252話 アズリア、ジャトラを論破する
まさか、理解しないと思わなかったのだろうか。
幽閉された小屋からマツリを連れ出す際、ただの一人も護衛の武侠を引き連れてない上に。
自分が壁に吹き飛ばされる窮地にすら、援軍を呼ばない時点で。ジャトラには既に、動員出来る武侠が残されていないと自ら証明した事に。
「なら、呼んでみろよ。まあ……カムロギを倒したアタシを、止められるだけの手駒がまだ残ってるなら、ねぇ?」
そこまで理解していながらアタシは、壁にもたれ座ったままのジャトラを挑発していく。
目の前にいる人物は、今は間違いなくカガリ家の当主なのだから。一声「自分を守れ」と声を上げれば、城内に待機している武侠が増援に来るに違いない。
「ぐっ……ぐ、ぬ、ぬぅぅぅぅ……っ」
だが、ジャトラは。冷ややかに嘲笑するアタシを恨めしそうに見上げながら、ギリギリ、と歯軋りをするだけで。一向に救援を呼ぼうとはしなかった。
「何を出し惜しみしてるんだい。アタシにあれだけ大口叩いたんだ、当然いるんだよなぁ……それとも」
アタシは知っているのだ。
もし、城内に最早ジャトラの命令に従う配下が誰一人といなかったとしても。最後に一つだけ、切り札とも呼べる存在が控えている事を。
問い詰められたジャトラがアタシから視線を逸らし、一瞬だけ焦点を泳がせたのを見逃がさなかった。
「な? な、何の……話だっ?」
「惚けるんじゃないよッ」
背負っていた大剣に右手を伸ばし、柄を握ると。二、三、空中で巨大な大剣の刃を振り回してた後、ジャトラの眼前へと切先を突き付けてみせた。
「──ひ、ぃっ⁉︎」
その時、距離感を少し誤ってしまったためか。ジャトラの鼻先を鋭い先端がほんの僅か掠めたようで、鼻の頭が切れ、血が流れたと同時に小さな悲鳴を漏らすジャトラ。
だがアタシは血や悲鳴を意にも介さず。空いた左手で、腰にぶら下げた革袋の中から何かを取り出し、ジャトラの足元へと投げ付けていき。
「ソイツは……シラヌヒまでの道中、アタシらを襲った蛇人間の残骸さね。フブキがいなけりゃ、ただの襲撃で終わったんだろうけどねぇ」
「な、何だこれは? 貴様……何を言っている?」
「まだ気付かないのかい?」
アタシがジャトラに投げ付けたのは、襲撃してきた蛇人間の息の根を止めた後に、その場に残った骨だ。
問題は、この骨がただの魔物の骨ではないという事だ。
「まあ……骨だけじゃ無理もないか、ねぇ」
「も、勿体ぶるなっ! この骨が一体何だというのだ、言いたい事があるなら早く教えろ……ひぃっ?」
投げ付けられた骨の正体を、語気を強めてアタシに問い詰めてくるジャトラ。
大剣を突き付けられ、こちらが決断すれば何時でも生命を奪えるという立場を忘れていたようなので。
「──アンタ、この状況を理解してないのかい」
「……が、っ……ぐぅぅ、っ……」
アタシは今一度、ジャトラの鼻先に大剣の先端を押し付けていくと。どうやら自分が追い詰められた状況だ、という事を思い出してくれたのか。ようやく喧しい口を閉じてくれた。
興奮が収まったのを見たアタシは、ジャトラに手渡した骨の正体についての説明を再開する。
「……アタシらを襲った蛇人間は、倒されると元の人間の姿に戻った。問題は、その人間なんだけど……フブキ、間違いないんだね?」
「あ、うん、間違いないわ」
アタシは今一度、フブキに確認を取る。蛇人間に変貌する前の顔や姿、その正体を知っていたのは。アタシではなく彼女だからだ。
「蛇人間に姿を変えられていたのは、ジャトラ……お前の奥方のサラサと、コクエン家の後継ぎのタツトラ。その骨は二人のものよ」
「は?……ま、待て、な、何だその話は? お、俺は知らんぞ、そんな話っっ⁉︎」
フブキが告げた、骨の正体に。一度はアタシが突き付けた大剣で消沈したジャトラが再び興奮し、喚き散らし始める。
「アンタの妻と子供は、頭が蛇の魔物に姿を変えられてアタシらを襲ってきたのさ。それでアタシは確信したよ」
そう。ジャトラの背後に控えている最後の存在とは。彼の妻と子供を蛇人間へと変貌させた、魔竜以外にはあり得ない。
「アンタの背後にゃ、まだ魔竜がいるんだッてコトがねぇ」
少なくとも、最初に魔竜に遭遇したハクタク村では。生贄を連れて行く役割の武侠を撃退して即座に、一回目の魔竜の襲撃が起きた事から。ジャトラが襲撃に関与した可能性は薄い、と思っていた。
二度目の遭遇と襲撃でも、フルベやハクタク村などの人里がありながら、何もない離れの岩壁の牢獄などに登場した理由が不可解すぎる。
だが……ジャトラの元から逃走したものの、牢獄に幽閉されていたフブキを喰わせるためと仮定すれば。
一見、不可解な行動も、ジャトラを利するよう動いているのだと納得が出来た。
一方で、アタシの懸念は。フブキを救出した際に倒した二体の魔竜で、ジャトラに協力していた魔竜が最後となりいなくなってはいないか、という事だった。
アタシは「ある理由」から八頭魔竜に興味を持った。倒すべき相手として。
その懸念を取り払ってくれたのが、シラヌヒまでの道中に襲撃してきた、ジャトラの家族が変貌した蛇人間だった。
ジャトラの背後にはまだ、魔竜が存在している、と。
「確かに……確かに俺は、自分の地位を! 奪おうとする連中全部に対抗する力を得るために! 愛する妻と息子を贄に捧げた! だ、だが全ては、我が国と我が領地の存続と繁栄のため!」
「──呆れたねぇ。そんなコトのために、家族を魔竜に喰わせた、ッてのかい」
本来ならば、この国の人間に多大なる損害を与えたから、地の底に封じられているべき存在の魔竜を。
どうやってジャトラは、自分に協力するように仕向けたか。至極、簡単な理由だったのだろう。つまり、領内の人間を定期的に「生贄」として喰わせていたのだ。
ハクタク村に生贄を差し出すよう迫った時のように。
ジャトラが自分の妻と子供を捧げたように。
そして。
「追い詰められ、手駒のないアンタは最後に、マツリを魔竜に喰わせようとした……そうだろ?」
「ああ、その通りだ!」
何故にこの時点で、幽閉された場所からマツリを連れ出す必要があったのか。少し頭を使えば、容易にその結論には到達するとあって。
問われたジャトラはいとも簡単に、マツリを魔竜の生贄に捧げようとしていた事を白状した。
「な……何て、こと……っっ?」
「ね、姉様っ!」
ジャトラの言葉を聞いたマツリは、途端に恐怖で足が震え出し、顔色を蒼白に変えてしまう。
もしあの時……フブキの救出が遅れ、助けが間に合わなければ。自分は魔竜に捧げられていたかもしれないと想像したのだろう。
「大丈夫だよ姉様。私が側にいるから」
「うん……うん、ありがとう……フブキ」
だがマツリは、妹のフブキとこうして無事に再会を果たした。
今も、恐怖で身体を震わせていたマツリの肩を。フブキがしっかりと抱き締めて支えているからだ。
画策していた計画のほぼ全てが明るみに晒された事で、画策していた企みを台無しにされたのが余程悔しかったのだろう。
アタシへと向けたジャトラの視線と表情は、今にもこちらを睨み殺さんばかりの憎悪が込められていた。
「き……貴様に何がわかるっ! 余所者の貴様に、徐々に土地は衰退し、緩慢(かんまんな死を待つのみの我が国の運命を変えるための努力を……悪し様に否定される謂れは微塵もないわっっ‼︎」
計画を破綻させたアタシへの怒りからか、目を真っ赤に血走らせたジャトラは。
次から次へと荒々しい口調で言葉を捲し立てるうちに、ついには口を止める好機を見失ってしまう。




