243話 アズリア、尋問を開始する
そして、男の頭と首からは骨が砕けたような音。
「あ」
「……殺ってしまいましたね」
女中の冷たい目線と発言は、倒れた男の状態を冷静に見てから出たものだった。
自ら生命を断つのを防ぐため、だったとはいえ。咄嗟に大剣で殴り付けてしまったためか、力加減が上手く出来ずに。
倒れた黒装束は頭から血を流し、手足の先が小刻みに震えており。とてもではないが、無事な様子には見えなかったからだ。
「い、いや、加減はしたハズだよッ?……ほ、ほら、起きろッて、おい起きろよッ!」
アタシは慌てて、大剣で殴り倒した黒装束の胸元を掴み、無理やりに引き起こそうとするが。
掴み起こした男の首はだらし無く垂れ、鼻の穴や両目から血が流れており。とても治癒魔法無しで話が聞けるとは思えない状態だ。
さらに、こちらを見る女中の目線が鋭くなる……ようにアタシは感じた。
「駄目……ですね」
「し、仕方がなかったんだよッ!」
言い訳をするならば、アタシはつい先程まで強敵であったカムロギと死闘を繰り広げていたためか、腕の力みが抜けずに。右眼の魔術文字を発動させない程度では、上手く力の加減が出来なかったのだ。
「そ、そうだッ、ユーノたちはッ!」
こちらを責めるような女中の目線から、何とか逃がれるために。アタシは、もう一方で城壁から落ちた黒装束に対応してたユーノらの状況を確認するも。
「お……おねえちゃぁん……やっちゃった」
こちらと目線が合ったユーノが、泣きそうな声でアタシの名を口にする。
そんなユーノが掴んでいた黒装束もまた、アタシが殴り飛ばした男と同じような状態だった。
城壁から落ちた黒装束は確か、四人。
その内の三人は、力加減を間違えてしまい。とても話が聞けるような状態ではない。このままでは、アタシが知りたかった重要な情報を確認する事が叶わない。
襲撃、という形ではあったが。情報を持った敵側の貴重な接触の機会を。無駄にしてしまった不甲斐なさで、アタシは頭を抱えていたが。
「あ、あのさ、アズリア。こいつなら、気を失わせただけ、だぜ?」
お嬢に同行していた獣人族の三人組の冒険者の一人・エルザが地面に引き摺って連れて来た最後の一人となった黒装束は。
意識がなく白目を剥いてこそいたが、アタシやユーノが攻撃した男のように鼻や耳から血を流してはおらず。
叩き起こせば話が聞けそうな状態を維持していた。
「よ、よかったあ……ッッ」
「さっすがエルザっ! すごいすごぉいっ!」
最後の一人から情報が聞き出せると知り、アタシは安堵で胸を撫で下ろし。
ユーノは満面の笑みを見せ、エルザに抱きつきながら称賛の言葉を投げ掛け続けていた。
そんなユーノの態度に、顔を真っ赤にしながら困惑していた様子のエルザ。
「ゆ、ユーノ様っ?……あ、あのっ、そのっ……」
まずは話を聞くため、逃げたり自害したりをしないよう。麻縄で黒装束の両足首と、手首を後ろ手に拘束し。
魔術師のファニーが、握った魔法の杖で縛った黒装束の頭に触れ。
「──覚醒」
意識を戻すための魔法を発動させると、白目を剥いていた黒装束は驚いたように目を醒ます。
『お、俺はっ? た……確か、攻撃を避け損ねて……』
ファニーが使った「覚醒」は、眠りから快適に目を覚ますための基礎魔法だ。
男がただ意識を失ったのではなく、アタシやユーノが力加減を間違えた二人のように生命の危機がある意識の失い方であれば。ファニーの魔法ではおそらく目は開けなかっただろうが。
「……お目覚めかい?」
アタシは気を取り直して、意識を取り戻した黒装束に声を掛ける。
男は、自分の両手両足が拘束されているのを即座に理解し、こちらを睨み付けてくる。
『き……貴様……っ!』
「さて、時間もないコトだし。無駄話抜きで聞かせてもらうよ」
本来、拘束した人間から情報を聞き出すためには二通りの方法がある。
ある程度、何気ない会話を繰り返す事で相手の警戒心を徐々に緩めていき。様々な話術を駆使して、直接知りたい項目を口にせずに情報を聞き出す方法と。
もう一つは、拷問など身体的に苦痛を与える事で。知っている情報を無理やりに引き出す方法とがあるが。
今回、アタシが選択したのは後者。
「で、でもアズリアっ、ここまで来て知りたい情報なんてあるの? だって……後は城に乗り込むだけ」
そう口にしたのは、全身鎧を着たカサンドラに背負われていたフブキだった。
確かに、フブキから事前に聞いていたシラヌヒの戦力と。加えて、黒幕であるジャトラがカムロギとの戦闘の最中、城の最上階から発した言葉を合わせれば。
残る脅威は、黒幕のジャトラ唯一人のみ。当主に近しい立場だけあり、決して武勇に疎くはないが。二の門で待ち受けていた四本槍や、三の門でのカムロギら四人の傭兵とは、実力は格段に劣る。
フブキからすれば、残すはジャトラとの最終決戦のみという状況で、何の情報をアタシが求めているのかが疑問だったのだろう。
だがアタシは、そんなフブキの顔の前に広げた手を突き出し。疑問の言葉を遮りながら、黒装束へと質問を投げ掛けた。
「マツリは城の何処に捕まってるんだい?」
フブキから依頼を受けた時とは状況が変わり、現在はマツリでなくジャトラがカガリ家当主の座に就いているが。
アタシが最初、フブキから受けた依頼の内容はあくまで「姉妹の再会」であって。打倒ジャトラではないからだ。
さらに言えば。ジャトラは一度、人質として確保していたフブキに逃げられ。フルベの街の支配権を奪還され、本拠地であるシラヌヒに侵入される事態を招いたのだ。
マツリの身柄を、より一層厳重に確保しようとするのは想像に難くない。
アタシは両手両足を拘束され、言葉を言い淀む黒装束に顔を近付けていくと。
『……そ、それはっ──』
「それは?」
マツリの居場所を聞かれた黒装束は。先程まで睨んでいたアタシから、あからさまに目線を逸らし。
『し、知らぬっ』
と、アタシの質問に答えるのを拒絶する。
だが、黒装束の反応は知らない人間の態度ではなく。マツリが確保されている場所を知っているのは、ほぼ確定だろう。
「なら、仕方ないねぇ……ッ」
アタシらには時間がない。
カムロギを倒し、最後の城門をアタシらが突破した以上、ジャトラにはもう後がない。追い詰められた人間が、最後の最後に取る手段など大体の想像が付く。
だからアタシは、ジャトラがマツリに何らかの危害を加えるより前に、彼女の居場所を知る必要があったわけだ。
弱者を虐げるのはあまり好みではないが、話術ではなく強引な手法で情報を聞き出すと覚悟を決めた以上。
アタシは後ろ手に縛った黒装束の手の指を一本、無造作に選ぶと。
「痛いぜ」
躊躇なく、掴んだ指を曲げてはいけない方向へと──曲げた。




