266話 アズリア、二人の共闘を眺めながら
「あ、ありゃあ……ッ！」
今、ユーノが繰り出そうとしていたのは。巨大な籠手を装着している時のみ使用出来る攻撃魔法「黒鉄の螺旋撃」。
激しく回転させた拳を、籠手ごと敵に発射するという……果たして魔法と呼んでよいのか。何ともユーノらしい豪快な攻撃魔法の予備動作なのだが。
本来なら、とっくに魔竜へ向け籠手が放たれてよい距離だったのに。
握り込んだ拳を猛烈な勢いで回転させたままユーノは、鋭い踏み込みで魔竜の懐深くにまで接近していたからだ。
「このまま……なぐるっっっ‼︎」
なんと。
ユーノは「黒鉄の螺旋撃」を準備した、つまり右腕の籠手を激しく回転させた状態のままで。アタシが狙ったのとは違う鱗を強烈に殴り付けると。
アタシが大剣の一撃を浴びせた時とは違った、鈍い打撃音が響いた。
と同時に、魔竜の口から漏れたのは。明らかに痛みを感じたと思われる呻き声。
『ぐ──お、っっ！』
見れば、ユーノが放った強烈な右拳による一撃は。アタシの大剣の刃を弾き返した堅い鱗に見事なまでに減り込み、痛々しい攻撃の痕跡を残す。
魔竜に攻撃が通ったことに、思わずアタシの口からも称賛の声が漏れる。
「す……凄えッ、ユーノのやつ……いつの間に、ここまで強く、ッ」
最初の目論見通り、これで三度目の対決となる魔竜が予めアタシに対策を施してきたのか。或いは……ユーノの一撃の重さがアタシを凌いだのか。今の時点では知りようもないが。
……とにかく。魔竜に対し、有効な打撃を与えた事に間違いはなかった。
それに。あの拳が「黒鉄の螺旋撃」なら、まだ攻撃は終わりではない。
「まだまだぁっ、いっっ──くよおっ！」
掛け声とともに、魔竜の鱗を歪ませた巨大な拳が再び回転を始め。鱗が削れているのか、籠手が接する箇所からは激しく火花が散っている。
このままユーノが腕を回転し続けていれば、魔竜の鱗へと拳大の穴を穿つのも不可能ではない、と思い始めたが。
今、ユーノが攻撃をしていたのは、動かない壁や岩石などではなく。魔竜という魔物なのだ。
当然ながら、火花が散る程に鱗を削られている様を、黙って見ている筈もなく。
『ち……調子に乗るなよ、矮小な人間どもがっ、遊びの時間はっ──』
最初からずっとアタシを凝視していた魔竜が、初めて懐で鱗を攻撃し続けていたユーノへと視線を落とし。
何らかの行動に出ようとした、その矢先。
『おわ──ぐ、はあああっ⁉︎』
魔竜が発する言葉を遮るように。蛇の頭部の真横で突如、大爆発が巻き起こる。
発生した激しい爆炎と衝撃は、魔竜の顔半分を巻き込み。ユーノへ行なおうとしていた妨害行為を中断させられる羽目となる。
目の前で突如起きた爆発は、てっきり後方に控えていたお嬢らかと思ったが。まさか、振り返った視線の先にいたのは、ヘイゼル。
「はっ……デカい蛇ごときが、ユーノの邪魔しようとしてんじゃないよっ」
何かを投擲した動作で、振り向いたアタシへと歯を見せながら笑いを浮かべていた。
「こ、この爆発ッ……魔法じゃ、ない……ッてコトは」
海の王国から同行していた彼女が、「火炎球」や「火炎爆破」のような火属性の攻撃魔法を使う場面を。アタシは今までに見た事がないし、使えるならとっくに使っていただろう。
それに、ヘイゼルと大爆発……と言えば。アタシに思い当たるのは、攻撃魔法よりも。
「へ、ヘイゼル……アンタ、まだ炎傷石持ってたのかいッ？」
炎傷石。
火属性の魔力が結晶の内側に封じられ、強い衝撃を与えると結晶が砕け。中の魔力が大爆発を起こす危険な魔導具で。
何故かヘイゼルは、海の王国からアタシらに同行するにあたり。炎傷石を複数所持していたようで。
フルベ領主の屋敷を強襲した際に、炎傷石を持たされ囮にされる、という。今は思い出したくもない記憶がある。
確か、あの時に持っていた炎傷石は「全部使い切った」と。ヘイゼルからは聞いていたが。
「いや悪い、懐探ったら何か一個出てきたんだって……ホントだからな？」
「はッ。どうだか、ねぇ」
アタシらと同行した理由が、お尋ね者として高額の賞金を懸けられた海の王国から逃亡するためとあって。警戒心の強いヘイゼルの事だ。
使い切った、と言っておきながら。最後の一個はいざという時のために残しておきそうだ、とは思ったが。
「うん……待てよ？ その、最後の炎傷石を、今……使った、だって？」
「あ、そうだけど。何か都合が悪かったかい？」
「い、いや、何でもないよ」
ふとアタシは、つい先程の出来事を思い出す。
魔竜が起こしたであろう激しい地面の揺れが起こった際に、ユーノが体勢を崩したヘイゼルを支えていた場面があった。
あの時は、ユーノが一方的にヘイゼルに信頼を寄せているだけ、と懸念したが。どうやらヘイゼルも、隠し持っていた炎傷石の最後の一個を使うに値する信頼をしているのだ、と思うと。
「けど……アタシが海に落とされたのも、まるっきりの無駄じゃあ……なかったんだねぇ」
コルチェスター海軍に追い付かれ、海軍提督の一人・マチルダに海に落とされた時は。海で溺れ死ぬんだ、と一時はどうなる事かと思い。
まさか、海の底にある海魔族の棲み処で世話になっていたわけだが。
その間にも、ユーノとヘイゼルは二人で帆船を操りながら。この国へと到着し、今身に纏っている外套の材料の魔獣を退治したり、と。
無事にこの国で合流を果たすまでに。アタシが知らない数々の出来事を、二人で乗り越えてきたに違いない。
「ほらほら！ ユーノを構ってる暇なんてないぜ、デカい蛇さんよお！」
見るとヘイゼルの援護は、炎傷石だけでは終わらなかった。
既に鉄球と炸薬を装填済みの単発銃を、左右両手で構えると。
「そんなに喰いたいなら人間じゃねえ……鉄の球を喰らわせてやるぜ！」
挑発的な台詞とともに、左右二発の単発銃を続けざまに連射する。
同時に鉄球を放てないのは、単発銃の発動には「点火」の魔法が必要だったからだ。いくら基礎魔法とはいえ、二つの魔法を同時に発動というのは、魔術師でもないヘイゼルには難しいのだが。
魔術師でもないのに、まるで二重に発動したかと思う手早さで。連続で魔竜へ向け鉄球を打ち出す、ヘイゼルの二本の単発銃。
「……やるじゃないか、二人とも」
「巨人の恩恵」に代わる魔術文字の選択と準備をしながら、アタシは。
ユーノとヘイゼル、二人が共闘する様子を見ながら、まるで二人の親にでもなった気持ちを抱いていた。
──父親の顔を知らず、母親にも疎まれていたアタシとしては。
親が子に接する態度、というのは他人の家族からしか窺い知るしか出来なかったが。
