250話 アズリア、フブキと姉との再会
だが、勇まさい言葉とは裏腹に、フブキの身体は少し震えていた。
あと少しで姉と再会出来る歓喜からか……それとも。自分が幽閉されていた時の記憶を思い返していたからだろうか。
「……大丈夫だよ、フブキ」
「あ、アズリアっ?」
だからアタシは、手綱を握っていない側の手を震える彼女の肩に置き。一瞬だけ、進路の先から視線をフブキの顔へと移し、声を掛けた。
「ここまでアンタは頑張ったんだ、あとはアタシがしっかり助け出してやるよッ」
「う、うんっ!」
僅かばかりの言葉のやり取りだったが、話を終える頃には。先程までのフブキの身体の震えはすっかり止まり、落ち着きを取り戻す。
「……にしても。少し、静かすぎやしないかい?」
アタシとフブキが会話をしていた間にも、シュテンは城内を風のような速度で駆け抜けていくが。その間、誰にも遭遇する事がなかったのを不思議に思っていた。
一の門の防御に、二〇〇を超える武侠を動員していたのだ。てっきり、城の守りには同じ程度、いやそれ以上の人数を用意しているとばかり予想していたのだが。
「アタシとしちゃ、城に近づいたらもっと敵が押し寄せてくる……ッてのを覚悟してたんだけどねぇ」
「そう言えば……普段ならもっと警護の武侠がいてもおかしくないのに……?」
最初は、この国と大陸との考え方の相違かとアタシは思っていたが。
元は城の住人だったフブキも、今の状況が異常だと口から漏らし。城内で起きている異常な事態の原因を、顎に手を当てて考え込んでいた。
そして、彼女が出した結論とは。
「……でも、あり得ない話じゃない」
「どういう意味だい?」
「あのね、元々シラヌヒにいる武侠は、一の門を守ってた人数ほどなの。それに、援軍に来てくれた領主たち」
「ああ、イズミが引き連れてきた連中だね」
「うん、あの四人は……フルベと同じくらいシラヌヒに近しい都市の領主、それがジャトラに叛意を示したってことは」
そこまで言われれば、この国やカガリ家の内情に疎いアタシでも。フブキが出した結論に察しが付いた。
「つまり。一の門の防御で、ジャトラは自分の配下の武侠を使い果たした……ッてのかい」
アタシの回答に、フブキは無言で頷いてみせた。
今の仮想が真実なのだとしたら。アタシは一連の黒幕であり、マツリから当主の座を強奪するために用意周到に準備していた、用心深く、慎重な性格だというジャトラの人物像を。少しばかり過大評価していたのかもしれない。
なのであれば。アタシとカムロギの一騎討ちに割り込み、カムロギに魔竜の血を飲ませ、魔物へと変貌させようとしたあの行動も。
妻と子を同じく魔竜の血で魔物に変貌させ、アタシらに差し向けた事も。全て、辻褄が合う。
……おそらく、ジャトラという人物は一番上に立つ器ではなく。フブキの話のように、強力な指導者の横での補佐役こそ合っていたのであり、器の限界だったのだろう。
だからこそ、今までの用意周到だった人物像とはまるで違い。自分の地位を守るためなら手段を選ばす、しかもまるで後先を考えないような行動指針を取った。いや、取るしかなかったのだ
「いや……だとしたら、ッ」
「ど、どうしたのよアズリアっ、い、いきなり?」
アタシの頭に突如として懸念が湧き上がる。
今までの仮想が的中していて、ジャトラの手駒が既に何一つ無かった場合。追い詰められ、焦燥した黒幕が最後に取る行動とは。
今や、ジャトラに残されているのはマツリの身柄だけ。
「ジャトラはマツリを魔物にするか、もしくは魔竜に喰わせるつもりだ! アタシらを倒すためにッ!」
「え、えっ? ま、まさか……っ」
アタシの言葉を聞いて、「信じられない」といった表情を浮かべ、一度は否定をしようとしたフブキだったが。
過去にジャトラの手によって、魔竜の生贄に捧げられるところだったのを思い出したようで。
明確な否定が出来なくなったのか、言葉を詰まらせてしまう。
「取り返しがつかなくなる前に……急ぐよッ!」
と同時に、シュテンが嗎きを鳴らし、さらに蹄を力強く地面に打ち鳴らし、駆ける速度を上昇させていった。
手綱をしっかりと握り、後ろに跨がっていたアタシが支えてなければ。フブキが落馬してしまうかも……という速度にまで。
「……っっ、くぅ……ぅっ!」
シラヌヒまでの道中でも、シュテンが高速で山道を駆け抜け。身体に当たる風圧と、目紛しく変わる景色の早さに絶叫していたフブキだったが。
さすがに姉の無事がかかった状況なのを理解しているようで。叫び声が口から漏れないよう、懸命に声を殺して耐えているフブキ。
そんなフブキが何とか指で指し示す、マツリが幽閉されている小屋へとシュテンを走らせていると。
「──ありゃあ」
これまで黒装束の襲撃の後、一人たりとも城の警備やその他の人間に遭遇してこなかったが。
進路の先、まだ距離は空いてはいたが、アタシの視界が初めて人影を捉える……それも、二人。
まだ顔を判別出来るような距離ではないが。どうも二つの人影は、強引な侵入者であるアタシらを警戒している様子ではなく。武器を構える素振りも見せていない。
小屋までの進路ではあるが、警戒のために一旦はシュテンの速度を落として接近するべきか。アタシが握っていた手綱を引こうとした、その時。
「ね……姉様っ! マツリ姉様ああああっっ⁉︎」
フブキが突然、マツリの名前を叫び出したのだ。
◇
一瞬の隙を突いて、小屋から逃げ出したマツリだったが。
直後、追ってきたジャトラに着ていた衣服の襟を掴まれ、捕らえられてしまった。
「来いっ! この地を蘇らせる魔竜の糧になれるのだ! 元は当主としてこれ程の役割はないだろう!」
「は、離しなさいジャトラ……っっ!」
襟を掴まれた程度なら、まだ逃げられるかもしれない、と。僅かな希望から身体を左右に振り、ジャトラの手を振り解こうとするも。
襟を掴むのとは反対の手で、マツリの手首を掴んで自分の懐へと引き寄せたジャトラは。
「魔竜の贄にはその身があればいい……逃げようとするならば」
「ま、魔法っ?」
怯えたマツリの両眼を覗き込みながら、唇から聞き取れないほどの小声で魔法の詠唱を始めていく。
詠唱から何の魔法を使おうとするか、など。マツリには判別は出来なかったが。それでも直感的に、自分の意識を断つ、もしくは混濁させる効果の魔法であろう事は推察出来た。
だからマツリは、どうにかジャトラから離れ、魔法の効果を避けようと抵抗するも。単純な腕力で華奢なマツリが、歴戦の武侠でもあるジャトラに敵う筈もなく。
「も、最早……これまで、ですか……っ」
観念して両目を閉じ、せめてもの抵抗にと力を込めて身を縮めていたマツリの耳に。
『──マツリ姉様ああああああ!』
今や、血を分けた唯一の家族である、妹フブキが懸命にマツリの名前を呼ぶ声が届いた。
驚いて、両目を開けたマツリの視界に飛び込んできたのは。
真っ黒で巨大な馬に跨がり、自分に手を伸ばしていた妹フブキの顔と。
もう一人、フブキと同乗していた赤髪の武侠に蹴り飛ばされたジャトラが、衝撃に歪めた顔だった。




