226話 アズリア、魔鎖のもう一つの活用法
三連続で「風切」と呼んでいた「飛ぶ斬撃」を放ったばかりのカムロギの気配と、双剣が帯びる魔力を辿り。
霧の中を一直線に突き進む、アタシが放った「魔を喰らう鎖」を。
「そう簡単に……捉えられるわけには!」
避け切れないと判断したカムロギは、高速でその場を移動する足捌きから一転。迫る鎖を左右二本の魔剣で弾こうとする。
直後、霧の中から鋼鉄同士が激しく衝突する音。
先程とは違い。明らかにアタシの手に伝わるのは、鎖が何かに命中した感触。残念ながら、霧に放った「魔を喰らう鎖」はカムロギに弾かれたようで。彼を捕縛するまでには至らなかったが。
アタシは無意識に頬を吊り上げ、笑う。
「はッ! 次こそは、アンタを捉えてみせるッ!」
何しろ、霧が発生してから一度もカムロギの姿を捉えられず、全てが後手に回っていたのだ。一度は「魔法が使えたら」などと、あり得ない可能性に縋る気持ちにもなりはしたが。
これでようやく突破口が開けた、と思うと。自然と顔が緩むのも無理はなかった。
だが、アタシが一瞬。気持ちを弛緩させたその時。
鎖が弾かれた位置とは全然違った方向から、何かが迫ってくる気配をアタシは感じ取る。
「う、おッ!」
飛ぶ斬撃の次は、水の槍。一直線に形作られた鋭い水の凶器は、霧を突き抜けてアタシに襲い掛かってきた。
しかも、迫る水の槍の軌道は直線的ではなく。不規則に何度も曲線を描いていた。これでは、先程のように最小限の動きだけで回避……というわけにはいかない。
──ならば。
アタシは大剣から、正確には大剣に刻んだ魔術文字から伸ばした漆黒の鎖を引き戻し。自分の周囲に振り回すように鎖を展開させていく。
実は……魔術文字から生み出した魔法の鎖には。魔王領の城の地下で膨大な魔力を封じていた経緯から、魔力を吸収する効果もある。
今までに一度も試した事はないが。魔力を吸収するのなら、攻撃魔法の防御に使えるかもしれないと咄嗟にアタシは閃き。
「アタシを守りな! 魔を喰らう鎖ッ!」
その場から動くことなく、アタシは周囲に展開させた「魔を喰らう鎖」で。迫る水の槍を迎撃しようと試み。
軌道を読み切れなかったものの、アタシの周囲にあった鎖は。何度も曲線を描きながらアタシへと迫る水の槍の魔力に反応し、アタシとの間に割り込むようにこちらの意志とは関係なく動くと。
漆黒の鎖と、水の槍が眼前で衝突した瞬間。
「な、何ぃ、っ⁉︎」
霧の中から驚くカムロギの声が漏れる。鎖に防御された水の槍が、一瞬にして目の前から霧散してしまったのを見て。
……無理もない。防御魔法による魔法の防壁で受け止めた、としても。防御された魔力の余波が、突如として全部消え去るなんてあり得ないからだ。
「う、うおおッ⁉︎」
カムロギの驚きと同時にアタシも驚きの声を口にする。しかし、驚いた理由はカムロギのそれとは違う。
周囲に展開していた「魔を喰らう鎖」が、アタシが想定した通りに水の槍を防御し。魔力の残滓すら残さず、消してしまった直後。
アタシの身体に流れ込んでくる、魔力。
フルベの街での一件で、魔力枯渇だけは起こさぬよう、魔力の消費や残る容量には常に気を配ってはいたが。
一の門、二の門で待ち受けていた障害への対処に加え。カムロギとの対決の直前まで、溶岩の魔剣を所持する竜人族の女戦士・オニメと死闘を繰り広げていたこともあり。半分以下にまで減少していた、アタシの魔力だったが。
そんなアタシの魔力の器が僅かにではあるが、満たされていく感覚。
「こ、こりゃあ……ッ?」
体内で消費された魔力は、睡眠や食事など身体が休養を取っている間に回復していく。ただ、立っているだけでは魔力は回復しないのだ。ましてや戦闘の最中に魔力が回復するなんて事はあり得ない。
だから、アタシは驚いてしまったのだ。
と、同時に。もし「魔を喰らう鎖」が攻撃魔法すら防御し、アタシの魔力を回復する、という。秘めた可能性を、或いはオニメ戦で知っていれば。
魔剣が発揮し、アタシを苦しめた数々の能力を無効にし。魔力を回復する事だって出来ていたのではないか……と、後悔で頭を抱えたくなる。
「……まさか、鎖にこんな効果まであるなんて知らなかったけど、さ」
だが、鎖が魔力を吸収する事自体は理解していたアタシは。
霧に姿を隠したカムロギに一方的に攻撃される不利な状況を覆すため。何故に「軍神の加護」の魔術文字を選んだのか。
「──そろそろ、かねぇ」
その理由が、距離を空けた相手への攻撃手段だけでなく。ようやく目に見えて現れてくるだろうと思い、霧の中のカムロギへと声を掛ける。
「霧が……薄く、っ?」
これまでは、辺り一帯に立ち込めた濃い霧の影響で、カムロギの姿の輪郭すら目で捉えられなかったのに。
今、アタシの視界の先には薄っすらと数歩先に立っているカムロギの姿を、朧げながら輪郭だけを見つける事が出来る程に。周囲に発生した霧は薄くなっていた。
「そりゃあ、この霧も魔法だってわかれば、対処の仕様はあるってモノさね」
初め、霧に包まれた時は。霧の正体を知らなかったためにすっかり翻弄されてしまったアタシだったが。
この霧が水属性の「幻惑の霧」による魔法による効果だ、と判明した時点で。
ならば……魔力を吸収する「魔を喰らう鎖」なら、カムロギが生み出した魔法の霧を晴らしてくれるのではないか、とアタシは考え。アタシは「軍神の加護」の魔術文字を描いてみせた。
しかし、鎖を作成してみせた後もなお、霧はその濃さを変えることなく。その後、何度もカムロギの攻撃を受ける羽目になりはしたが。
「さあッ! 今度こそ逃がしゃしないよ、カムロギぃッ!」
今はカムロギの姿を捉えた、まさに好機。
アタシはクロイツ鋼製の大剣を右肩に担ぐ姿勢を取る。
「う……ぐッ、ッ!」
右肩は、先にカムロギが放った攻撃で深傷を負っていたため。大剣の重量が懸かり、今まで忘れていた傷の痛みがぶり返すも。
カムロギに攻撃を仕掛ける絶好の機会に、アタシは歯を噛み締めて肩の痛みに耐え。霧の中に薄っすらと見えるカムロギを睨み据える。
「……いくぜッ!」
次の瞬間、アタシは地面を蹴り抜き、一気にカムロギとの距離を詰めようと前方へと大きく跳んだ。無理な動きをさせた事で、右脚の足首が鈍く痛むも。アタシは構わずにさらに痛む右脚で、地面を踏み抜き、勢いを加速させると。
渾身の一撃をカムロギに浴びせるため。肩に担いだ大剣を、右腕一本で頭上へと振り上げていく。
対して、迎え撃つ側となったカムロギは。
「──いいだろう。理屈がわかったとはいえ、この『天瓊戈』、簡単に凌ぎきれはしまい」
まだ完全に霧が晴れたわけではないが、霧に視界を阻まれていても、アタシにははっきりとわかる。
「あの構えはッ──」
左右二本の双剣の切先を、突進するアタシへと向け。大きく後ろへと引き絞るように力を溜める……それは魔法の予備動作を兼ねた、刺突の構え。
それはカムロギが最後の一手と称した、魔法と剣技を同時に放つ、まさに神業と呼ぶに相応しい。
つい先程、アタシの右肩を貫通し、深傷を負わせた必殺の一撃の構え。




