265話 アズリア、鉄壁の鱗を前に
魔竜の鱗とアタシが放った大剣が、激突した瞬間。
「う、嘘……だろ、あ、アタシの大剣が、き、効いて……ねぇ、だと?」
盛大に響く鈍い衝突音と同時に。
アタシの右手に伝わる強い衝撃。堅い物質を打ち据えた際、特有の。まるで雷撃を浴びたような、指の骨の芯まで響く痺れが襲う。
鱗を粉砕する筈の一撃は、表面に刃が喰い込む損傷を残しはしたものの。破壊するまでには至らず。
逆にアタシが勢い良く放った大剣の重い一撃は、堅い鱗に弾き返されてしまったのだ。
「が、ッ⁉︎……ぐうううぅぅッ、ッ!」
攻撃が弾かれた時の衝撃で、剣を握っていた指の痺れからか、アタシは手から大剣を放しそうになる。
歯を噛み合わせて指に力を込め、どうにか大剣を手放さないよう、懸命に耐えようとするも。
「……だ、駄目だッ! ゆ……指が、もたねぇ……ッ」
右眼と右腕、二種の魔術文字の力が乗った一撃の反動は、想像以上に凄まじく。右手の指を襲った衝撃に耐え切れず。
指を放した途端に大剣は、アタシの真後ろへと吹き飛ばされてしまった。
「し、しま……ッ?」
アタシの手から離れた大剣は、空中で何度も回転しながら。盛大な音を立てて、地面に突き刺さってしまう。
つまり今アタシは、魔竜の前に。武器を持たずに身体を晒している状況だったりする。
……さすがに、ユーノのような格闘術を扱えないアタシが。素手の状態で魔竜と対峙し続けるほど、馬鹿な話はない。
「じょ、冗談じゃ……ねぇッッ!」
そう思ったアタシは、突進する勢いのままに魔竜の胴体へと、全力で蹴りを放つ。
大剣の一撃が通じなかった堅い鱗を、いくら魔術文字で増強されている脚とはいえ、蹴りを浴びせた程度でどうにか出来るとは思っていない。
今、アタシが鱗へと蹴りを放ったのは、魔竜に傷を負わせるためでなく。魔竜との距離を置くための行動だった。
「コレで一度、距離を空けるッ!」
鱗を蹴り抜いた反動を利用し、背後へと大きく跳躍したアタシは。背中越しに見ていた、大剣が突き刺さった位置にまで飛び退いていく。
反撃を警戒し、魔竜から目線を外さぬまま。
──だが。
『一撃で、気が済んだか? 人間よ』
今、アタシが斬り付けたばかりの鱗には、多少の傷が付いていたものの。まるで気に留める素振りを見せぬばかりか。
当の魔竜は、地面の大穴から頭を出した状態から全く動いていなかったのだ。
いや……蛇の表情を見抜けはしないが、僅かに嘲笑うかのようにも見える。
『二度も我の首を倒した斬撃だ。対策を施しておくのは当然だろう?』
「……それで、この鱗の堅さッてワケかい」
『餌である人間ごときに対策を取るなど。屈辱ではあるのだがな』
アタシは、地面に突き刺さる大剣を抜き、再び切先を魔竜へと向け構え直してはみたが。
魔竜の言葉が真実ならば。今のアタシの魔術文字の組み合わせでは、あの堅い鱗を突破出来ない、という結論になる。
事実、攻撃は弾かれてしまったわけで。
『信じられぬ、というならば。貴様の気が済むまでその棒切れで殴らせてやろう』
アタシは一旦、右腕に血で描いた魔術文字への魔力供給を解除する。すると、血文字はまるで肌に溶け込むように消えていく。
魔竜の堅い鱗を斬り裂くには、別の魔術文字を描く必要があるからだ。
「は、ッ……なら、攻め方を変えるだけだよ」
再びアタシは、魔術文字を描く触媒を得るため。肩に負った塞がりかけの傷を指で開き、傷口から血を拭う。
「……ぐ、ッ!」
と、同時に。背後にいたユーノらに目線を送り、攻撃を仕掛ける合図を出した。
魔術文字を準備する間、アタシは無防備になってしまう。その隙を、ユーノらが攻撃を仕掛けてくれる事で埋めたかったのと、もう一つ。
魔竜の鱗の強度が、アタシだけの対策かどうかを知りたかったからだ。
「少しの間でイイ。頼むよ、ユーノ」
「ボクにまかせてっ、おねえちゃんっっ!」
前後を入れ替わるようにすれ違い様、アタシは前線を任せるユーノと言葉を交わす。
既にユーノは「鉄拳戦態」を発動し、両腕には巨大な籠手が装着され、戦闘の準備は整っていた。
これまでに二度、アタシは魔竜と交戦したが。二度の戦闘のどちらにも、ユーノは参戦していなかった。
先程、魔竜は「アタシへの対策」と口にした、という事は。あの鱗の強度はもしや、何らかの方法でアタシの攻撃にだけ硬度を増すように仕組まれていたら?
……その仮説を確かめるため、アタシは敢えてここでユーノを頼ったのだ。
「いっっくよおおおっっ!」
アタシに前衛を任されたのが、そんなに嬉しかったのか。ユーノが笑顔を浮かべたまま、巨大な両腕の拳を握り。地面を蹴って魔竜へと突撃を仕掛けていく。
『ほう。自分の攻撃が通じなかった途端、このような子供を差し出すとはな。早々に勝負を諦めたか、人間よ』
だが、ユーノと初めて対峙する魔竜は、彼女がまだ小柄な少女の姿をしているというだけで、実力を軽んじる言葉を吐いた。
「……こども?」
途端、魔竜に突進するユーノの表情から笑顔が、消えた。
この時点で魔竜は、間違いを二つほど犯していた。
一つは、少女の外見に騙され。ユーノの秘めた実力を見抜けなかった事だ。
獣人族という種族の中でも、限られた者しか扱えない「魔戦態勢」という技術。攻撃魔法の魔力を減衰させることなく全身に纏い、元々高い獣人族の身体能力を飛躍的に上昇させる戦闘技術を。完璧に使い熟すのがユーノという少女だ。
アタシを慕ってくれているからか、ユーノと本気で生命の取り合いになる可能性は低いだろうが。もし、戦闘となったら……アタシだって「勝てる」とは断言は出来ない。
そして魔竜が犯したもう一つの間違いは。
「ボクはっ……もうこどもじゃないぞおおぉぉぉっっ‼︎」
ユーノは、心を開いた相手以外に子供扱いされるのを激しく嫌うという事だ。特に、敵対する相手が吐く言葉に含まれている時は。
異種族として人間より生きる時間が長い妖精族や岩人族とは違い。獣人族の成長は人間とほぼ一緒である。だからユーノの外見が年齢相応なのは……こればかりは仕方がない。
だが、少女という年齢でありながら。自分の種族である獅子人族の族長であり、実兄である魔王リュカオーンの四人の実力者として認定されていることもあり。生まれ育った魔王領で、子供扱いなどされてはいなかったからだ。
それに、ユーノを知らずに子供扱いする連中は。侮蔑と嘲笑から「子供」扱いする事が多かったという。
だから自然と身に付いてしまったのだ。
望まぬ子供扱いに対し、怒りで返す事を。
「そのうろこっ! ぶっこわしてやるうぅっっ‼︎」
次の瞬間、ユーノが怒りの咆哮を発しながら。もう一度地面を強く蹴り抜いて、突撃が加速すると同時に。
力を溜めるために大きく振りかぶった右腕が、激しく回転を始めたのだ。本当の腕であれば、とっくに肘から捻り切れているだろう、激しい回転を。




