256話 アズリア、黒幕を見逃がした理由
小さな村ならば丸々買い取れるくらい高額の賞金額の海賊だったヘイゼルや。魔王の配下として大勢の人間を殺めてきたユーノが、思わず足を止めてしまうほど。
「お……おい、アズリア、っ?」
「お、おねえ……ちゃん?」
それだけ、近寄り難い雰囲気の笑みをアタシは浮かべていたのだろう。
「──はッ」
海の王国に海底都市、そしてこここの国と。結果的に人助けにばかり精を出してきたが。アタシは別に善人でも、そうだと主張するつもりもなく。
どちらかと言えば、あまり声高に言えないような荒事や裏の仕事を数多く経験していたから。
今、アタシが頭の中で描いでいたのは。どちらかと言えば、裏の仕事で培った着想。
「ここでアタシらから逃げ出したからと言って、当主を蹴落としてここまでの騒ぎを起こした人間が……今さらどの面で『助けろ』なんて言えるんだろうね」
アタシは、足を止めた二人にそう言い放つ。
マツリが奪還され、自分に従う配下のほぼ全員を失ったジャトラは。最早、当主としての権限を持たないどころか、反乱に失敗し、カガリ家を二つに割った憎き敗北者という立場だ。
そんな敗北者に、一体誰が逃走の協力をするというのだろうか。
「それに、だ。駆けつけた連中の話がホントなら……周囲は敵だらけ。再起どころか、下手に顔が知れてる分逃げるのは大変だろうし」
フブキの案内で城門前まで潜入し、一足先に門を守護する武侠らと交戦していたアタシらに遅れ。増援として到来したナルザネの息子、イズミが率いてきたのは。
ここ、シラヌヒの周辺に位置する四つの都市の領主だったと、彼から聞いていたのをアタシは思い出したから、こそ。
幸運に恵まれ、シラヌヒを脱出出来たとしても。ジャトラに味方する勢力と合流出来る可能性は……限りなく低いとアタシは判断したのだ。
「──寧ろ。必死になって逃げ出して城の外に出てみりゃ、今よりずっと大勢の人間に生命を狙われるハメになるだろうし、ねぇ」
「あ、あんた、もしかして! あの男を……ワザと見逃がしたのは、っ?」
ここまでアタシが説明したことで、ようやくヘイゼルがこちらの意図を読み取ってくれたようで。
「ああ、出来りゃ。内輪揉めの後始末は、同じカガリ家の人間の手を汚して貰おうと思って、ねぇ」
アタシが、何度もジャトラの生命を奪える機会がありながらも。敢えて好機を見逃がしていたのは、魔竜との三度目の戦闘を切望していたからだけではなく。
まだ城門を走り抜けている最中であろう、ナルザネ親子と他の都市からの援軍に領内を二分した裏切り者の処分を任せる意図もあった。彼らからしてみれば、ジャトラは立派な犯罪者だからだ。
それに、この国は長いこと大陸と交流を断絶していたこともあってか。まだ、多くのこの国の住人は、アタシらに対しあまり良い感情を抱いてはいない。
この国に滞在している間、何度となく。「余所者」という理由で。最初に訪れたハクタク村の時のような明確な拒絶や、遠回しの忌避もされたりもした。
だからこそ。
突然現れた、余所者のアタシらが。きっかけとなったフブキの救出から、ジャトラの処分までを決着するというのは。マツリが当主の座に戻った後々も、悪影響に繋がるのではないか、と。
「……出来れば」
「ん、何か言ったかいアズリア」
「いや、何でも……ないよ」
口から出かけた言葉の続き。それは、あわよくばジャトラが数少ない味方の生命ではなく、唯一自分の手元に残ったもの。
そう、ジャトラ自身の生命を生贄に捧げ、この地に魔竜を召喚してくれるのが。アタシにとっては最良の選択。
アタシはそこまで踏み込んで。
ジャトラを見逃がしたのだ。
「……ふぅん。そういうことなんだっ」
いかにも、アタシの説明を理解したかのように答えたユーノだったが。
アタシがジッと目を合わせようとすると、僅かに目の焦点を逸らしていく様子から。
「こりゃ……分かってないッて顔してんねぇ」
思わず本音がアタシの口から、耳の良いユーノに聞こえない小声で漏れる。
幼い外見ながらも、魔王領では人間勢力との長期間の戦争を経験していた事もあり。決して頭が回らないわけではないユーノだったが。
彼女が頭を働かせてるのは、主に戦闘の直感と食べ物への嗅覚であって。敵対勢力や個人間の駆け引きなどはあまり得意ではない。
……おそらくは、何故ジャトラの追撃を止めたのかの理由の半分も理解していないだろう。
だが、この場でユーノの理解が追いついていないのを指摘するのは無粋というものだ。
「分かってくれたみたいで嬉しいよ、ユーノッ」
ユーノが目を逸らしたのを、敢えてアタシは気付かなかった振りをして。
代わりに、ジャトラの追撃を諦めてくれたユーノの頭を少し乱暴に撫でていく。
「え……えへへっ、おねえちゃんっ──あっ!」
するとユーノが、頭から生やした耳を揺らしながら、自分らがここまで駆けて来た道を振り返って指差すと。
「こ、この揺れはッ……まさか?」
まだ姿こそ見えないものの。複数の馬の蹄が地面を踏み鳴らす振動と、大勢の人間の歓声が。ユーノが指し示す方向から聞こえてくるのを、アタシは察知する。
「う、嘘だろっ? 背後から敵とか……」
「文句はなし。黙って武器を構えて、エルザ」
「お嬢様は最後列に控えていて下さい」
「じょ、冗談ではありませんわ? 誇り高き帝国貴族であるこの私が後ろに、ですって!」
接近してくる大勢の気配に気付いたのはアタシだけでなく。この場にいた全員が察知し、武器を構えて警戒を強めていく。
唯一人、ユーノ以外は。
「……ユーノ?」
「あのね、おねえちゃん。あっちからくるの、ふたつめのもんにおいてきたニンゲンたちだから、てきじゃないよっ」
「二つ目の門、ッてコトは……」
確か、ユーノの言う二の門では。カガリ家四本槍と名乗る三人の武侠とナルザネ、そして増援に来たイズミらが集い、戦闘を繰り広げていた筈だが。
その四本槍は、お嬢やカサンドラらが倒したと聞いていた。となれば、二の門にいた人間とは──。
「あの連中、生き延びたッてコトかいッ?」
「う……うん、そうだけどっ」
両肩を掴んで迫ったアタシの剣幕に、押され気味に首を何度を縦に振るユーノ。
「……信じられない、ねぇ」
それもその筈だ。
フブキを連れたアタシを三の門に先行させるため、四本槍の他三人を裏切り。門を開いてアタシらを通してくれたナルザネだったが。
僅かに交戦しただけでも、四本槍はいずれもイズミらを軽く遇らえる腕前を持ち合わせていた。だから、お嬢らが倒した時には、イズミらは既に敗走、もしくは全滅しているものだとばかりに思っていたが。
地面を鳴らす馬の蹄の音や、男たちの歓声が徐々に大きくなるにつれ。この場にいたアタシらからも、接近する騎馬兵を目視で確認出来る距離になると。
ユーノの発言が真実なのが、証明される。
『──アズリア殿おおぉぉっっ!』
『全員、無事であったかっ!』
こちらに迫り来る騎馬兵からも、アタシの名前を叫ぶ大声が聞こえてくる。
「な、何でアンタがここにいるんだよッ⁉︎」
先頭を駆ける馬には、ナルザネとイズミの親子に混じり、もう一人。ここにいる筈のない見知った意外な顔が馬に跨がっていた事に、アタシは驚いてしまう。
……その人物とは。




