241話 アズリア、黒装束の襲撃に
地面に倒れた黒装束は、落下した時には既に息絶えていたのか。首をあらぬ方向に曲げ、起き上がってくる様子を見せなかった。
「まあ、ざっとこんなもんよ」
襲撃者の数をまず一人減らしたことに満足したのか。単発銃の発射口から発生した白煙を息で吹き消し、満足そうな笑みを浮かべていたヘイゼル。
さらには。
「わ、私だってそのくらいっ!」
最後方を走っていたお嬢が、城壁の上から短剣を投げる黒装束に指を差し。
彼女の指の先端に魔力が集束していくと。
「喰らいなさいな! 聖光閃!」
無詠唱でお嬢が発動したのは、神への信仰心を力に変える神聖魔法の中では珍しい攻撃魔法。
指先から放たれた一条の閃光は。先程ヘイゼルに撃ち落とされたのとは反対の城壁にいた黒装束を捉え。
『──な』
短剣をこちらに投擲する動作のまさに途中、「聖光閃」の閃光が額を貫通し。
投げようと掴んでいた短剣と一緒に、城壁の向こう側に崩れ落ちていった黒装束が一人。
これでさらに、こちらを攻撃する数が減った。投擲される短剣を防御していたアタシとユーノからすれば、ヘイゼルとお嬢の援護は嬉しい……のだが。
「おい! 勢い余って全員殺るんじゃないよッ……コイツらにゃ聞きたいコトがあるんだ!」
ヘイゼルに胸を撃ち抜かれた男も、お嬢の魔法を頭に受けた男も、どう見ても絶命しており。
襲撃を凌いだ後、城内の情報を聞き出そうと考えていたアタシとしては。これ以上、襲撃してきた黒装束を殺されると、情報源を失ってしまう。
……そう考えていたアタシは、数を減らしてくれた二人に自重するよう要請する。
「やれやれ……人使いが荒いぜ」
「まったくですわ。この私に」
想像はしていたが、不満そうな反応を見せたヘイゼルとお嬢。
武器に振る腕の力や、当たり箇所を命中の瞬間に加減出来る接近戦とは違い。
一度、自分から放たれてしまえば加減の出来ない射撃や魔法に、「無力化しても生命は奪うな」と。力の加減を求めるのは、酷な話なのは理解してはいたが。
城壁は高く、跳躍して黒装束を直接攻撃しようとするのは困難だ。ここは、二人を含む遠距離攻撃が可能な人間に、対処を頼む他はない。
アタシは、数は減りはしたものの。城壁の上から変わらず飛んでくる短剣を大剣で弾き飛ばしながら。
ヘイゼルとお嬢の二人に声を掛ける。
「今、頼りにしてるのはアンタらなんだよッ」
そんなアタシに、言葉ではなく行動で答えていく二人。
ヘイゼルはもう片手に握る単発銃で。お嬢は指先から放つ「聖光閃」の閃光を。双方とも同じく、黒装束を直接……ではなく、出来る限り足元に狙いを定めていたようで。
『ま、まさかっ! 狙ったのはこちらではなく……屋根だというのかっ?』
黒装束が足場としていた城壁を、ヘイゼルの鉄球とお嬢の魔法が同時に破壊し。
『お……落ちるっ、うおおおおおっっっ⁉︎』
付近にいた黒装束全員を巻き込み、アタシらの前へと落下してきたのだ。落ちてきたのは全部で四人。
不意に落下した黒装束らは、その身体を激しく地面に衝突させ、起き上がるまでにはしばらく時間が必要だろう。
『……く、くそっ』
「体勢を整える時間は、やらないよッ!」
先程までは、武器が届かない城壁の上にいた黒装束だったが。ヘイゼルとお嬢の機転を利かせた攻撃で、今では目の前にいる。
連中を制圧し、無力化するには絶好の機会。
アタシと一緒に、地面に落下した二人に接近戦を仕掛けようとするのは。お嬢の側に控えていた黒髪の女中。
両手に短剣を握っている……ということは。カムロギと同様に二刀流を扱うのだろうか。
「加勢させていただきます。相手は二人、ならば。こちらも二人のほうが無力化もしやすいでしょう」
「……助かるよッ」
一方で。
こちら側に落下した黒装束は二人。ということは、ユーノのいる右側に落下したのも二人となる。
反対側で短剣を防御していたユーノが、一人で制圧するものだと思ったが。ユーノに並んで突撃する人間がもう一人。
両斧槍を両手で構えた猪人族の女戦士・エルザだった。
「ユーノ様っ! オレも一緒にあの連中をブッ飛ばしますからっ!」
「うんまかせた! あ、でも、ころしちゃだめだよ?」
「りょ……了解っすっ!」
粗暴な口調ながら、ユーノに対して敬意を持っているような態度で接するエルザ。
どう見ても年齢が下のユーノに、歳上のエルザが尊敬の念を抱いているのは。決してユーノが「魔王リュカオーンの妹」だからではなく、「魔王配下の四強の一角」だからでもない。
実は、エルザら三人組が冒険者として活動する海の王国に、アタシとユーノが滞在していた時期。
獣人族を売買する組織から救出し、地元の有力な商会を紹介した経緯があった。
中でもエルザは、戦士として成長の壁に阻まれていたのを。同じ獣人族だったユーノの助言と訓練で、壁を打ち破り、新たな力に目覚める事が出来たのをアタシは知っているからだ。
ユーノが使う「鉄拳戦態」。攻撃魔法の魔力を両腕に装着する巨大な籠手に変えて、身体能力を飛躍的に上昇する特異的な能力だが。
その能力をエルザに教え、習得に至ったのだから。
「エルザがどのくらいつかえるようになったか、ボクにみせてくれないかな?」
エルザと離れてから既に一月以上が経過していたからか、ユーノは。
自分が教えを説いた……言わば生徒がどれ程に成長したのか。もしくは鍛錬を怠け、腕を鈍らせてはいないかを確認したい単純な気持ちで。
彼女に、成長した姿を見せろと要求すると。
こくり、と大きく頷いてみせた直後。
「──風刃戦態っ!」
この能力を使用するためには、まず攻撃魔法の発動を準備する必要があった。
ユーノの「鉄拳戦態」には大地属性の攻撃魔法「地鳴りの戦鎚」が。そしてエルザの場合、風属性の初級魔法の「風の刃」が触媒となるのだが。
ユーノが知っている限りでは、エルザはあまり魔法が得意ではないのか。初級魔法の「風の刃」の準備にも、詠唱もしくは予備動作を必要としていた筈だ。
にもかかわらず、今目の前でエルザは。
詠唱も予備動作もなく、しかもユーノとの会話を交わしながら。身体に「風の刃」の魔力を纏ってみせた。
「おお! すごいすごいすごいっ!」
一切の無駄のない、洗練されたエルザの発動に。積み重ねた彼女の努力の結果を見たユーノは、目を輝かせて称賛の声を贈る。
何しろ、獣人族らが数多く暮らす魔王領ですら。ユーノの特異的な能力を使い熟す者は数が少なく。しかもユーノの指導で能力を発現した者はエルザが初めてだったから。
「それじゃ……いっくよっエルザっ!」
「任せて下さいよっ! 何ならオレが二人とも……」
「あははっ、できるもんなら、やってみなよっ」
ユーノは両の拳を構え、風を纏ったエルザは走る速度を上げて両斧槍を振り上げる。




