力欲しさに、忌むべき魔竜の魔力に自分から手を出すような人間では、モリサカは決してないだろうから。
しかし、モリサカは自分に稀少な竜属性の魔法を授けた魔竜に対し、感謝の気持ちは抱いておらず。
寧ろ、アタシらと同じく魔竜への敵対心や忌避感を持っているように思えたのだが。
「俺の祖先は、地の底に封じられながらも漏れ出す魔竜の魔力を自分の身体に浴びせた……と聞いている」
「なるほど、ねぇ……先祖からの計画が引き継がれてきた力だったって、ワケかい」
「ああ、その通りだ」
それも全て、魔竜の魔力を受け入れ、竜属性の魔法を使うための素質に利用していたのがモリサカの祖先の仕業だとすれば。
魔竜の魔力を利用しているのに、一方でモリサカ自身は魔竜へ敵対心を抱いているという矛盾にも。モリサカが竜属性の魔法を使える理由と同様に納得がいった。
納得がいった、のだが。
「……もっとも。生まれついてこの力を使えるようになってた俺には。アズリア、お前さんのように難しい理屈は分からんが」
「ふぅん……でも、納得いかないねぇ」
説明を終えたアタシがまだ納得のいかない表情をしていたことに、横にいたモリサカは疑問を抱く。
「まだ、俺の説明が不十分だったか?」
「いや、モリサカ。アンタの事情は充分に理解出来たよ……それよか、アタシが疑問なのはね」
アタシは、不安そうな顔をしたモリサカから顔を逸らし、いまだ先程の雷撃で動きを止めていた魔竜へと視線を移す。
モリサカの表情は、自分の力が今まさに敵対している魔竜の魔力を利用しているのを知られ、不審がられるのではないかという気持ちの表れだと思うが。
構わずにアタシは、握っていた大剣の切先を魔竜へと向け。
「アイツ……蛇じゃなくて実は、竜だったんだ、ッてコトだよ」
「……へ?」
「だ、だってさ、どう見たってありゃ竜属じゃなく、デカい蛇じゃないか? 現に、魔竜の眷属だって蛇人間だったし……」
そう。モリサカの説明を聞いてなお、アタシの頭から離れなかった疑問が。
魔竜は竜属の一種だった、という紛れもない事実を。アタシはにわかに受け入れられなかった、ということだった。
今までに二度。そして現在、アタシらの目の前にいる三体目の魔竜もまた。外見的な特徴は紛れもなく「蛇」である。
だからまさか、魔竜が竜属だなんてアタシは考えた事もなかったからだ。
それが今の戦闘に何の影響があるのか、と言えば。魔竜が蛇だろうが、竜属の一種だろうが大した影響はない。だがこれは、アタシの認識を揺るがす事件には違いなかったから。
思わず空いていた手で頭を押さえながら、戦闘中にもかかわらず、思考の沼にズブズブと落ちていくアタシ。
「だけど、モリサカが竜魔法を使えてるってのは何より魔竜が竜属である証拠……なんだよなあ」
「あ、アズリア、お前……ぷっ?」
そんなアタシの様子を見ていたモリサカだったが。口元を押さえていた手から、ついに我慢が出来なくなったのか笑い声が漏れ出すと。




