244話 アズリア、尋問に苦戦する
直後、黒装束の口から悲鳴が漏れる。
『あぎゃぁあぁぁぁあ⁉︎』
アタシが掴んで曲げた指が、中ほどから歪な方向へと折れ曲がっていた。間違いなく指の骨は砕け、激痛が奔っている筈だ。
手の指は、折れやすい割には痛みを感じやすい箇所となっている。しかも、よく動く部位という事もあって、治癒魔法無しでは元通りに骨が接ぐのは困難……という厄介な箇所なのだ。
傭兵時代には、よく捕虜から口を割らせるために用い。一人旅に戻った後も何度か使わせてもらった手法ではあった。
これで黒装束の口も、多少は軽くなるだろう。
「さて、もう一度質問するよ……マツリは何処に閉じ込められてるんだい?」
『……あ……ぁが……っ』
再び同じ質問を、笑顔で投げ掛けるアタシに対し。黒装束は指を折られたからか、憎悪の込もった視線を向ける。
どうやら指を一本折った程度では、まだ素直にこちらの質問には答えて貰えないようだ。男の強情な態度を見て取ったアタシは、まだ折れていない指を選んで握る。
「それとも、まだ足りないかい?」
『……す、好きにしろ……俺は、知らない……っっ』
口元を黒い布で覆っていたため、表情を窺い知ることは出来なかったが。
黒装束は襲い来るであろう激痛に耐えようと、歯を固く噛み締め。身体をグッと身構え、頑なにアタシの質問には答えようとはしなかった。
ならば、仕方ない。
アタシらには時間がないのだ。
「そうかい、じゃあアンタが素直に喋りたくなるまで、遠慮なくやらせて貰うコトにする……よッ」
アタシは、掴んでいた黒装束の指を、何の躊躇もなく圧し折っていく。
──だが。
『……ぎ、っっっ、ぐ、っ⁉︎』
一本目の時は不意に指を折った事もあり。あからさまに苦痛で悲鳴を上げてみせた黒装束だったが。
今回はというと。苦痛に顔を歪めていたまでは同様だったが。激痛による悲鳴を、歯を強く噛み合わせることで。口から漏れるのを押し殺していた。
「まさか……予想外だった、ねぇ……ッ」
黒装束の反応に、少しばかり焦るアタシ。
目論見では、指を一本折ってやれば簡単に口を割るだろうと思っていただけに。まさか二本目にして、痛みを耐えられてしまうとは。
『……は、は……さらに、指を折る、か?』
指が二本も折れている痛みからか、身体や声を震わせながらも。アタシへと睨むような視線を変わらずに向け、挑発的な言葉を放ってくる黒装束。
それは。指を何本折っても質問には答えない、という明確な意思表示。
だが、アタシも退くわけにはいかない。
「そう……だねぇ」
周囲を見渡せば、倒れている黒装束三人の姿が視界に入る。
お嬢の女中に喉を掻き切られた男は既に絶命してるだろうが。アタシが大剣で頭を叩き潰した男も、ユーノが仕留めた相手もいまだ倒れたまま、起き上がる気配がない。
……認めたくはないが、加減を間違えたのだろうか。
「アンタが喋りたくなるまで、指を折ってやるよ」
アタシは三度、黒装束の口を割らせるためにまだ折れていない指を掴んだ──その時。
背後から近付いてきた人物が、黒装束の指を掴もうとするアタシの動きを制してくる。
「下がりなさいな、アズリア」
黒装束への尋問をしていたアタシを止めたのは、後ろに控えていたお嬢だ。
ユーノやフブキに治癒魔法を使い、戦闘で負った傷を癒やしてくれた事には感謝してはいるが。やはり幼少期にお嬢に虐げられた苦手意識はまだ拭い切れず。
指の骨を折るのを止めたお嬢に、アタシは語気を強めて反応してしまう。
「……どういう意味だい、お嬢」
「このまま任せていても、無駄に時間を浪費するだけ……という意味ですわ」
「何、だって?」
今までの尋問の方法を否定するようなお嬢の言葉に。今までのお嬢への感情も相まって、過敏に反応してしまうアタシだったが。
「私なら、この者の口を割らせる事が出来る。そう言っているのです」
……確かにアタシも、黒装束が二本目の指を折った時の態度から。これ以上、指を折ったとしても男の口を割らせ、情報を入手するのは不可能だという事はほぼほぼ理解していただけに。
続くお嬢の言葉の内容に、アタシは口から発しそうになった感情を喉奥へと飲み込み。
「だ……だったら、やってみせろよッ」
アタシは折ろうとした黒装束の指を離し、尋問の役目をお嬢へと変わる。
その時は、アタシを否定された気がしたのか。お嬢から顔を逸らして、引き下がるのだったが。
「──私に、任せておきなさいな」
「え、ッ?」
お嬢が呟いた小声をアタシの耳が拾う。
その言葉には、アタシを虐げた幼少期のように敵意を含んだものでは決してなく。ユーノやヘイゼルが発するのと、まるで同じような口調なのがあまりに意外すぎて。
思わずアタシはすれ違い様に、お嬢の表情を間近で覗き込むと。
「へえ……お嬢って、こんな顔してたんだねぇ」
思えば、幼少期はお嬢の周囲には常に何人もの取り巻きがおり。掴み掛かろうものなら、周囲に控えていた大人が邪魔をした事もあってか。
実は、お嬢の容姿をこんな間近で見た事がアタシはこれまでになかったのだが。
アタシの褐色の肌と真逆の、真っ白な肌。
空や海を想像させる青い眼。
太陽の光を艶やかに反射する黄金の髪。
そして、綺麗に整った真に女性的な容姿は。今見た限り「白薔薇姫」とお嬢が称されるのも納得な容貌であり。城へと向かうアタシらは偶然にも九人全員が女性だったが、その中でも一つ飛び抜けた美貌を誇っていた。
この時、アタシは初めてお嬢の本当の顔を見ることが出来たのかもしれない。
「さて──」
アタシに代わって黒装束からマツリの情報を聞き出そうとするお嬢は。
白い手袋を着けた右手で、黒装束の額を掴んだ途端。
「時間が惜しいので、私も少々強引な方法を取らせていただきましょうか」
『な……何をする気だっ? う、うおおお⁉︎』
お嬢の口から紡がれるのは、魔法の詠唱。
と同時に、右手に集束していく魔力を黒装束も察知し。嫌な予感からか、男の口からは怯えた様子の声が漏れ出す。
指を折られた痛みは我慢出来たのに、である。
世に満ちる偽りの言霊
正義を踏み躙りし者どもよ
忌まわしき虚構を打ち砕き
真実の言葉を照らし出せ
先程、城壁の上からアタシらを狙う黒装束を攻撃した、「聖光閃」の魔法は無詠唱で発動したにもかかわらず。
今、目の前でお嬢が唱える詠唱文は、非常に長い。それは、これから発動するのがどれだけ難易度の高い魔法か、を意味していた。
「あの詠唱ッて、じゃあ……今からお嬢が使おうとしてるのは、ッ?」
通常の魔法であれば、魔術文字の勉強を兼ねて数々の魔導書、その文献や資料に目を通しているアタシだ。
詠唱や魔法の名称を聞けば、ある程度の判別は付くが。それはあくまで通常の魔法……十二の精霊の力を借り受けた属性魔法のみ。
神の信仰に疎いアタシは、信仰心を魔力にする神聖魔法の知識を得るには至らなかったのだ。
そう。
今、お嬢が使おうとしているのは、紛れもなく「神聖魔法」。
しかも、神殿などでは使われることのない、上級の、魔法。
それは。
「──真実の御手」
『ゔ? うおっ……おおおおおおおおおおお⁉︎』
魔法の発動と同時にお嬢の右手が光り輝き、閃光に合わせて絶叫する黒装束。
だが、大声を発したのはその一瞬のみ。
お嬢の右手の光が消えた途端、黒装束の絶叫も止んだ。
「ふう、っ……これで完了ですわ」
額や頬を伝う汗を拭いながら。今の魔法の発動を以って、尋問を終えたと告げたお嬢。




