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237話 カムロギ、白と黒の双剣の秘密

 あれから俺は──泣いた。

 

 何度、揺らしても何の反応もしない愛する妻と娘の身体を抱き締めながら。降りしきる雨の中、俺は構わず大声を上げ、涙を流した。

 どれだけの時間、俺は雨に晒されていたのか。それでも俺の身体を濡らす雨は、二人を失った怒りで(たかぶ)る感情を冷ます事はなく。


 後から俺を追ってきたイスルギやシュパヤ、オニメが物言わぬ二人と俺を引き()がすまで。


 ……それから、数日後。


 巨体ながら、風の魔力によって俊敏(しゅんびん)に、音を殺しての隠密行動に長けたイスルギによって。俺の留守を狙い、屋敷を襲撃した者らの正体が判明した。

 

「襲撃者は全員、キバガミ家の武侠(モムノフ)だった」

「お、おいっ? キバガミ家の連中って言や……」

 

 イスルギの報告を聞いたオニメとシュパヤが、俺へと視線を向けた。

 四人で傭兵団を結成した時に、互いの事情を酒を酌み交わしながら、洗いざらい吐き出していたからか。

 俺が元はキバガミ領出身である事、そして一つの街の領主の座を捨てて妻を選んだ事も、三人は知っていたからだ。


 襲撃してきた連中の名前も、まだ俺がキバガミ家に(せき)を置き、忠誠を誓っていた時に。俺の早い出世に嫉妬していた武侠(モムノフ)として聞いた気もしたが。

 今の俺には、何の興味も湧かなかった。


「……そうか」


 その話を聞いた俺は、無感情なまま。亡者と化さないよう妻と娘の亡骸(なきがら)を燃やし、その場に残った灰の中に手を突っ込み。

 まだ燃え残っていた骨の欠片を握りしめていく。大きな骨は妻マシロの、まだ小さな骨は娘クロエのだとすぐに判別は出来た。


「お……おい、どうすんのさ、コレから?」


 異常な光景だったのだろう。イスルギもシュパヤも言葉を失い、ただ黙って俺を見ていたが。ただ一人、オニメが骨を握る俺に。

 これからの傭兵団の方針を訊ねてきたが。


「……全員、好きにしろ」

「は?」

「もう……俺には、戦う理由がなくなった」

 

 妻と娘を失い、心にぽっかりと大きな穴が空いたような喪失感で、一切の感情の起伏(きふく)を無くした俺は。

 ただ、このまま妻と娘を冷たい土の下に埋めるのが(しの)びなかったのだろう。


 二人の骨を握り締めたまま、辿り着いたのは。

 俺が懇意(こんい)にしていた武器職人の鍛冶場だった。


「……おう、どうしたカムロギの旦那?」


 屋敷が襲撃を受けたことを知らないのか、普段の態度で接してくる髭面(ひげづら)の鍛治師に。俺は無表情のまま、持っていた数本の骨を差し出し。


(コレ)を鉄に混ぜた、剣を……打ってくれ」

「……何か、理由(わけ)がありそうだな」


 さすがに様子がおかしい、と勘付いたのだろう。髭面(ひげづら)の男は、わざわざ武器を打つ鉄に不純物(まぜもの)をする理由を訊ねてくるが。

 

「まあ……深くは聞かねえ。誰にだって言いたくねえ事はあるだろうしな。それに」


 鍛治師は黙っていた俺から差し出していた骨を手に取ると。そのまま鍛冶場の奥、()が燃える作業場の奥へと引っ込んでいくと。

 焼けた鉄を叩いて伸ばすための金鎚(ハンマー)を手に取り。


「旦那にゃ、色々と世話になってるからな」


 それ以上の理由を聞かずに、俺の突然の無茶な要求を引き受けてくれた。


 待つ事、数日。

 剣が完成するまで、俺は鍛冶場に滞在する事にしたが。いまだ感情の起伏(きふく)は戻らず、待っていた間に摂ったのは水のみ。用意された食事が喉を通ることはなかった。

 

「──出来たぞ」


 髭面(ひげづら)の顔を汗と(すす)で黒く汚しながら、俺に差し出したのは。


 白い刀身と、真っ黒な刀身の二本の片刃剣(カタナ)


 まだ武器としては完成しておらず、刃の部分だけ。大陸で打たれる一般的な剣と違い。剣を握る箇所は、これから別途に加工していかなければいけないのだが。

 水で冷やしたばかりなのか。純白に輝く刃の表面には、細かな水滴が(いく)つも浮かび上がっていた。


 俺は無言のままゆっくりと、鍛治師の男から差し出された二本の刀身に指を伸ばしていく。

 ──すると。


「……っっっ⁉︎」


 手に触れた刀身から頭に直接伝わってきたのは、襲撃を受けた時の妻マシロと娘クロエの状況だった。


 二人の驚く感情。

 殺意を向けた襲撃者どもの顔。

 恐怖に怯え泣き叫ぶクロエ。

 妻が娘を庇い凶刃を喰らうマシロ。


 その全部を頭の中で追体験したその直後、今まで何も感じなかった心の中に湧き上がったのは。


 ドス黒い憎悪と憤怒、そして……殺意。


 最初は、焼いた刀身を冷やすために付着した水が、ただ乾いていなかっただけかと思った白い刀身の水滴だったが。俺が回想に(ふけ)っていた間にも、刀身の水滴はさらに増量していた。

 まるで、妻と娘が泣いているかのように。


 しかも、黒い刀身からは悲痛な泣き声にも似た音が、(かす)かに俺の耳に聞こえてくる。


「そうか……そんなに、無念だったか……」


 俺は胸に湧いた負の感情を抑えることが出来ず、まだ握りの部分が完成していない二本の刀身を(じか)に握り締め。

 髭面(ひげづら)の鍛治師が少し目を離した間に、作業場を立ち去る。

 俺にはやらなければいけない事が出来たからだ。


 骨になり、武器に姿を変えてまでも。

 二人が生命を奪われた悲しみの涙と苦痛の叫び。

 それを鎮めるには、襲撃者を殺すしか方法はない。


「──待っていろ。マシロ……クロエ……」


 長い間、食事を腹に入れていなかったためか。足取りは覚束(おぼつか)ず、不安定ながら。俺の脚は真っ直ぐにキバガミ領へと向かっていた。

 道の途中、間に合わせの材料で剣の握りを作りながら。

 二本の武器にした妻と娘から、生きる目的を与えられた俺は、まだ死ぬわけにはいかず。

 最低限の食事を辿り着いた村で頭を下げて分けてもらう……もしくは食糧庫から頂戴(ちょうだい)しながら、何とか生命を繋いでいた。

 

 食糧や水を入手するのに、村や道行く人々を襲う事も何度か頭を()ぎりはした。今の俺には最早(もはや)守るべきものは何も残っていなかったからだが。

 それでも、無関係な人を(あや)めるのに二本の刃を使えば。武器に宿っている妻と娘は、きっと俺を嫌うだろうと思ってしまい。最後の一線だけは踏み越えられなかったのだ。


 こうして俺はようやくキバガミ領へ到着する。


「待っていろ……マシロ、クロエ。今、お前たちに槍を突き立てた連中の血を吸わせてやるからな……」


 前以(まえも)ってイスルギが調査してくれていた内容が、何処か頭の片隅に残っていたのは幸運だった。

 俺は、イスルギの言葉と傭兵団より以前の過去の記憶を辿りながら。妻と娘を襲った連中の居場所へと向かう。


 背中から、殺意が漏れ出した状態で。

一話で終わらせようと思ったカムロギの過去の回想でしたが、あれもこれも詰め込む内にもう一話。

次話で回想編終了なので、お付き合い下さい。

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