246話 ジャトラ、魔竜に願いを拒絶される
今回の話の主な登場人物
ジャトラ フブキの姉マツリからカガリ家当主を強奪した人物
一ノ首 三本目の八頭魔竜の首
「い……今、何とっ……?」
ジャトラが向かった城の地下洞窟に、身を潜めている最後の切り札が姿を見せていた。
それは、魔竜の首の一本であった。
かつてはこの国の人間を全て喰らい尽くし、滅ぼそうとした魔獣・八頭魔竜。
だが、徐々に衰退していくこの国の現状を憂いた今の「太閤」は。地の底に封印されていた恐るべし八つ頭の魔獣を復活させ、逆にその力を利用し。衰退するこの国の地に活力を呼び戻そうと画策したのだ。
魔竜の力を頑なに拒絶した、前当主イサリビの血を継ぐ正当な後継車・マツリをようやく追い落とし。
後は、カガリ家の正当な当主である事実を、太閤に認めて貰えば。計画は上手く進む筈、であった。
だからこそ。
その計画を。ジャトラ自身の野望を達成するために、邪魔をする者たちを。魔竜の恐るべき力を以って、始末して貰おうと口にしたジャトラだったが。
魔竜との会話の間にも、フブキに率いられた侵入者は迫ってきているというのに。顔に焦りを色濃く浮かべたジャトラとは対照的に、魔竜は淡々とした口調で口を開き。
『理解出来ぬならもう一度言う。かの人間らを払うためには、贄が足りぬ』
魔竜は、ジャトラの要請を即座に跳ね除け。代償として、さらなる食糧を要求してきたのだ。
当然ながら──魔竜が欲する「食糧」とは人間のことである。つまりは、自分に要求を飲ませたいのなら、人間を犠牲にしろとジャトラに提案したのだ。
あくまで強欲な魔竜の要求に、ジャトラは焦りの色から一変、怒りの顔へと変わり。拳を握り締めながら、喉奥から絞ったような声を漏らす。
「まだ……足りない……だと、っっ……」
『そうだ。我を動かすには、あの程度では足りぬ』
ジャトラの胸中に怒りの感情を湧き上がらせたのは、魔竜の「足りない」という言葉だった。
「妻と、息子まで喰らっておきながら……あの程度だと……っっっ!」
何しろ、ジャトラは既に妻と子の生命すら、魔竜に捧げているのだ。それでは不足だ、と言われたのが、彼には我慢がならず。思わず腰に挿していた武器の柄に手を掛ける。
『我はよいのだぞ? だが、まだ不完全な復活だとはいえ、既に二本の首を討ち果たした者に、貴様が敵うと思うか?』
だが、目の前のジャトラの感情を知ってか知らずか。さらに魔竜は、言葉巧みにジャトラの感情を逆撫でするような内容を口にしていく。
復活の方法が不完全だったのか、それとも八頭魔竜の生態からなのか。
地の底から復活した当初は、八つの頭を持つ竜の姿ではなく。一匹の巨大な蛇の姿で現れた魔竜。
完全な復活を果たすためには、数多くの人間を喰らわねばならず。太閤を通じ、八葉の領地内の農村から生贄を集め。魔竜の食糧としてきたが。
つい先日、ハクタク村にて。
魔竜の首が討たれる事件が発生した。
すると、ここ──シラヌヒ城の地下洞窟に「六ノ首」を名乗る、より禍々しさを増した巨大な蛇が姿を現わし。前の魔竜の首が倒された経緯を語ったのだった。
丁度、城から逃亡したフブキを捕らえたという報告を受け。「忌み子」とはいえ、彼女もカガリ家の加護を受けた人間であることには変わりはない。
ならば……いっそフブキを、魔竜の生贄にしてしまえば、という邪悪な発想が頭に浮かび。
地下に姿を見せた「六ノ首」に、フブキを喰らう事を提案したのだが。
今、目の前にいる「一ノ首」から。
再び魔竜の首が討たれたと聞いた。
しかも、倒したのは最初の魔竜を倒したのと、同じ人物だというのだから。
ジャトラは驚きとともに愕然としたのを覚えている。
この国では、武器を所持出来る人間は「武侠」に限られ。ほぼ全ての武侠は、八葉のいずれかに仕えている。
カムロギらのような例外的存在は、「最強」と呼ばれる彼らの実力あってこそ。普通であれば、いずれにも属さない「はぐれ」武侠は。武侠以外は武器を所持してはいけないこの国の法を破る者として処罰されるか、もしくは武器を捨てるか……どちらかを迫られるからだ。
まさか「魔竜を倒せる」、しかも二連続ともなれば偶然ではない。それ程の実力者が野に放たれているであろう筈がない……ジャトラはそう考えていたからだ。
愕然としたジャトラは、魔竜を二度倒したまだ知らぬ猛者を倒すため。
城に貯めていた金を積み上げ、地下牢に幽閉していたオニメと、配下であったイスルギから情報を集め。最強の傭兵団を再結成させ、護衛にあたらせかたというのに。
「う……ぐ、っ……お、魔竜ぃぃっ、っ!」
怒りで血走らせた両の目で、魔竜を睨みながらも、言い返す言葉も代案も浮かばずに。下唇を強く噛みながら、悔しさだけを振り絞るジャトラだった。
長年連れ添っていたからか、若い頃ほどの愛は確かになかったかもしれないが。それでも情のあった妻サラサとその息子。二人を喰らった魔竜は憎い、憎いが。
頭では痛い程に現状を理解してしまっていた。
憎しみのまま、魔竜に戦いを挑んでも。ジャトラの剣の腕では、容易に返り討ちに遭い。野望半ばで魔竜の餌にされ、腹に収まるのが目に見えていた。
さりとて。
魔竜に勝てないのならば、当主の座を奪還しようとするフブキに率いられた侵入者らにも到底、勝利する可能性は低いだろう。
何しろ、向こう側には「魔竜を二度も倒した」上に、こちらが用意した最強の手駒であるカムロギまで倒した者が味方にいるのだから。
「そ、そうだ……っ」
ジャトラは不意に、自分の衣服の内側へと手を突っ込み、懐の辺りで何かを探している仕草をすると。
衣服から出した手には、小瓶が握られていた。カムロギにも譲ろうとした「魔竜の血」が入った小瓶を。
「こ、コレを、飲めば……あるいは」
しかし、小瓶の封を解き、小瓶の中身を飲み干そうとしたその瞬間。
ジャトラの手が、口元で止まる。
カガリ家を古くから守護してきた「四本槍」の連中には、その姿を魔物へと変貌させる代償に、人間を超えた強大な力を得る「魔竜の血」を手渡しておいた。
……だが、侵入者どもは。変貌した魔物までも退けたという事になる。
ならば、ジャトラが唯一人、魔物に姿を変えたところで勝算などあろう筈がない。
「だ、駄目だ……ならば……俺は……どうしたらっ……ぅ、ぅぅぅ」
そもそも、魔竜の力を以って侵入者を迎撃する、という案を拒絶された以上。その他の効果的な案など、やれるならば既に用意をしていた。
頭の回るジャトラは、まさに八方塞がりな状況に自分が置かれている事を理解してしまい。両膝から力が抜け、地面に座り込んでしまう。
『──だが。条件次第では、貴様の敵を喰ろうてもよい』
「そ、それはっ! 何をしたらよいのだ、魔竜よっっ‼︎」
為す術なしと絶望に近しい心境だったジャトラに。まるで心の隙間に入り込んでくるような、魔竜の甘い言葉。
最早ジャトラには、魔竜の言葉に従う他、光明が見えなかったからか。食いつくように、魔竜の提案に耳を傾けようと身体を乗り出す。
『それはな──』
魔竜は一瞬、沈黙の間を置いた。
何を要求されるのか、魔竜の言葉を今か今かと待っていたジャトラの。生唾を飲み込む嚥下音が、洞窟内に響き。
直後、魔竜の口が邪悪に微笑むと。
蛇に似た舌を舐めずりながら、愉悦な口調で魔竜の首が「力を貸すための条件」をゆっくりと告げていく。
──その、条件とは。




