23話 アズリアと辺境の村のそれから
さすがに修道女を治療した後に宴会を続けるのは無理があったため、少し早いがここで宴会はお開きとなった。
そして翌朝。
昨晩は木杯で10杯ほどと大した量を飲んではいなかったので、すっきりと目覚めてすぐに馬を走らせ、早朝のうちに助けた子供……ロッカの両親の遺体を村へ運び入れておく。
「……このまま静かにこの場所で眠らせてあげてもよかったんだけどさ、アンタ達も……やっぱり子供が見える場所のほうが安心するだろ?」
さすがにアタシでも、一度埋めた遺体を抱えて村へ出入りする姿を見られたくない、と思うぐらいは人並みな感覚は持ち合わせているつもりだ。
だから、この事を昨日思いついてすぐに村長のゴードンに村の共同墓地の場所を聞いておき、今回犠牲になった村人の遺体と一緒にしておいた。
今日にでも村人全員で合同葬をするらしい。墓石や棺の準備で、酒がまだ残った連中も頭をフラフラしながら懸命に働いていた。
かくいうアタシはというと、村外れに山積みにした帝国兵士の死骸をどう処理するかを村長のゴードンと一緒に腕を組みながら考えていた。
「……さて、問題はこの30を超える数の帝国兵士だった肉の塊をどうするか、だよねぇ……まあ、ほとんど全部アタシが殺った帝国兵だからどうにかするのは当然なんだけどね……」
「動物の死骸は細かくすれば畑の肥料になりますが、人間を肥料にするのは効果があるかわからない上、農作業をする者が確実に嫌がりますからな」
村長と相談の結果、服装までは取らないが他の装備なんかは見ぐるみ剥いだ後、まとめて火葬することになった。
そのまま放置して腐らせても30体もの死体ともなると臭いは強烈だし、血と肉の臭いで魔獣や猛獣を引き寄せる可能性が高いのだ。
かといって、人間の肉を腐らせて畑の肥料にするなんて話は聞いたことないし、村長の言う通り村人が嫌がるのでこればかりは仕方ない。
「……大地を守護する神イスマリアよ。彼らの魂を今御許へと還します……どうか、生前の罪は忘れて大地に抱かれ、神の愛を受けられることを我は願います……」
火葬は体調が回復し起き上がれるようになったこの村で唯一の教会関係者のエルが取り仕切ってくれた。
最初はベットから起き上がってすぐに子供たちに無理しちゃ駄目だ、と止められていたが、腹の紅い斑点もすっかり消え熱も下がっていたので渋々子供たちも了承したのだ。
一応、連中が持っていた部隊章はアタシが全員分回収しておいた。連中の一人一人を分ける、謂わば個人の遺品だ。帝国の人間に渡す機会があればこれくらいは生まれ故郷に帰してやろうと思ったのだ。
「まあ……これくらいは、ね。敵として戦場に立ったら容赦はしないけど、死んだ後は恨みっこ無しってヤツだからね」
火葬に捧げる神言を唱え終えたエルが、アタシに近寄ってくるのだが、顔を背けて目線を合わさないまま、頬を赤らく染めながら口を開く。
やはり彼女の背丈は少女のそれだ。アタシの胸くらいの高さしかない。
「そ、その……どうやら、子供たちに心配をかけてしまったのを……あなたに助けられたと聞いて……あ、ありがとう……っ」
アタシは今まで村人や教会の子供らから話を聞いて、このエルという人物を勝手に人格者なのだと勘違いしていたのだろう。
多分、目の前で照れ隠しながら律儀に感謝の言葉を口にする彼女を見て、急に親近感が湧いてきた。
だからアタシは敢えて子供扱いせずに、親しみを込めて頭を撫でながら。
「いや、ちょうどエルが罹った病気に効く薬を持ち合わせてただけだよ。さすが神に仕える修道女だけあって、日頃の行いが良かったからなんじゃないかねェ?」
「もうっ! 子供扱いしないで頂戴っ? あたしは本気でお礼を言いに来たのにっ……」
撫でていた手を払われて、頬を膨らますエル。
アタシは子供扱いしたつもりはなかったが、頭を撫でたことに御立腹らしい。
……うーむ、やはり子供心は難しいモンだね。
「それなら村長にもお願いするけど、教会で作ってる麦酒を飲ませてくれればアタシは満足だからさ」
「本当に、あなたって人は……わかったわ、村とあたしを助けてくれたお礼なんだから……腹が膨れるまで麦酒を飲ませてあげるから覚悟しておきなさいよっ」
アタシに指を突き付けながら、怒っているような口ぶりだがどこか照れて嬉しそうな複雑な表情でエルは小走りで教会へと帰っていってしまう。
そんな口調にどこか親近感を抱いてしまった理由が少しだけ分かった。
エル、あの娘の喋り方はどことなく師匠に似てるんだ。
────そして。
帝国兵に殺害された村人の合同葬もエルと村長の取り仕切りで恙無く終わり、ロッカの両親の遺体も村の共同墓地に無事に葬られることとなった。
両親を失ったロッカは、同じような子供らが共同生活しているエルと教会に引き取られることになったのだが。
そのロッカが両親の墓から離れようとしない。
「……こういう時はロッカ本人が納得するまで外野であるあたし達は見守るしかないのよ……」
エルもどう声を掛けてよいのか戸惑っているみたいで、遠巻きにロッカを心配して様子を見守ってはいるが、本人が納得するまでは無理に連れ帰る気はないみたいだった。
だが、それを聞いてなおアタシはロッカの傍に歩み寄っていき、頭をクシャッと撫でる。
「……格好いいパパとママだったね」
「え?」
「だってさ、ロッカ……アンタを助けるために兵士でも何でもない二人は武器も持たずに立ち向かったんだよ。それって凄い事さね」
「……ねえ、お姉ちゃん?」
「ん?」
「ぼく……パパやママみたいに、カッコよくなれる?……お姉ちゃんみたいにつよく……なれる?」
「ああ。毎日修道女の言う事聞いて、剣の練習を欠かさずやればアタシなんてすぐに追い越すさ!……パパやママがロッカを守ったみたいに、今度はロッカが村のみんなを守ってやりな」
「うぅぅ……うえぇぇぇん!お姉ちゃぁぁん! パパぁあ! ママぁあ! ぼく……ぼくがんばるからっ!」
最後にアタシの胸に飛び込んできて泣きじゃくるロッカの頭を優しく撫でながら、遠巻きに見守っていたエルに手招きをして。
泣きじゃくるロッカを任せるために呼び寄せるのだった。
「……ねえアズリア? あなた、意外と修道女なんて向いてるんじゃないかしら? 旅に疲れたら是非ウチの教会にいらっしゃいな、歓迎するわよ?」
なんて皮肉をエルに言われたのは内緒だ。
大体アタシが神の使いなんてガラじゃないし。




