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251話 アズリア、ジャトラを挑発する

「がっ!……はあああぁぁぁあああ⁉︎」


 絶叫とともに、手首と(えり)を掴んでいたジャトラはマツリから離され。彼の身体は後ろにあった石壁へと激突していった。


「え? あ……は?」


 ジャトラの拘束から解かれたものの。突如として起きた出来事に、全く理解が追い付いてなかったマツリ。

 一瞬、唖然(あぜん)とした彼女(マツリ)の意識を引き戻したのは。再び耳へと飛び込んできた、自分の名前を呼ぶ声だった。


「──マツリ姉様あっ!」


 声と同時に、馬上にいたフブキが馬から飛び降りて、両手を広げてマツリに抱き着いてきたのだ。


「間に合ってよかったよおおっ!」

「ふ、フブキっ? ど、どうしてあなたがっ?」


 小屋に幽閉されてはいたが、マツリにも情報を提供してくれる存在が。城から逃走したフブキが協力者に救出された事。そしてシラヌヒを目指していた事まではマツリに報告していた。

 しかし、まさか……シラヌヒ城、三つの城門をここまで迅速に突破してくるのは想定していなかった。一体、どんな手段で突破したのかは非常に気にはなったが。

 

「……ううん、そんなことより。まずは」


 マツリは、自分の身体に両腕を回して感激の涙を流していた(フブキ)の頭をそっと撫で。


「えぐっ……えぐっ、ま、また姉様に会えてっ、よ、良かった、よおぉぉぉ……っ」

「助けに来てくれて……ありがとう、フブキ」


 マツリもまた、フブキの身体に両腕を回し。目から一筋の涙を流して、久々となる姉妹の再会を実感していた。


 ◇

 

「ふぅ……危なかった、ねぇ」


 同乗していたフブキが、進路の先に見えた人影に姉マツリの名前を叫んだ事から。(シュテン)を止めずに突撃し、マツリに危害を加えようとしていた人物に咄嗟(とっさ)に脚を放ったアタシだったが。

 騎乗した状態のアタシの蹴りをまともに喰らい、絶叫とともに後方へと吹き飛んでいったジャトラは。後ろにあった石壁に身体を強く打ち付け、起き上がる気配を見せなかった。


「コイツは、確か……城の最上階から顔を出してた、ッ」


 壁に蹴り飛ばされ、おそらくは意識を失っていた相手が。一連の騒動の黒幕である人物──ジャトラであった事に、遅ればせながらアタシは気付く。

 一度しか、しかも遠目でしかジャトラの顔を知らないが。それでも見間違う事はない。

 本来ならば。

 カガリ家で発生した騒動に決着を付けるには、ジャトラの息の根を止めるのが一番簡単な方法なのだろうが。


「だけど」


 気付いたからといって、この男(ジャトラ)を今この場で始末するわけにはいかなかった。

 まだ、この男にはやってもらわなければならない事がある。フブキやマツリのためでなく、アタシ個人的な理由がある。

 だからアタシは、()えて。激突した石壁にもたれ掛かり、いまだ起き上がってくる気配のないジャトラを、わざと見逃がし。


「えぐ……えぐっ、姉様っっ……っ」

「ああ、会いたかったフブキっ……城から出たあなたをどれだけ心配したか……」


 ようやく再会を果たし、口を挟む余地のない姉妹二人(マツリとフブキ)に声を掛ける。


「感動の再会を邪魔して悪いけど、ここはまだ敵地だ。一先(ひとま)ず、安全な場所に移動するよ二人とも」

「あ?……う、うん、ご……ごめんっ、わかったアズリアっ」


 アタシの呼び掛けで我に返り、両目に溜めた涙を腕で(ぬぐ)っていくフブキだったが。一方でマツリは、というと。

 フブキと、親しげに話しているアタシの様子を交互に見ながら。不思議そうな顔を浮かべ、口を開く。


「そういえば……フブキ。この人は?」

「え?」

「数が少ないから、我が家に属する女武侠(モムノフ)の顔と名前は知ってたつもりだけど……私はこの人の顔を知らない」


 マツリが疑問に感じていたのは、アタシの正体だった。

 どうやら、カガリ家に仕えていた女武侠(モムノフ)の顔と名前の全員を記憶していたマツリ。この国(ヤマタイ)には数こそ少ないが、フルベの街で死闘を繰り広げた「水鏡(みかがみ)のササメ」のように女の武侠(モムノフ)もいる。

 彼女(マツリ)の記憶している女武侠(モムノフ)の中にアタシがいなかった事が、思わず疑念を抱いたのかもしれない。


 そのマツリは、アタシの鎧を指差してさらに話を続ける。


「それにその鎧に背中の武器……どう見ても、この国(ヤマタイ)の造りじゃない」

「ああ、その通りさ。アタシは武侠(モムノフ)でもないし、そもそも。この国の人間じゃないからねぇ」


 アタシの回答に「やっぱり」といった納得した表情を浮かべ、小さく何度も(うなず)いていたマツリは。


「フブキを助け、私に会わせてくれたことには感謝しています。だからこそ、私は聞いておきたい。何故……関係のない私たちを助けてくれたのですか?」


 マツリがアタシを警戒するのは、この国(ヤマタイ)が大陸との関係を断交した理由を知っていれば、至極当然の話だった。

 当時、この国(ヤマタイ)の一部の人間は。この国独自の習慣や文化が大陸のそれに影響され、大陸の勢力に飲み込まれてしまうのを危惧し。交流を閉ざしたのが一〇〇年程前。

 ジャトラに立場を追われたとはいえ、彼女(マツリ)は「八葉」の一人だったのだ。ましてや今のアタシは、当主の座を争う戦いに介入していたのだ。

 マツリもおいそれと、大陸から来たであろうアタシに心を開ける筈もない。


「そりゃあ、ね──」


 アタシは、一連の争いに首を突っ込む理由となったフブキへと目線を送り。彼女(フブキ)から受けた依頼の事を、ちょうど説明しようとした──その時。


「そ、そうだっ! 貴様のような余所者(よそもの)には当主が誰であろうが関係ないだろうが!」


 石壁に激突し、意識を失っていた筈のジャトラだったが。いつの間にか目を醒ましていたようで、アタシの言葉に大声で割り込んできた。


「こちらを向け! そして聞かせろ貴様っ! 一体どんな理由で俺の計画の数々を邪魔したのかを!」


 疑念の目を向けるマツリから、大声で(わめ)き散らすジャトラへと視線を移したアタシだったが。

 どうもジャトラは、目を醒まして即座にこちらに声を掛けたようで。いまだ石壁に身体を預け、地面に座り込んだままの体勢だった。

 アタシがカムロギと対決し、実力で勝利した事は理解している筈だ。そのアタシを眼前にして、何故に強気な態度でいられるのか理解に苦しむ。声を掛ける前に、まずは立ち上がり体勢を整えるのが最優先だろうに。


 アタシは、無様に地面に座り込んだジャトラへと冷ややかな視線を向ける。


「へえ……理由をアタシの口から聞いて、どうするつもりだい?」

「決まっている! 納得出来る理由でないなら、余所者(よそもの)ごとき我が剣の(さび)に……ひぃ、っ⁉︎」


 地面に尻を突いた体勢のまま、腰に挿していた武器の柄に手を伸ばしていくジャトラだったが。

 座った状態でアタシと剣を交えようとする無謀さに苛立ちを隠し切れず。思わずアタシは殺気を込めて、剣を抜こうとしたジャトラを睨み付けると。

 小さな悲鳴を漏らし、身体を強張(こわば)らせて剣の柄から手を離す。


 視線に簡単に屈したジャトラに、アタシは無造作に歩み寄っていくと。

 座り込んだ男を見下ろし。侮蔑(ぶべつ)を含んだ、口角を片側だけ釣り上げた笑みを浮かべながら。


「笑わせるんじゃないよ。ジャトラ……アンタにゃもう一つも手駒(てごま)が残っちゃいないんだろ? 知ってるんだよねぇ、アンタの事情は」

「な、な……っ⁉︎」


 黒幕として完全に方策を封じられ、追い詰められた状態なのだとアタシが指摘をすると。

 先程まで怒りからか真っ赤にしていたジャトラの顔から、一瞬で血の気が引いていくのが判る。

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