254話 アズリア、自慢の仲間と合流する
『──は?』
アタシの言葉に、驚きを隠せなかったのか。大きく目を見開いたジャトラが言葉を漏らす。
いや、ジャトラだけではない。
彼との会話の一部始終を聞いていた二人の姉妹もまた、揃えて驚きの声を発したのだ。
「な、何を言ってるの、お、魔竜を……呼ぶ、ですって?」
「ちょ、ちょっとアズリア? せっかく姉様が贄になる前に、救い出せたのにっ……」
当然ながら、魔竜を「恐怖の対象」としか捉えていないだろう二人は。アタシの発言の意図を理解出来ず、発言を撤回させようと、慌てた様子で迫ってくるが。
そんな二人の顔に、立てた指を突き付けたアタシは。
「そうだよフブキ、アンタの依頼の通り……マツリを助けて再会させた。だからここからはアタシの目的ッ──」
二人を指し示していた左手の指先を、真下の地面へと向きを変え。
「魔竜を倒して、ヤツが持ってるだろう石版の欠片を奪ってやるんだよ」
「せ、石版の?」
「……か、欠片?」
アタシの言う「石版」に、全くと言って良い程に心当たりがないようで。こちらに迫った二人の姉妹は、揃えて首を傾げていた。
なのでアタシは、腰にぶら下げる革袋から石版の欠片を左手で取り出し。二人へと見せる。
「アズリア、それって?」
「ああ、コイツはねぇ。これまでに二度、魔竜を倒した場所で偶然見つけたモノなんだけどさ」
実はこの石版、アタシが発見したものではなく。二度の魔竜との戦闘に居合わせていた、ハクタク村出身の子供・チドリが。偶然に拾った二個の欠片を、アタシに譲ってくれた。
二個の欠片が繋ぎ合わせることが可能だという事。つまり、元は一つの石版だった何よりの証明なのだが。
問題は、その石版が何なのかである。
「石版にゃアタシが欲しかった、ある事が記されてるんだよ」
「え。で……でも……これじゃ」
「ああ、これじゃ全然読めない」
そう、繋げられた石版の表面に彫られていたのは。
アタシが八年もの間、大陸を旅して回りながら探索し続けていた「新しい魔術文字」らしき文字が大きく。また、魔術文字の説明だろうか、別途に小さな文字がびっしりと刻まれていた……のだが。
小さな文字は古代の文字らしく、参考になる文献や資料がなければ解読は不可能だ。それに……欠片を二個繋げた程度では、魔術文字の恩恵を受け取る事は出来なかった。
「──で。そんな欠片が、二度も魔竜を倒した場所に落ちてた……そんな偶然、あり得ないだろ? 欠片を魔竜が持ってない限りは、さ」
「ま、まさか……アズリア、っ?」
二個の石版の欠片を、二度も魔竜を倒した場所で拾った。その事を偶然ではない、と考えたアタシは結論を出した。
魔竜こそが。魔術文字が記された石版を所持していた、のだと。
ここまでアタシが饒舌に言葉を並べ、石版の欠片まで見せたことで。ようやくアタシが先程吐いた言葉の意図を、いち早く飲み込めたフブキは。
足元の地面とアタシを交互に何度も見返していく。
「ああ、そのまさか、だよ」
そんなフブキに、不敵な笑みを浮かべながらアタシは。
先程、ジャトラを黙らせるために地面に刺さっていた大剣をもう一度振り上げ。再び、勢いよく地面に大剣の切先を突き立て。
「アタシは、魔竜を倒す」
そう、高らかに宣言したと同時に。
「……ん?」
遠くから騒がしい声を上げ、地面を踏み鳴らし接近してくる集団の気配を察知したアタシやフブキだったが。
「城からの増援?」
「いや……ありゃあ」
敵か味方か、を確認するまでもなく。アタシの名前を呼ぶ声から、誰が近付いてきたのかが分かってしまった。
シュテンに騎乗し、マツリ救出にとフブキ以外の全員を置き去りにして先行したアタシだったが。あれから懸命に馬で駆けるこちらを追ってきたのか、道に迷わずに全員が到着する事が出来たようだ。
「──おねえちゃあああんっっ!」
「あ、アズリアああっ! な、何を私の許可もなしに一人で勝手に先を行ってますのっ!」
先頭を駆けていたのは、想定した通りユーノだったが。その後ろを走っていたのが軽装のヘイゼルではなく、お嬢だったのが意外ではあった。
ユーノやお嬢、黒髪の女中にヘイゼル、エルザと次々と到着する中。最後方の二人はかなり距離が空いていたが。
「は、ぁ……は、ぁっ……ま、待って、っ……」
「ほら、しっかり走れよ、ファニー」
疲労が色濃く顔に出ている魔術師のファニーとは正反対に。全身鎧を装着しているにもかかわらず、平然とした顔をしていたカサンドラ。さすがは怪力を誇る熊人族だけはある。
最後の二人が到着したことで、ようやくアタシらは合流を果たす。
「さて、これでこちらの準備は全部整ったねぇ」
フブキへの説明と、全員の合流を待っていた事で。一度は中断してしまったジャトラへの追及を再開するアタシ。
ユーノやお嬢が合流する時間が流れたにもかかわらず、ジャトラを救出しようとする増援は一向に姿を見せる気配はない。おそらく城内には、アタシらを足止めをする程度の戦力すら残っていないのだろう。
圧倒的不利な状況をジャトラが打破するには最早、魔竜を召喚する以外の手段はない。
「さあ、呼びなよ。魔竜を、さあ」
だが、観念したのか地面に倒れたままのジャトラは。アタシを信じられない、といった視線を向けると。
「……き、貴様、正気か?」
「はッ……アタシはすこぶる正気さね」
二度目の魔竜との戦闘の最中、意識のなかったフブキと違い。
本当にジャトラが魔竜と手を組んでいたとしたら、アタシがこれまでにも魔竜を退けた事は知っている筈だろう。それでもアタシの正気……ではなく、勝機を疑うのは。追い詰められた負け惜しみからか、それとも。
ジャトラにしか知らない、他の二匹にはない特殊な能力が備わっているからだろうか。
「や、八頭魔竜は──我がヤマタイが誇る勇者とその一同が揃い、それでも! 地の底に封ずる事しか出来なかった魔獣ぞ! それを──」
いや、そうではなかった。
アタシが想定していたいずれの理由でもなく。ジャトラはこの期に及んで、まだアタシらの実力を過小評価していたのだ。
魔竜を二度倒し、フルベの街を奪還し。シラヌヒへの潜入を果たし、三つの城門と立ち塞がった四本槍やカムロギらを全て撥ね退けたアタシらの実力を、だ。
確かにアタシは、遥か過去にこの国に起きた「八頭魔竜」の伝承は少し耳に挟んだ程度。魔竜を封じた人物とその一行については、情報があまりに少なく。どんな人物や能力かをいまだ知り得ないでいた。
──だが。
「この場にいる人間だって、遜色ない連中だと。アタシは思ってるけどねぇ」
「な、ん……だと?」
だからアタシは、堂々と胸を張って。頼もしい自分の仲間をジャトラへと見せつけていく。
何しろ魔王リュカオーンの妹にして、獅子人族の族長でもある少女・ユーノに。
元は大海賊団の頭領の座に就き、一度は「最強の海軍」と名高いコルチェスター海軍から軍艦を強奪したこともある女海賊のヘイゼル。
お嬢の護衛を勤める黒髪の女中、さらにはグラナード商会直属の冒険者のカサンドラ・ファニー・エルザの三人組がおり。
不本意ではあるが……五柱の神全ての恩恵を持つ「聖騎士」の称号を持つ大貴族であるお嬢……いや、白薔薇公爵ベルローゼもまた。
アタシの背後には揃っているのだから。




