245話 アズリア、神聖魔法に戦慄する
アタシは、お嬢が何故「終わった」などと口にしたのか、言葉の意図が読み取れずに。思わず聞き返してしまう。
「は? 完了ッて……まだ何も」
「なら、もう一度その者に同じ質問をしてみる事ですわ、アズリア」
「な、何だって……ッ?」
お嬢はただ、魔法を一つ発動しただけ。ただし、その魔法が何であるのかアタシは詠唱を聞いても判別出来なかったが。
果たして、手の指を二本折った激痛にも耐えるほどの黒装束の男の強い意志を。魔法一つでどうにか出来るものなのか。
アタシは半信半疑で、男へと同じ質問を訊ねる。
「マツリは……城のどこにいるんだい?」
『あ──う……あ、あ、あ……っ』
すると、黒装束の様子に大きな変化が見られる。
アタシを睨む目線こそそのままだったが、頑なに答えを拒んでいた唇が、小刻みに震え出し──そして。
『……ま、マツリ様は……城の離れ……い、今は使われてない、かつては使用人らの住んでいた小屋に、閉じ込めて……いる……』
「え? は、い、いや……お、おお、ッ?」
辿々しい口調ではあったものの、フブキの姉マツリの居場所を白状したのだ。
アタシは驚きのあまり、居場所を口にした黒装束と。背後で腕を組んでいたお嬢を、何度も交互に見返してしまう。
「な……お、お嬢……一体、何をしたんだよ?」
黒装束の口を割らせたのが、先程お嬢が発動させた魔法の影響であろうことは一目瞭然なのだが。
アタシが問題にしていたのは、まさに今使われた魔法の効果だ。
「何って、私の魔法でほんの少しだけ。口を軽くして差し上げた……それだけですわ」
何しろ、情報を隠そうとする人物から真実を聞き出す効果の魔法なんて。どの組織や……いや、国家でも、喉から手が出る程欲しいに決まっている。
しかし、交渉時に嘘や隠し事が出来なくなるということは、決して利点ばかりではない。国家の内情が交渉を行う毎に露呈してしまうという危険性まであるのだから。
「まあ。相手の頭をどうかしてしまうかもしれない怖い魔法ですから、あまり使いたくはないのですけど」
「……何だそれ。怖すぎるだろッ」
しかも、続くお嬢の魔法の説明にアタシは愕然とする。
同じ神聖魔法でも、治療の規模に応じて術者が代償を負う治癒魔法とは、まるで真逆。
魔法の対象となった人物の頭に、何らかの悪影響を残すとあっては。間違いなく、交渉事になど使用は出来ない。情報を聞くためだけに、国家や組織の要人を害すれば、交渉どころの話ではないからだ。
聞けば聞く程、本当に神聖魔法に分類されている魔法なのかをアタシは疑う。実は……暗黒魔術なのではないかと。
今、お嬢の行使した魔法の脅威を思い描きながら。アタシがゴクリと唾を飲み込んだ、その時だった。
「ああ、そうでした。アズリア──」
アタシを涼しい目で見ていたお嬢が、自分の指を一本立てて、唇へと押し当ててみせると。
「この魔法、大陸では使用には神殿の許可が何重にも必要ですの。だから、使った事は内密に……わかりますわよね」
お嬢の言葉で、少しばかりアタシの疑問は氷解していく。
先程、お嬢が使った「真実の御手」の魔法。
確かに、他人の意思に関係なく情報を口から聞き出す魔法など。いくら長い詠唱が必要だとはいえ。下手をすれば、国家間の均衡すら崩しかねない凶悪な効果の魔法を制限無しに発動されたら堪ったものではなかったが。
神殿側が、魔法の使用を制限し、管理していると聞いて。少しだけ胸の痞えや懸念が取れた気がした。
それはそれで。高位の神聖魔法を扱える聖職者を抱えた神殿が持つ脅威と影響力を、アタシは認識してしまい。
思わず、背筋が寒くなる感じに襲われたが。
「──ア・ズ・リ・ア」
考え事をしていたアタシは、自分の名前を呼ばれてようやく我に返ったのだが。
そんなアタシの視界に入ったのは、涼しい──ではなく、冷ややかな目線をこちらに向けていたお嬢の笑顔だ。
顔こそ微笑んではいたが、目は笑ってはいない。
「──わかりますわよね(・・・・・・・・)」
普段の声とは違い、凄みを利かせた口調で、アタシへと数歩ほど距離を詰め。この場で神殿から禁じられている魔法を使用したことの口止めを、念を押してくるお嬢。
大陸との交流が長らく断絶している歴史もあってか。この国には、大陸で広く信仰されている五大神の神殿は存在しない。
だから、この場にいる人間が口にしない限りは。大陸にある神殿に、この国での行動が露見する事はないだろうが。
神殿に使用の許可が必要なほどの魔法。
その禁忌を破ったのは事実だ。
いくら、帝国では皇帝に次ぐ権力者であるお嬢ではあっても。神殿の禁忌を侵せば、神殿から授与された「聖騎士」の称号を剥奪される可能性もある。
「あ、ああ……わ、わかったよ、お嬢、ッ」
「よろしい」
迫力に圧されたアタシは、戸惑いながらも首を縦に振り、神殿に言わないと誓ってしまう。
これまでであれば、お嬢の主張や事情など知った事ではない……という態度を取っただろうアタシだが。
お嬢の言い分に対し、何も言い返すことなく素直に頷いてしまったのは。まだ事情の詳細を話していないうちから、フブキのために神殿の禁忌を侵す魔法を使ってくれた、というのもあるし。
ようやくお嬢の顔を、直視出来たからというのも大きい。
「私、今は大変機嫌が良いのですわ。だから──」
アタシが首を縦に振った事に、気を良くした様子のお嬢はというと。
魔法を使い、口を割らせた黒装束へと近付いていくと。
「これは、私からのご褒美ですわ」
今度は詠唱無しで、何かしらの魔法を黒装束へと発動していく。
「──嘘暴き」
いや、今使った魔法は、神聖魔法にあまり見識のないアタシでも理解は出来た。
発言に嘘がないか、を判別する魔法。先程使われた「真実の御手」とは違い、犯罪者の取り調べなどに頻繁に使われている魔法だ。
当然ながら、対象の頭に悪影響を残すというような効果もない。
「さて……そのマツリ様とやらは、本当に城の離れにある小屋に、閉じ込められているのでしょうね?」
『あ、あ……ああ、ま、間違い、ない……っ』
黒装束が、嘘の情報を吐いていたとしたら。「嘘暴き」の効果に引っ掛かる筈だ。
まだ魔法の悪影響だろうか、辿々しい口調の黒装束の返答を聞いたお嬢は。
「反応は……ありませんわね」
「恐るべし。神聖魔法……だ、ねぇ……ッ」
アタシは、神聖魔法が実はどれ程強力な魔法なのだかを実感した。
そして、それ以上に。
お嬢が恐ろしい人物である事も。
真実を強引に吐き出させる「真実の御手」に、嘘を判別する「嘘暴き」。
……お嬢が行使した二つの神聖魔法の効果で、マツリの居場所を知ることが出来たが。
「ま、まあ……ッてコトは、マツリの居場所は確定だな。問題は……その小屋の場所だけど、ねぇ」
城内の通路や配置を知らない、余所者のアタシは。肝心の「マツリが捕らえられているだろう小屋」の位置が、見当が付かない。
「──あ、あの」
「ん? 何だいフブキ」
唯一、城の内部を知り尽くしていたフブキ以外は。
そのフブキが、カサンドラに背負われたまま手を上げて、発言の許可を求めてくる。
「城の離れにある小屋なら、私が案内出来るよ。よくお父様や護衛の目を盗んで、遊んでた場所だから」
「……なるほど、ねぇ」
フブキの回答は、アタシが期待した以上の内容だった。
何しろ、この場にいる九人の中で、この国出身の人間はフブキ一人しかおらず。かつ彼女は、城を抜け出す秘密の道を知っている事もあり。城内の配置を知り尽くしている……とは思っていたが。
黒装束から聞き出したマツリの居場所、その位置を知っていたとは。
「フブキ、小屋まで案内を頼めるかい?」
早速アタシは、自分と同程度の大柄な体格のカサンドラに背負われていたフブキに、道案内を頼む。
「真実の御手」
対象となった者の心の奥までを魔力で見透かし、術者の質問一つへの回答を対象の口から強制的に言わせる上位の神聖魔法。
この時の回答は、対象が思っている一番正解に近いものが自動的に選択されることとなる、言わば強制自白魔法であり。効果を発揮した場合、対象の精神には少なからず損傷を与え、性格の変容や様々な精神異常を引き起こす……とされる。
故に、各国に設置された教会でもこの魔法の使用は制限が設けられており。司教以上の地位を持つ聖職者の許可無しの使用を禁じている。
また、魔法の対象が真実を知らなかった場合や、魔法の強制力に対象自らが抵抗した場合には、その口から真実が語られる事はない。
「嘘暴き」
対象の発言に虚偽が含まれていないか、を判別する事の出来る神聖魔法。
ただし、判別出来るのは言葉に嘘が含まれているかどうか、のみであって。どの部分や単語が嘘なのかを見抜く魔法ではない。
「真実の御手」とは違い、比較的容易に習得が可能なことと。嘘を曝くのみの効果のこちらの魔法は、教会や神殿等で頻繁に使用される事が多い。




