230話 アズリア、カムロギの過去を知る
そんなアタシの謝罪の言葉を素直に受け入れてくれたのか、気を損ねた様子もなくカムロギは口を開く。
「──俺は」
鎖で拘束されていない右腕に握っていた黒い曲刀の刀身を見せつけるよう、胸の前に掲げながら。
「最初に名乗ったように、この国最強の傭兵団『韃靼』として。様々な戦場を駆け、その全てで勝利を収めた!」
突然、威勢の良い声を発し。属していた傭兵団の過去の戦果を語り始めたカムロギ。
すると、カムロギは顔ごと視線を移す。アタシから城壁に寝かせていた三人へと。
「剛弓の使い手イスルギ。魔剣カグツチの所有者オニメ、南天紅雀拳を習得したシュパヤ。そして、この俺の四人で!」
「そうか、シュパヤってのかい、その子供は……」
アタシはここでようやく、ユーノが戦っていた子供の姿をした人物の名前を知ることが出来た。
確か……ナルザネの配下にも、似たような名の素手格闘術を使う人物がいた気がしたが。
そう思うと。三の門到達までにアタシらに矢を射掛け、自分が射撃手だと正体を明かしていた巨漢の男を始め。
魔剣使いのオニメはアタシを。素手格闘術に長けたシュパヤは同じく超接近戦の得意なユーノ。そしてイスルギは単発銃を持つヘイゼルと言ったように。
それぞれ得意戦法や距離が被った相手を選び、一対一に持ち込まれたわけで。
結果的にアタシらは全員が勝利したものの。
一つ間違えていたら、亡骸を晒していたのはユーノやヘイゼルかもしれなかった、と思うと。今になってアタシの背中には言いようのない悪寒が奔る。
そんなアタシの動揺など知らぬ顔で、カムロギの語りは続けられていた。
「俺たち四人はこうして。勝利に導いた報酬に、莫大な金を稼いだ。その金で俺は、大きな屋敷を手に入れ、愛する妻と子と幸福に暮らしていた」
「じゃあ、どうしてッ?」
それだけを聞けば、傭兵稼業は成功と言える。
それだけに、何故。
カムロギは傭兵団を抜けて、フルベの街の外で盗賊団を結成する真似をしていたのか。
一度、過去の心の傷に触れたことをカムロギに謝罪したばかりだが。カムロギが戦う動機を知るためには、聞かないわけにはいかない。
アタシは意を決し、カムロギを問い質す。
「……五年前。アンタに、何があったんだい?」
すると、一度カムロギは目を閉じて、話す事に躊躇いを見せるが。
「俺が戦場で勝利に湧いていた、その間に。屋敷を襲われ、火を付けられた」
「そ、そりゃあ……」
てっきり病気辺りの死因を想定していたアタシだったが。まさかカムロギの妻子は殺されていたとは思ってもみなかった。
アタシは言葉を詰まらせ、しばしの沈黙。
「考えてみりゃおかしくも何ともない。どの領地にも属していない場所に、金を溜め込んだ屋敷がぽつんとあって。しかも腕に覚えのある人間は全員戦場に出払ってるんだからな」
「そういや、この国にゃ、確か……ッ」
まるで吐き捨てるように、五年前の出来事を口にしていたカムロギ。
この国には「八葉」と呼ばれる、支配階級に属する八つの家がある、とモリサカやフブキから聞いた。今、アタシらがいるシラヌヒ城を本拠地とするカガリ家も、八葉の一家に数えられる。
どの領地にも属していない傭兵稼業のカムロギは、言い換えれば。どの領主の恩恵や庇護の一切を受けられないという話にもなる。
「る……留守の間、屋敷を守る連中は当然いたんだろッ?」
既に済んでしまった結末だ、話を先に進めれば良かったのだが。アタシは何故、屋敷への襲撃がそこまで簡単に成功してしまったのかが、妙に頭に引っ掛かっていた。
いくらカムロギが傭兵稼業で屋敷を空けていたとしても、防衛のための衛兵の一人も置いていない筈がないからだ。
「当然、信頼する部下を置いていたさ。だが──」
だが、アタシの言葉を聞いたカムロギは。戦闘の最中ですら見せた事のない、全てを諦めたような乾いた嘲笑を浮かべると。
「連中はあっさり、金で裏切りやがった」
そう言葉を言い終えた直後、カムロギの口から鳴ったのは、歯を強く軋ませた音。
それだけでカムロギの無念さが伝わってくる。護衛の連中が金で裏切らなければ、おそらくは彼の妻子は襲撃で死なずに済んだのかもしれなかったから。
提示した金額が雇用主を裏切るくらい魅力的だったからか。
もしくは人望が無かったからか。仲間である盗賊団を親身に思っているカムロギの姿を見た限り、人望が薄い……という説はアタシには考えにくいのだが。
「後で判明したが。屋敷を襲撃した連中は、以前俺たちに戦で敗れ、武侠の地位を剥奪された人間……つまり、復讐だった」
カムロギの言葉に、アタシは強く頷き掛ける。
アタシも過去に、路銀稼ぎに傭兵稼業をしていた時期があったが。小競り合いに敗れ、賠償責任を負った貴族やら、手柄を取られ嫉妬のあまり逆恨みする友軍など。傭兵としてのアタシを恨む人間は数知れず。
戦場とは。勝者以上に、死の匂いと無数の負の感情が渦巻く魔境と言えた。だからアタシはさっさと傭兵を抜け、魔術文字を探す旅に戻ったわけで。
「当然、妻と娘を殺した連中には、残らず俺が報いをくれてやったが、な」
少しだけ、苛立ちの感情を露わにしたカムロギだったが。すぐに感情を喪失したような顔に変わり、あらぬ箇所へ焦点を合わせながらアタシへと言葉を返す。
「それで、傭兵を辞めたってワケかい」
「……稼ぐ理由を失った上に、傭兵を続けてた事で家族を失ったんだからな。もう、続ける理由がなかったんだよ」
「なら、何で今さら」
すると今度は、仲間の亡骸でも、ましてや城の最上階に隠れているジャトラでもなく。
閉ざされていた三の門へと視線を向けた後、アタシに向き直ったカムロギ。
先程までの全てを諦めたような彼の両の眼には、再び戦意の炎が灯っていた。
「今の俺には守るべき者が出来た。ただ、それだけだ」
一度、門の向こう側へカムロギが視線を向けたその理由。
戦闘を開始する前に、彼がフルベの街の郊外で行動を共にしていた盗賊団の一味を「別の任務でシラヌヒにはいない」と言ってはいたが。
おそらく、イチコらは門の向こう側で待機しているのだ。カムロギに参戦を強く止められて。そうでなければ、既に誰かが彼に大剣を向けたアタシに攻撃を仕掛けてきている筈だから。
「傭兵仲間を殺られた因縁もある。不本意ではあるが、俺はあの男に従い、アズリア……お前を斬る」
肩を大きく斬られた傷の痛みで、息を乱して肩を上下させていたカムロギだったが。会話を交わした時間で、体力の回復が完了したようだ。
左腕に「魔を喰らう鎖」が絡み付いたままではあるものの、白と黒、二本の曲刀を再び構え直していく。
「たとえそれが、この地に魔竜を降臨させる事になっても、だ」
「……イイぜ」
アタシとしても、聞きたい事は全て知る事が出来た。
カムロギは自分の手から溢れ落ちていった「愛する妻子」の代わりを、盗賊団の一味に求め。連中を守るためにアタシに剣を向け、立ち塞がっていたのだ。
「アンタの執念ごと、叩き斬ってやるよッ!」
だからアタシは応える。
そこには過去への同情も、必要以上の憎悪もない。ただ胸中には、強敵と剣を交える悦びと絶対に勝利するという強い意志。
右肩の傷の痛みを昂る感情で抑え込みながら、クロイツ鋼製の大剣の切先をカムロギへと向ける。
たとえ、それがイチコら盗賊団の一味の生きる場所を奪ってしまうかもしれない、としても。




