240話 アズリア、目指すはシラヌヒ城
今回の話の主な登場人物
アズリア 魔術文字を右眼に宿す女傭兵。主人公。
ユーノ 魔王の妹で獅子人族の少女
フブキ カガリ家当主の妹 ジャトラに生命を狙われる
ヘイゼル 顔に二つの傷痕のある元大海賊の女頭領
ベルローゼ アズリアを追ってきた帝国の白薔薇姫
カムロギを倒したアタシら一行は、三の門を全員で突破し。黒幕ジャトラとフブキの姉・マツリが待ち受けるシラヌヒ城へと向かう。
「身体はもう平気なのかい、ユーノ?」
「うんっ! ぐっすりねたからもうどこもいたくないよっ!」
シュパヤとの戦闘で傷付き、魔力を消費し過ぎたために眠りに就いていたユーノだったが。さすがに寝かせたままにはいかず、無理やり起こしてしまったのだが。
アタシとカムロギとの一騎討ちが長引いたからか。魔力が尽きかけていた筈のユーノは、すっかり活力が戻ったのか、満面の笑顔を浮かべていた。
一方で、意識を失ったフブキも何とか目を醒ましはしたものの。こちらは元気溢れているユーノと違い、また立って歩くのは難しかったため。
「ご、ごめんなさい……本当なら、自分の脚で立たなきゃいけないってのに……っ」
「構わない。大楯に比べたら、この程度軽いものだよ」
アタシと同じくらい大柄で、尋常ではない膂力を誇る熊人族のカサンドラが。フブキの身体を背中に担いで、運んでくれていたのだ。
お嬢がこの国にやって来た事にも驚いたが。
海の王国で一時期、行動を共にしていた三人組の獣人族の冒険者とも。再会出来るとはアタシは思ってもいなかった。
鹿人族の魔術師、ファニー。
猪人族の戦士、エルザ。
そして熊人族の重戦士、カサンドラ。
フブキを背負うのを代わろうとしたアタシだったが。一騎討ちをずっと見ていたカサンドラはその役目を譲ってはくれなかった。
「……悪いねぇ。フブキの護衛はアタシの依頼だ、ッてのにさ」
「あれだけ激しい戦闘を終えた後だ。人一人背負うくらいは私に任せてくれ、アズリア」
彼女の気遣いが嬉しかったからか、アタシはそれ以上の要求はせず。フブキを彼女へ任せ、先を駆ける事に専念した。
「ああ、フブキは任せたよカサンドラ」
アタシがカサンドラの名前を呼んだ瞬間、一番後方にいたお嬢がこちらをキッ、と睨んだ気がしたが。
……見なかった事にしよう、そう思った。
こんなやり取りをアタシらが繰り広げていたのも。三の門の前に立ち塞がった強敵を退けた直後だった事もあり、少しばかり気が緩んでいたのもあったのだろう。
その時だった。
アタシらが駆ける両横、並ぶ城壁から突然。風を切り裂き、何かが飛来する音をアタシの耳が拾う。
「──おねえちゃんっ!」
瞬間。先頭を走るアタシが飛んでくる何かの気配を察知し、反応するよりも早く。
真横に並んでいたユーノが動き、一瞬で両腕に巨大な籠手を装着して。何かを弾き飛ばしたのだろう、甲高い金属音が鳴り響いた。
「ユーノ! 右側はアンタに任せたッ!」
「うんっ、まかされたっ!」
さすがは獣人族だけあり、アタシよりも耳が鋭いユーノ。
アタシよりも反応速度の早かったユーノに右側の防御を任せ。左側から飛んでくる何かに対処しようと、背中に担いだ大剣に手を伸ばす。
「けど……コイツはッ」
ユーノが弾いた際。金属同士が衝突する音がした時点で何かしらの武器の類いだろう事はすぐに想定出来たが。
目を凝らして見れば、飛来した物の正体をアタシは知る事が出来る。
この国で使われる、変わった形状の投擲用短剣。
アタシは、大剣で叩き落した凶器を見て。襲撃者の正体までも確信することが出来た。
一の門で、三〇〇人もの武侠を相手にしていた時には。曲刀や長槍で近接戦闘を仕掛けてくる間隙を潜り、何度もアタシに投擲され。
二の門でも隻眼の武侠と剣を交えた瞬間や、ナルザネに通してもらった門を通過した直後にもアタシを狙ってきた凶器だが。
いずれも放ったのは、黒装束の男たちだった……その事をアタシは思い出したからだ。
その予想通り、左右の城壁の真上から姿を現したのは。数人の黒装束を身に纏い、顔を覆い隠した連中だった。
「何だいッ……カムロギたちでアタシらの歓迎は終わりじゃなかったみたいだねぇ!」
確か、フブキから聞いた話によれば。この国では「影」と呼ばれる、大陸では斥候や暗殺者の役割と同等の存在がいるらしい。
黒装束らも、今の状況のように影らが単独で襲撃を仕掛けるのではなく。味方陣営の戦闘を後方から援護するのが、本来の戦い方なのだろうが。
最早、城を一直線に目指すアタシらを阻む城門も立ち塞がる護衛の戦力も、ない。
と、なれば。黒装束らは単独で仕掛けてくるしか、アタシらに対抗する手段が残されていなかったのだろう。
「ユーノ! ここはアタシらで凌ぐよッ!」
「う、うん、でもっ……」
右側にはユーノが、左側にはアタシが立ち塞がり。城壁の上に姿を見せた黒装束らが投擲する凶器を、次々と籠手と大剣で弾き、地面に叩き落としていった。
──しかし。
「や、やっぱりボクだけじゃまにあわないよおっ!」
「……確かに、ねぇ、ッ!」
何しろ、お嬢やカサンドラらと一緒に行動していた事で。今、アタシらは合計で九人という集団となり。
黒装束らの攻撃から逃がれ、振り切ろうにも。三の門まで乗ってきたシュテンら二頭の馬は、人数が増えたために門の手前に置いてきてしまった。
さすがに、敵側が数人で一斉に投擲する凶器を防御するには。アタシとユーノだけでは手が足りなかった。
だが、不意を突いて飛んできた最初の一手を。九人の前に出て、味方を庇い、防御に成功さえしてしまえば。
後方に控えていた七人は、ただ庇い、守られているだけの連中ではなかった。
「回れ、杖よ──矢避けの風車!」
アタシとユーノが庇い切れなかった範囲を、ファニーの魔法の杖が回転しながら空中を舞い。投擲された短剣を次々に撃ち落としていく。
「その程度じゃ、私の盾は貫けないよっ!」
連中が黒幕であるジャトラの配下ならば、真っ先に狙ってくるのはフブキだ。
だが今、彼女を背負っていたのは。小柄な彼女の身体がすっぽり隠れる程に巨大な盾を構える、カサンドラだった。
フブキを狙った短剣は、これまた次々にカサンドラの大楯に弾かれていく。
当然ながら、ただ防御に徹していたわけではなく。
「……離れてりゃ、弓を持ってないから平気かと思ったか、馬鹿か」
ヘイゼルが、愛用の単発銃を城壁の上にいた黒装束に向け。発射のために「発火」の魔法を無詠唱で発動させた。
自分が狙われていると察知した黒装束は、慌てた様子でアタシらを狙っていた短剣で防御しようとするが。
単発銃の筒口から爆音とともに放たれた鉄球は、黒装束が構えた短剣では防ぐことが出来ず。
「──が、っ……ば、馬鹿なぁぁ……っ⁉︎」
そのまま、黒装束の胸を大きく穿ち。
黒装束は胸を押さえながら力なく崩れ落ち、城壁から地面へと転落していく。
「矢避けの風車」
本来ならば、術者の周囲に矢や投擲武器などの到達を防ぐ「風塵の結界」の効果を棒状の物質に付与することで。
付与した棒状の物質が、術者の意識とは無関係に。飛来する物理的な射撃武器を防御する効果を持たせる。
結果として「風塵の結界」は中級魔法の難易度だが、この魔法は上級魔法に難易度が上昇する。




