234話 アズリア、重壊剣の誕生
アタシは、右手だけでは重量が増した大剣を支え切れないと思い。空いていた左手でも剣の柄を握り、支えるのに不足した力を補う。
魔鎖を巻き付けていた大剣は、というと。
右腕一本で支えられず、それでも両手で握れば余裕を持って扱える……と思ったアタシが甘かった。
大剣に刻んだ「軍神の加護」の魔術文字が、アタシの両腕から魔力を吸い上げていく度に。さらに大剣の重量は増していったのだから。
片手で駄目なら、両手で支えればよい。単純な話のようだが、アタシがこれまで大剣を片手で振り回す事が多かったためか。
勝負を左右する場面で、両手で大剣を扱う事に躊躇していたが。今、アタシはその拘りを捨てる。
「だけど、コレでカムロギ──」
全ては、決着を付けるのが「惜しい」とまで思わせてくれた強敵と、真っ向から殴り合うために。
アタシは「魔を喰らう鎖」を巻き付けた事で、重量がいや増した大剣を両手で構え。切先を真上に向け、頭上に振り上げていくと。
「アンタと、互角に戦えるッッ‼︎」
カムロギから放たれ、アタシを貫かんと迫っていた「天瓊戈」の鋭すぎる一閃に対し。
立っていた地面を強く蹴り抜いて、アタシは大きく前に踏み込み。あろう事か、到達までの距離と時間を自分の足で短縮していく。
魔法の特性を持つ「天瓊戈」は武器で防御することが出来ず。攻撃を凌ぐには、回避する以外にはない。なのに、である。
当然ながら、刺突を打ち放った後のカムロギもアタシの突然の暴挙と言える行動に、驚きの声を上げた。
「な、っ! し、死ぬ気かアズ──⁉︎」
いや、正確には。驚きの声を途中で詰まらせるカムロギ。
おそらくは、今アタシが前に出てきた行動が決して勝負を捨てた意図ではなく、その逆。勝利へと執着するアタシの胸中を感じ取ったからか。
そう。今カムロギとアタシとの距離は、大剣が届かぬ程に開いていた。対決に勝利するためにはどの道、大剣の刃が届くまで接近しなければならなかった。
だからアタシは前に踏み込んだのだ。
カムロギを「斬る」ために。
「ここ、だああああああぁぁぁあ‼︎」
アタシの背丈程もある長大な大剣の切先が、カムロギに届く距離にまで踏み込んだアタシの。目前にまで迫る、高速でカムロギの双剣から放たれた水の槍へと目掛け。
頭上高くに両手で掲げた超重量の大剣を、渾身の力を込め。雄叫びを発しながら振り下ろしていった。
眼前で衝突する大剣と「天瓊戈」。
「ば……馬鹿なっ、魔法が剣で、っ⁉︎」
カムロギが目を見開きながら、再び驚きの声を漏らす。
当然だ、「天瓊戈」とは鋭く放った刺突の衝撃を纏っているとはいえ。元は攻撃魔法の「水の槍」なのだから。剣で迎撃出来る訳がない。
にもかかわらず、アタシの大剣はカムロギの「天瓊戈」を受け止めていたのだから。
まだカムロギが霧に姿を隠しながら戦っていた時に。霧の中から発動した「水の槍」を、魔鎖で防御出来たのだから。
魔鎖を巻き付けた大剣でも、魔法に干渉出来るのではないか。それがアタシの「賭け」だったが。目論見は見事に的中した。
「水の槍」と「魔を喰らう鎖」。大剣の威力と槍が纏った衝撃とが激突し続け。
火花が弾ける破裂音と、金属同士が擦れ、削れる不快な音が辺り一帯に響き渡る。
「が……ッ! ぐう、ううう……ッッッッ⁉︎」
あまりの大剣の重量に、柄を握っていたアタシの両腕の肉と筋、そして骨が軋み、それだけでも激痛だというのに。
右肩、そして左の腕に負っていた傷が、途轍もない重さの武器を扱ったことで再び開き。傷口からは血が噴き出す。
だが、腕から流れる血には構わず。痛みを堪えるため奥歯が砕ける程噛み締めながら。最後まで「魔を喰らう鎖」を巻き付けた大剣を──真下へと振り抜く。
地面を激しく打ち据え、大きく亀裂を生み出す程の威力で。
「が──あ、ああああああああああ‼︎」
大剣と衝突していた「天瓊戈」の一撃が、押し潰されて空中で霧散する。
風と水の槍が砕け散った瞬間、周囲の空気が強烈に震え。剥き出しになったアタシの褐色の肌のあちこちを切り裂かれ。
大地を大きく抉った大剣を、再び構え直す余裕は今のアタシにはなく。
「はぁ、ッ……は、ぁッ……はぁッ……く、そ……ッ」
両腕から大量の血を。鎧を装着していない箇所には無数の裂傷が刻まれたまま。アタシは肩を上下させ、息を荒らげながら。
疲労と痛みで思わず足が蹌踉めき、片膝を突き。目の前に立っていたカムロギへと悪態を吐く。
カムロギが放った「天瓊戈」を迎撃するだけで全力を使い果たし、彼に刃を届かせることが出来なかったからだ。
前に踏み込んだ事により、今のアタシが立っている位置はカムロギの剣が届く間合いにもなってしまっている。
残念ながら、両腕は血を流し過ぎて力を込めても動く気配がない。痛みと衝撃で麻痺してしまったのだろう、回復には時間を要するが。
回復を待つ道理はカムロギにはない。
「……は」
刺突を打ち放った後の構えをとっくに解いて、直立した体勢のカムロギの口から。何か、言葉が漏れた。
動く……と思い警戒こそするが。精神に肉体が追い付かず、両腕は大剣を持ち上げることが未だ出来ない状態だ。
腕の動かぬアタシが、カムロギを睨み据えるが。
「……ッ?」
何故か、カムロギは立っていた体勢から一歩も動じる気配がなかったのだ。
両の手に握った白と黒、二本の片刃の曲刀を構える素振りを一向に見せず。見れば、彼の両の眼からは滾るような闘志が感じる事が出来なかった。
──一体、何が。と思ったその直後。
「見事……だ」
突如、カムロギの額が割けたのか、血を噴き出しながら。ぐらり、と立っていた身体を大きく揺らすと。
握っていた二本の武器が手から抜け落ち、地面へと転がっていくのと同時に。後方へと倒れてしまうカムロギ。
どうやら、届いていなかったと思っていたアタシの大剣の刃は、カムロギの頭を僅かに捉えていたようだ。
「あ……当たってた、の……か……ッ?」
地面を大きく抉り、無数の亀裂が走る程の威力だった超重量の大剣は。直撃していれば、額が割ける程度では済まないだろう。だから「捉えた」とは言っても、ただ掠めただけというのもアタシは理解していたが。
ともあれ、アタシは片膝ながら立っていて。
一方でカムロギは地面に倒れ伏していた。
「はぁ、ッ……ま、だ、息はあるのかい、ッ?」
刃が掠めた程度で生命を落とすとは考え難い。アタシは、身体を動かす度に激痛が奔るのを何とか堪え、倒れたカムロギに歩み寄っていく。
今回の攻防の決着は、アタシに分があったが。まだ勝敗は完全には決してはいなかったため、大剣に「魔を喰らう鎖」は巻き付けたまま。麻痺した腕で大剣を地面に引き摺りながら。
もし、まだ息があり、敗北を認めなかったのなら。アタシはカムロギをどうするべきなのかを、迷っていた。




