227話 アズリア、視界を遮る霧が晴れ
「……だけど、この距離ならぁッ!」
カムロギとの距離はあと数歩。
魔法の予備動作と力の溜め、二つを兼ねた刺突の構えから攻撃を繰り出すよりも。アタシが踏み込み、距離を詰めるのが早い筈だった。
ところが。
予想に反して、カムロギの双剣の切先は既にアタシへ向けて動いていたのだから。まるで、力の溜めを省略したかのように。
「アタシに合わせて、発動を早めたってえのかいッ!」
「──悠長に力を溜めてる猶予はなかったのでな、っ!」
確かに、カムロギの言う通りだ。予備動作が、発動に不足している魔力を補う目的ならば、途中で省略すれば魔法自体が発動しないが。カムロギの予備動作は、発動する「水の槍」の威力を増強させるためのもの。動作を中断しても、魔法自体は発動する理屈だ。
つまりカムロギは、突撃を仕掛けてきたアタシを迎え撃つために発動を早め。力の溜めも魔力増強も不十分な状態で、必殺の刺突を放ってきたのだ。
カムロギが両腕を素早く前方へと突き出し、握っていた純白と漆黒の双剣の先端が鋭く空を切る。
このまま黙って見ていたなら。切先から、水の槍と衝撃を組み合わせた攻撃が。アタシの大剣の刃がカムロギに届くよりも先に、こちらへと伸び届いてしまうだろう──が。
「残念だったねぇ! それも対策済みなんだよッ!」
「……な、何、だとっ⁉︎」
間合いの外から伸びる刺突の正体を見抜くために、右肩を犠牲にしたアタシは。
当然、カムロギが不十分な力の溜めのまま、伸びる刺突を放ってくる事態も想定していた。
だからアタシは先んじて発動する。
「魔力を縛れ──魔を喰らう鎖ぅッ!」
カムロギの双剣の切先から魔力が発動するよりも早く、アタシの大剣に刻まれた「軍神の加護」の魔術文字が赤く輝き。
大剣の切先から、魔力を吸収し封じる漆黒の鎖がカムロギ目掛けて伸びると。
「な、ッ⁉︎」
魔鎖はカムロギの右腕へと絡み付いていく。水属性の魔力を帯びた純白の魔剣「白雨」を握る右腕に。
次の瞬間、二本の切先に集束し、後は発動を待つのみだった魔力が縮小していったが。
カムロギの刺突の動作は止まることなく。
アタシへと繰り出された双剣の切先。
「う? うおおっっ!」
だが、カムロギの想定とは違い。切先からアタシへの攻撃は発動せず。代わりにカムロギの周囲を風が渦巻き、霧をさらに晴らしていってしまう。
おそらくは。魔力が縮小したために「水の槍」が発動しなかったために。生み出した魔法に纏わせる筈の刺突の衝撃が、周囲に拡散されてしまったのだろう。
「な、何がっ……起き、た?」
一瞬、自分に何が起きたのかが理解出来ずに。呆然とした表情を浮かべるカムロギ。
当然、今はアタシとの戦闘中だ。カムロギもそれは忘れていなかったようで。即座に気持ちを切り替えて、アタシへと意識と視線を戻していったが。
その一瞬の間、それだけでアタシには充分だった。
「──獲ったぜ、カムロギいぃィィッ!」
アタシはあらためて振りかぶった大剣、その刃を。カムロギの頭蓋を叩き潰す勢いで、力任せに振り抜いていく。
勿論、右眼の魔術文字の魔力を大剣を握っていた右腕に巡らせて。
「ぐ、っ……!」
一瞬、アタシの剣閃への反応が遅れたことで、脚が固まり。左右や後方に飛び退いて避ける選択肢は閉ざされた。
残るは防御か迎撃のみ。しかし、カムロギは中途半端ながら力を溜め、両腕で刺突を放ったばかりだ。構えが整っていない状態では、力任せのアタシの大剣を下手に迎撃しても。力で押し負ける結果は目に見えていた。
大剣の刃が迫るまでの僅かな時間で、カムロギは一つの選択を取った。
持っていた二本の曲刀を地面に突き刺して。
アタシの攻撃を甘んじて受ける体勢を見せる。
「ここで戦意喪失とはねぇ、見損なったよッ!」
その場に直立したまま、持っていた武器を捨てたカムロギの戦いを諦めたような態度に。言いようのない憤りを感じたアタシは、怒りの感情を握る剣に乗せ。
カムロギの身体に刃が直撃する、瞬間。
「な……ッ?」
違和感を覚えて、顔を歪めたアタシ。
今頃はカムロギの頭を割っていた筈の大剣は、頭にではなく、左肩に逸れていた事に。
それでも肩から大剣の刃を深く、深く減り込ませ、胸を斬り裂いてしまえば。カムロギとの勝負が決着する結末は変わらない。
アタシは剣を握る右腕に力を込めていくが。
「──ッ、ぐッ⁉︎ こ、こんな時によぉッ!」
肩を守る装甲ごと、カムロギの左肩を斬り裂き。骨を断ち斬ろうとした衝撃が、剣から右腕に伝わった瞬間。右肩の傷の痛みを我慢しきれなくなり、剣を握る力が緩んでしまい。
カムロギの肩に減り込んだ大剣を、思わず止めてしまった事で。
今度はアタシに生まれてしまう一瞬の隙。
すると。
「勝ち、を諦めたわけではないよ」
「な、ッ?」
「何故、刃を止めたのかは知らんが──」
アタシを凝視するカムロギの両の眼に宿っていたのは、紛れもなく戦意だった。まだカムロギは戦意を喪失したわけではなかった。
と同時に、武器を地面に突き刺し、空いていたカムロギの両腕がアタシの右腕と右肩を掴んでくると。
突然、アタシの視界が回転した。
「今度ばかりはその甘さが仇となったようだなっ!」
「う、うおおおおお……ッッが、はあッッ⁉︎」
遅れて、アタシの背中に息が止まる程の強い衝撃が襲う。いや……衝撃は背中だけでなく頭にも影響を与えたようで、頭が揺れて視界が歪んでいた。
「シュパヤほどではないが……俺も無手での格闘術を学んでいてな、この程度のことは出来る……ぐ、う……っ!」
自分を襲った数々の身体の異変に、ようやくアタシは。カムロギに「地面に叩き付けられた」のだという事だけは、どうにか理解したが。
その方法までには理解が及ばす、アタシの頭の中には「何故だ」という疑問が飛び交って混乱の最中だった。
それでも、地面に倒れたままではカムロギからの追撃は避けられない、という状況に自分がある事だけは把握していたため。
追撃を避けるため、アタシは地面を転がるように一度、カムロギから離れていく。
「く、くそッ……まだ、頭がガンガン揺れてやがる……ッ!」
どうにか距離を空けたアタシは、持っていた大剣を地面に突き立て、身体を支えながら片膝を突いて立ち上がろうとする。
地面に強く頭を打ち付けられた衝撃の影響で、まるで地面が揺れているように視界が歪み。立とうとする脚が不安定にふらつく。
何故カムロギがその場から一歩も動かず、地面に倒れたアタシに追撃を行わなかったのか。その事を不思議に思っていたが。
歪む視界でも、目の前のカムロギが息を荒げ、左肩から血を流し、深傷を負っている様子なのは直ぐにわかった。
「ほ、本来なら、斬られる前に投げるつもりだったが……な」
「あ、アタシこそ、まさか、あの状況からここまでひっくり返されるなんて、ねぇ……ッ」
互いに決して浅からぬ傷を負いながらも、即座に攻撃の体勢に移ることが出来ない。そんな状況でアタシはカムロギに対して笑みを浮かべ。
そしてカムロギもまた、アタシに笑顔を見せながら言葉を交わしていた。
「「あ……アズリアっっ‼︎」」
と同時に、アタシの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
既に、辺り一帯に発生していた霧はすっかり薄れ。アタシの視界の先には、離れた場所で待機しているヘイゼルやお嬢、治療中のフブキやユーノを見ることが出来た。
先程の声は、霧が晴れた彼女らの声だったわけだが。
──すると、突然。




