249話 アズリア、マツリの元へ駆ける
道案内のためフブキは、カサンドラの背中から降ろしてもらう事にする。
重い全身鎧で身を固めたカサンドラは、迅速に動くには不向きだったからだが。
「あ……あれ、っ?」
背中から地面に脚を着いた途端に、フブキの身体が不安定に揺れはしたが。
「あ、危ないフブキッッ!」
咄嗟にアタシが伸ばした腕が、背中を支えるのがどうにか間に合ったこともあり。かろうじて倒れそうになるのを踏み止まるフブキ。
「あ、あはは……ごめんなさいアズリア、まだ足に力が入らなくて……」
「いや、イイんだ。でも──」
どうやら身体の傷こそ、お嬢の治癒魔法で回復してはいたものの。流した血や消耗した体力までは魔法で元通りに戻るわけではない。まだ立って移動する程に、フブキの体力が戻っていないというわけだ。
だが、少なくとも。フブキが先導して、マツリが幽閉されている小屋への案内を頼むのは無理だ、と判断したアタシは。
「なら、こうするのが一番だよねぇ」
「は、えっ? ひゃあああ?」
倒れないよう、フブキの背中を支えていた腕に加え。もう一方の腕を膝裏へと回し、彼女の身体を抱え上げていく。
右眼の魔術文字を発動させ、両脚に魔力を巡らせれば。フブキを抱えながら、口頭での道案内で素早く移動することが可能な筈だ。
勿論、魔術文字を発動させた状態のアタシに付いてこれるのは、おそらくユーノだけだろう。マツリの救出に、少人数で挑むのは多少の不安が残るが。
そう判断したアタシが、踏み出そうとする直前。
「──ちょっとまっておねえちゃんっ……うしろから、なにかがちかづいてくるよ」
「「何だって?」」
今来た道を振り返っていたユーノが突然。背後から何かがこちらに接近してくる、と警告の声を発したのだ。
視覚や聴覚が鋭敏な獣人族の中でも、ユーノの察知能力は格段に優れていた。そのユーノが背後から迫る何かの気配を察知したのだ。
この場にいた全員に緊張感が走り。黒装束を退け、下ろしていた武器を再び構え直す。
目を閉じて両耳に手を当て、接近してくるモノが発する音を残らず拾おうとするユーノ。
「うまのひづめのおと……いっとうだけ……」
「はあ? 一頭だけ、だって?」
続くユーノの言葉を聞いて、一番最初に困惑を口にしたのはヘイゼルだった。
……いや、ヘイゼルでなくてもおかしい、と思うのは当然の事だ。
アタシら一行が、二〇〇を超える武侠に四本槍とかいう連中。そしてカムロギら四人を蹴散らし、城に迫っている状況を知らぬわけでもあるまい。
そんなアタシらに対抗するのに、馬が一騎のみとは。馬に跨がるのが一人でなく、二人騎乗していたとしても、こちらを止めるには力不足は否めないからだ。
だが、いよいよ馬が地面を踏み鳴らす蹄の音が聞こえてきた時。
「──この音は」
音を鳴らす正体に、アタシだけが気付き。
武器を構えて背後から迫る気配に警戒するその他の連中を置いて、フブキを抱えた体勢のまま、背後へと走り出していった。
マツリを救出するならば、進路は城へ向けてであって、三の門から来た道を引き返すのはおかしい。抱き上げられていたフブキは慌てた様子で、アタシに進路が間違えている事を口にするが。
「ね、ねえアズリアっ、前に進むなら逆じゃないのっ?」
「まさか、呼んでもいないのに。来て欲しい時に向こうからやって来てくれるなんて、ねぇッ」
「……え?」
迫る気配にこちらからも接近していたためか、距離は縮み。一騎で近付いてくる違和感の正体を、ようやく薄っすらながらアタシとフブキは目視する事が出来た。
「あ、あれって、もしかしてっ……」
見えたのは、真っ黒な胴体に赤い鬣、という特徴的な外見の。アタシをシラヌヒまで乗せて運んでくれた馬。
「シュテン!」
道中で「シュテン」と名付けた、人間の言葉を理解することの出来る賢い馬は。
離れていながらも、乗り手の意図を察したのか。三の門の前からここまで駆け付けてくれたのだ。
アタシの呼び掛けに返答するように、一つ嗎きを鳴らしたシュテンは。
次にアタシが何の行動をするのかも、しっかりと予測していたのだろう。地面を蹴って走り、シュテンとの距離を詰めていたアタシと衝突を避けるために、駆ける進路を少し右に移動すると。
「フブキ、アタシに掴まっておけよ」
「え? ど、どういう──ひ⁉︎」
「跳ぶよッッ!」
シュテンが間近に迫った瞬間、アタシは。地面を強く踏み抜き、大地を蹴って空中へと大きく跳躍した。
勿論、フブキを抱えたままの体勢で。
「ひゃわ、わわ、わあああ⁉︎」
空中に浮かんでいた間に、身体を半回転させて前後を逆にしたアタシは。
大きく口を開け驚きの声を上げたフブキごと、すれ違い様にシュテンの背に飛び乗ることに成功した。
「さすがだねぇ、乗り手のやりたいコトをしっかり理解しやがって」
一つも走る速度を落とすことなく、アタシとフブキを背に乗せることが出来たシュテンは。再び大きく嗎き声を鳴らすと。
武器を構えながらも、アタシの突然の行動に唖然としていたお嬢やユーノ、ヘイゼルら七人を通り過ぎていく。
「アタシは一足先に、この馬で小屋に向かうッ! アンタらもしっかり後から付いてくるんだよッ!」
「……え?」
「あ、アズリア?」
先行する、と聞いて困惑するお嬢や黒髪の女中、カサンドラら三人組。
対照的にユーノとヘイゼルはというと、アタシと一緒にいた時間が長かったからか。もしくは、フブキの話を聞いていたからか。
「……ったく。まあ、事情が事情だし、仕方がないね」
「うんっ、まかされたよおねえちゃん!」
若干の呆れ顔を浮かべていたヘイゼルに、ユーノなどはすれ違うアタシに対して笑顔で手を振ってくる。
シュテンの接近をいち早く察知したユーノの耳と優れた脚力なら、間違いなく後からアタシを追ってきてくれるだろう。
他六人の先導はユーノに任せる事にして。
「さあ、フブキ。アンタの姉さんを助け出しにいかなきゃ、ねぇッ!」
「……う、うんっ。任せてっ!」
アタシは、本当なら後ろに乗せたかったものの、前に抱えていた体勢だったために。アタシの前に座らせるしかなかったフブキに、マツリが幽閉されている小屋までの道案内を頼む。
というのも。三の門までも左右や小道が分岐し、まるで迷路のように入り組んだ通路となっていたが。
最後の門を抜け、お嬢らよりも先に進むと。進路を制限していた城壁の複雑さ、分岐の多さはさらに増していったからだ。
「確か、黒装束は小屋って言ってたよねぇ、じゃあ……あの小屋かい?」
アタシが魔術文字を発動させ、走るよりも速く。シュテンに騎乗して城内を駆けていたアタシの視界は。小屋、と思しき小さな建物を発見するが。
「ううん、違う。あれは城の警護の武侠の待機所。姉様が捕まってる小屋はもっと奥にあるの」
「もっと奥、かい。じゃあ急がないとねぇ!」
フブキはアタシが見つけた小屋ではなく、さらに先を指差していた。
そんな馬上のフブキとの会話を読み取ったからか。こちらが速度を上げる合図よりも先に、シュテンの脚がさらに加速していくと。
「……待っててね、姉様。今、助けに行くからっ」
そう呟いたフブキは、シュテンが駆け抜けていく進路、その先をしっかりと見据えていた。




