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248話 マツリ、絶体絶命の危機に

「な、何をするのですかジャトラっ?」


 声を荒らげながら、掴んだマツリの手首を引っ張り、強引に彼女(マツリ)を小屋の外へと連れ出そうとするジャトラ。


「いいから来い!……こちらには時間がないのだっ」

「ま、待ちなさいジャトラっ! い、一体……何が、外で起きているのですかっ?」


 明らかに余裕を無くした目の前の人物(ジャトラ)の態度から。

 城外で歓声を上げていた異変と、何か関係があると(かん)が働いたマツリは。腕を引くジャトラに精一杯の抵抗をしながら、外で起きている異変の正体を聞き出そうとする。


「……もしや。ジャトラ、あなたに叛意(はんい)を持つ人間が、一斉に蜂起(ほうき)した……とか」


 マツリが真っ先に思い付いたのは。ジャトラが当主の座に()く事を、最後まで反対していた武侠(モムノフ)らの大規模な反乱だった。

 当主の権力を握ったジャトラによって、反対の声を挙げた武侠(モムノフ)らは全員が、本拠地であるシラヌヒから他の都市へと遠ざけられ。叛意(はんい)の芽を摘んだ、とジャトラは確信していた……と。

 そこまではマツリも知ってはいたが。


 実は密かに、シラヌヒの外へと放逐(ほうちく)された武侠(モムノフ)らが手を組み。ジャトラに叛旗(はんき)(ひるがえ)したとすれば。

 城外の喧騒(けんそう)も、何よりジャトラが焦りを見せる理由も納得がいく。


「──っっ!」


 マツリの問い掛けに、あからさまに動揺し。返答を詰まらせてしまうジャトラ。

 この場でマツリの言葉を肯定してしまえば、当主の座に()いて早々に。配下の者らの忠誠を得る事ができずに、叛意(はんい)を向けられた無能な君主である事を認める事になるのだ。


「言葉を返さない……ということは。そういう事なのですね」


 だが。沈黙、という態度が(かえ)ってマツリの言葉を肯定することとなってしまうのは皮肉だったが。

 ただ城外から城門への侵入を許しただけでなく、大規模な反乱がまさに今、起きていることを。ジャトラの態度から読み取ったマツリ。


「しかし、ここシラヌヒは我が領の(かなめ)。その堅い守りを突破出来るほどの大規模な反乱を率いてるのは……誰?」

 

 今、マツリの頭の中では、覚えている限りの配下の武侠(モムノフ)の顔と名前を思い返していた。

 マツリの父親で前当主イサリビの頃より忠誠に厚く、最後までジャトラの態度に不信感と警戒をしていたのは。

 武勇に優れるリュウアン領主のネズに、父の相談役でもあったコウガシャ領主のミナカタ。アカメ領主のレンガやテンジン領主・ヒノエなど。いずれも反乱を指揮するには充分な能力と立場を有してはいたが。

 マツリの頭には、その誰でもない一人の人物の顔を思い浮かべていた。


「反乱軍を率いてるのは……フブキですね、あなたが連れてきた偽者でなく、本物の」

「な、っ……⁉︎ き、気付いていたのかっ、偽者に!」


 人質として確保していたフブキの真贋(しんがん)を見抜かれた事に、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべるジャトラだったが。


「ええ、確かに良く似せてはいましたが。長らく一緒に過ごした妹を、何よりフブキ(あのこ)の姉である私が見間違えるはずがありません」


 最初からマツリは、ある時期から自分の妹であるフブキが別人に入れ替わった事を見抜いていた。


 そうなると、ジャトラの胸中(きょうちゅう)に一つの疑問が生じる──それは。


「ぐ……ぐ、そ、それでは……何故、(だま)されたフリを続けていた、っ?」


 何故にマツリは、まだ当主の頃に。偽者のフブキを人質にしていると、ジャトラの嘘を見抜きながらも。ジャトラの私欲とも言える要望に首を縦に振り続けていたのか、という疑問。

 要望のほとんどは、領内の物資の流通を支えるフルベの街の領主を自分の息の掛かった者に交代するなど。ジャトラの権力を高めるための内容だったが。各地の農村に魔竜(オロチ)への(にえ)を差し出す案や、村を丸々魔竜(オロチ)に捧げる案も含まれていたのに。


 年齢が親と娘ほどに離れた目の前の少女は、手首を掴まれているにもかかわらず。

 まるでジャトラの心の内側までも透かして見るような鋭い視線で、ジャトラの顔を真っ向から見据えながら。


「ジャトラ。もし、その場で用意した偽者を私が見抜いたとしたら、あなたの計画はそこで破綻(はたん)する。そう、カガリ家当主になるあなたの計画が」

「そ、それは……っ」

「そうなればジャトラ、あなたはより強引な、今よりももっと大勢の人間を巻き込んだ手段に出るに違いない……そう踏んだ私は。あなたに勝つ方法を模索(もさく)する時間を稼ぐ必要があったのです」


 言葉を続けるマツリの堂々とした態度と、彼女から発せられる歳の離れた少女とは思えぬ威圧感は。今まで接してきた、「優しいが頼りない当主」という印象とは全くの別人の。八葉の一角、カガリ家の当主を名乗るに相応(ふさわ)しい威厳を兼ね備えていた。

 マツリから滲み出る堂々とした迫力に、すっかり狼狽(ろうばい)してしまっていたジャトラは。ようやく硬直を解いて口を開く。


「な、何を、言って……いる? お、俺に、勝つ、だと?」

「ジャトラ。あなたに裏で暗躍する(かげ)がいるように、当主の私にも。暗躍する協力者がいるのですよ」

「……は?」


 信じられない、と声を上げるジャトラだったが、言われてみれば至極納得がいく。

 ジャトラには「(かげ)」と呼ぶ、戦闘や情報収集など。密かに彼の命令を達成する人間を配下に置いていたが。

 まさかマツリにも、同じような役割を担う人間が側に控えていた、というのか。


 世間を知らぬ小娘だから、と油断していた。


 目の前にいる少女は、かつてはこの国(ヤマタイ)で八人しかいない「八葉」と呼ばれる権力者の一人だったのだ。

 ……今でこそ強奪に成功し、ジャトラがその地位に()いた事により、すっかり忘れてしまっていたが。


「ま、まさか……その伝手(つて)で、城の外に逃げたフブキ様の居場所を……っ?」


 今、ジャトラの心の内までを覗くような視線と、堂々とした威厳すら滲ませていた人物ならば。秘密裏に動く人間の一人や二人、存在していても何もおかしな事ではなかったからだ。


「まあ……これは賭け(・・)、でしたけどね」

 

 ジャトラは、マツリの言葉で全てを察する。


 今、起きている領主らの反乱、逃げ出したフブキが異国の猛者(もさ)を引き連れてきた事。いや……フルベの街の領主交代劇ですら。

 目の前にいる、かつては当主だった華奢(きゃしゃ)で小柄な少女が。暗躍し、画策した結果なのだという事を。


「ぐ……ぐ、っ……ば、馬鹿、なっ……カガリ家の全てを掌握(しょうあく)していたつもりが、っ……!」


 配下の半数以上の忠誠心を掴み損なっただけでなく。知謀、策略の面においてもマツリに出し抜かれた事を思い知らされ。

 その時、マツリの手首を掴む力が緩んだ。


「──離しなさいっ、この裏切り者っ!」


 ジャトラが見せた一瞬の隙を感じ取ったマツリは、ここぞとばかりに腕に力を込め。掴まれていたのと反対の手で、手首を握るジャトラの手の甲を力一杯(はた)き落とす。


「う! お、おおっ?」


 驚いたジャトラは反射的に指を広げてしまい、結果的にマツリを解放してしまう。

 と同時にマツリは、ジャトラから逃げるために城門に向かって駆け出していく。


「ま、待てっ、逃がすかっっ……っ!」


 一瞬遅れ、逃げられた事に気付いたジャトラは駆け出すマツリを捕らえようと手を伸ばすも。掴んだ指は、(むな)しく空を切るのみで終わる。


 このままではマツリを魔竜(オロチ)生贄(いけにえ)に捧げることが出来ず。最早(もはや)、侵入者に対抗する手段のないジャトラに待っているのは、身の破滅しかない。

 

 マツリは逃げる、身の危険を感じて。

 ジャトラは追う、破滅を避けようと。


  城門を突破しようとする反乱を起こした武侠(モムノフ)らと、どうにか接触することが出来れば、叶うかもしれないからだ。

 血を分けた妹、フブキとの再会が。


「はぁ、っ! はぁ……っ、に、逃げなきゃ……っ!」


 それでも、普段は城から出る事も少なく、妹フブキのように身体を動かすことに慣れていないマツリの必死の駆け足よりも。

 さすがに四本槍には劣るものの、長年カガリ家の側近として武勇を振るった武侠(モムノフ)であるジャトラの脚力が勝り。


「今さら、何処(どこ)へ逃げるつもりだっ……マツリ様あああ‼︎」


 二人の距離はみるみるうちに縮み、ついには伸ばしたジャトラの腕が。マツリの背中を捉えようとしていた。



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