235話 アズリア、カムロギとの決着
このまま抵抗を諦め、三の門を通してくれるのであれば。何も戦意を失い、倒れている相手の生命を奪う必要はない。
しかし……まだ戦意を失っていないのなら。まだカムロギがアタシに剣を向け、立ち上がってこようとするのなら、話は違う。
アタシは大剣を、カムロギの胸板に突き立てなくてはいけない。後方の憂いを消すために。
こうしてアタシは、まだ起き上がってくる様子のないカムロギの間近にまで到達すると。
空を見上げてはいたが、両の眼の焦点が合ってはいなかったカムロギが口を開く。
「は……は、は。まさか、『天瓊戈』を剣で斬るような相手と戦ってた、とは……な」
「……失敗してたら、倒れてたのはアンタじゃなく、アタシだったけどねぇ……」
カムロギの言葉に、アタシは目蓋を閉じ。首を左右に振りながら心の内、本音を漏らしていく。
彼が必殺の刺突を放ったあの時。魔術文字を書き換える余裕がなく、咄嗟に「魔を喰らう鎖」を大剣に巻き付け、迎撃してみせたのだが。咄嗟の閃き、その根拠も「直前に鎖で魔法を防御出来たから」だった。
一連の幸運な出来事が繋がらなければ、おそらくアタシはカムロギの刺突に何の対処も出来ず。刺突が右肩を貫いたように、全身に傷を刻まれ、地面に倒れていたのはアタシだったろう。
「アタシは、少し幸運だったんだよ」
地面に倒れている相手を、立ったままの姿勢で見下ろしながら言葉を交わすアタシ。本来なら、目線を近づけるために身体を屈めるのが剣を交えた相手への態度なのだろうが。
今、膝を折り身体を屈めてしまうと、疲労と激痛からアタシも立ち上がれなくなる、という危惧からだった。
「これが……お前の本気、というわけか。出来れば、あと少し、俺の生命が尽きるまで斬り合ってみたかったが……」
そう言いながら、カムロギは立ち上がるため、まずは上体を起こそうとするが。
額から血を流した、という事はアタシが振り抜いた鎖を巻いた大剣は頭を掠めたのだろう。起こそうとするが、力が入らないのか身体を支えるため地面に突いた腕が震え出し。
「は、は……残念だが、身体が言う事を聞かないんじゃ、仕方がない……俺の、負けだ」
「……カムロギ」
二度ほど、身体を起こすのを試してみるも。立ち上がるどころか、上半身を起こすことすら叶わず。三度目の挑戦をカムロギは諦め、地面に両手を広げながら。
棒立ちの状態で地面に寝ていた自分を見下ろすアタシへと、笑顔を浮かべると。
「さあ。勝者の特権だ。俺に……トドメを刺せ」
二人の戦士が剣を交え、一方が地面に倒れ、一方が両の脚で立っている……勝敗は決したようにおもわれたが。
カムロギが完全に「敗北」を受け入れるには、戦うどちらかの生命が尽きる必要があったのだろう。
……アタシは不意に、カムロギの直前に剣を交わし、首に剣閃を浴びせてその生命を奪った竜人族の女戦士オニメの亡骸へと、視線を向ける。
「そういや……仲間の敵討ち、でもあったんだよ……ねぇ、この戦いは」
オニメだけではない。ユーノと戦闘したシュパヤという子供も、ヘイゼルと戦った凄腕の射撃手であるイスルギも生命を落としており。
アタシらを先へと行かさぬよう、三の門の前へと立ち塞がった傭兵団も。生き残りはカムロギただ一人。
なればこそカムロギは。一人だけ敗北を認め、生き長らえる真似はしたくなかったのだろう。
「どうした? 早く、その剣を俺に突き立てろ……でなければ、また俺は立ち上がってお前に剣を、向けるぞ……」
一向にアタシが大剣を胸に突き立て、自分の命脈を断つ気配を見せない事に。
苛立ちを感じたのか、語気が徐々に強くなっていくカムロギに対し。
「「アズリアっ!」」
アタシよりも先に、過敏に反応してみせたのが。遠巻きにカムロギとの戦いを、介入せずに見守っていたお嬢やカサンドラら三人組だった。
再び、武器を握り締めながらこちらへと駆け寄ってきそうになる彼女らを。アタシは痺れが回復し切っていない腕を伸ばし、押し留めようとする仕草を見せつつ。
カムロギに対し、アタシは言葉を返す。
「──イイぜ。やってみろよ」
「な……な、ん、だとっ?」
カムロギが頭から血を噴き、倒れた直後こそアタシは、決着のために彼の生命を断つべきかどうかを迷ってはいたが。
今のアタシは、カムロギが望むような決着を付けてやる気など、さらさらない。つまり、この場でカムロギを殺さない、という決断をアタシは選択したのだ。
まさかの発言に、諦めにも似た笑みを浮かべ、剣を突き立てられるのを待っていたカムロギは。表情を一転、目を大きく見開きながら。
「こ、これは、脅しの類いではない……俺は立ち上がって、お前に刃を──」
「ただ一つ」
地面に倒れた体勢のまま、アタシに対して戦意を失っていないかのようなカムロギの言葉。
だが、アタシはこれ以上に三の門を突破する目的で、カムロギと剣を交えたくはなかった。
アタシが勝ち、カムロギが倒れたこの度の互いに真っ向勝負を仕掛けた攻防の結果は。幸運にも「魔を喰らう鎖」を大剣に巻き付けた攻撃が効果的だったため、に過ぎない。
もし、次にカムロギが立ち上がり、アタシを倒そうと挑んでくるとしたら。劣勢を悟ったカムロギはおそらく……消耗戦を仕掛けてくるに違いない。
そうなれば、アタシが当主の座を争うカガリ家の一連の騒動に手を貸したのか。その最終目的に大きく支障が出るからだ。
だからアタシは、カムロギの言葉を遮ると同時に。
大剣に刻んだ「軍神の加護」の魔術文字の魔力供給を止めたため、剣に巻き付いていた「魔を喰らう鎖」は消えていき。
まだ痺れの残る右腕で、普段の重量に戻った大剣を持ち上げて。切先をカムロギの顔面へと向けながら。
「アタシにもう一度挑むなら、傷を癒やして万全の体勢にしてからにして欲しい、ねぇ」
「……ぐ、っ」
「それに、アンタにゃ。攻撃する意志なんてないんじゃないのかい?」
立ち上がるのに懸命だった、のもあるだろうが。カムロギの両の手は、地面に落とした自分の二本の曲刀に一向に伸びなかった。
地面に転がる武器を拾われないよう、アタシが遠くに蹴り飛ばす可能性もある。攻撃する意志が本当なら、真っ先に攻撃する手段である武器の確保をするのではないか。
だが、カムロギの視線は先程から、落ちていた武器へ一切向けられていなかったのだ。
「アンタの言う勝者の権利、ッてのがホントにあるなら。コレがアタシなりの『決着』ってヤツさ」
切先を突き付けられていたカムロギは、悔しがる口調とはまるで正反対に。その眼からは、膨らみかけていた戦意が急速に失われていくのをアタシは理解した。
おそらく、今までの挑み掛かるようなカムロギの態度と言葉は。一度は決着が付いたアタシへの、彼なりの最後の抵抗だったのだろう。
起き上がる素振りを止めたカムロギは。
「門の鍵だ……持って行け。お前にはその資格が、ある」
懐から、赤く血濡れていた一枚の木製の板を取り出すと。腕を震わせながら取り出した板をアタシへと手渡してくる。




