225話 アズリア、魔鎖の活用法
と、同時に。
アタシは先程、剣に刻んだ「軍神の加護」の魔術文字に魔力を流し込み。大剣の先端から漆黒の鎖を生み出していく。
「捕らえろ──魔を喰らう鎖ッ!」
一部の例外を除いて、通常の魔法も射撃武器すら使えないアタシが唯一許される遠距離攻撃。それが「軍神の加護」の魔術文字の魔力が作り出した魔法の鎖だ。
アタシが思考の末、この魔術文字を選んだ理由こそ。霧の中から飛ぶ斬撃や攻撃魔法を浴びせられる一方的に不利な状況を打破したかった狙いからだ。
この鎖で。
魔王領の地下にひっそりと眠っていた強大な魔力を封じていた、この「魔を喰らう鎖」なら。
視界を通さぬ濃霧に潜むカムロギの姿を捉える事が出来るかもしれない、と。アタシは鎖を伸ばし、霧の中へと勢いよく放つ。
──だが。
「ち、いッ! 手応えナシかよッ!」
霧の中に飛ばした漆黒の鎖からは何の反応も示さないのは空振った合図。
込めた思惑も虚しく、放った鎖の先端が手元に戻ってくる。
「魔法の霧だから、もしや……とは思ったけどねぇ」
アタシが魔術文字で生み出した魔法の鎖は、強い魔力を感知して魔力の発生源に誘導されるという特性がある。
カムロギの持つ二本の魔剣に反応し。或いは霧の中にあってもなお、カムロギの位置を鎖が特定してくれるのではないか、と。微かな期待をアタシは抱いてはいたが。
戦場一帯を覆う白い霧は、カムロギの「幻惑の霧」の魔法による現象だ。つまり霧そのものが魔力を帯びている。魔力の流れを視る事が出来る「魔視」がまるで意味を為さないように。
おそらくは鎖の魔力を感知する効果もまた、上手く効果を発揮していないのだろう。
魔術文字の鎖に込めた思惑の一つは、脆くも崩れ去る。
鎖を引き戻した時に、一瞬だけアタシの脚が止まる。
いくら霧に身を潜めていたとはいえ、生まれた一瞬の隙を見逃がしてくれるカムロギではなく。
「まさか分銅を腕に仕込んでいたとはな──だがっ!」
「とっくに移動済み、かよ……ッ!」
声は、鎖を打ち込んだ真正面からではなく、背中を向けていた側面から聞こえてくる。
分銅。大陸では分銅と呼ばれ、主に脚を目掛けて投擲し。紐や鎖を絡めて体勢を崩し、転倒させる目的で使用される隠し武器の一種だが。
どうやらカムロギは、今アタシが放った鎖を魔術文字による作成物ではなく。隠し持っていた武器と勘違いしたのだろう。
「これを……避け切れるかっっ!」
掛け声とともに、背中側の霧から飛び出してきたのは。おそらくはアタシへと向け、飛ぶ斬撃が放たれたのだろう。
だが、一つではなく複数の風を切り裂く気配。
「う、おッッ⁉︎」
今までは一撃しか放ってこなかった「飛ぶ斬撃」が。今回は、一度に三つの斬撃がそれぞれ異なる軌道を霧に描き、こちらを切り裂こうと高速で迫っていたことに。
不覚にも驚きの声を漏らしてしまうアタシだったが。
「だ……だけどねぇッ!」
次の瞬間には、さすがに三発もの衝撃を連続して迎撃し、叩き潰すのは無理だと判断し。大剣での迎撃を諦め、脚を使って回避することにした。
回避のため、迫る三発の斬撃の軌道を凝視していく内に。アタシはある事に気付いてしまった。
最初は一度に複数の斬撃が放たれた事に面食らって驚いてしまったが。よく観察すると、これまでの「飛ぶ斬撃」と比べ風を切り裂く音は弱々しく。心なしか小さく、威力が弱まっているように見える。
アタシはまず、飛来する斬撃へと向き直ると。
「それならこっちにも……遣様ッてのがあるんだよッ!」
最初に到達した一撃目の「飛ぶ斬撃」を、前進しながら身体を捻って回避する。
が、斬撃が横を通過する際にアタシの身体を僅かに掠め。露出した肌に裂傷が刻まれるも。
「ちッ……少し、カスったかい、ッ!」
傷は肌の表面、皮二、三枚を切った程度のごく浅いものだ。多少、不快な痛みではあるものの集中を切らす程ではない。
高速でアタシに迫る連続で三発もの斬撃を、背中を向けた状態から足捌きのみで避けるのは難しい。
ただ回避を成功させるためなら、大きく横に動けばよいだけだが。それでは反撃も出来ないし、回避後に大きな隙を生み出してしまう。
斬撃の軌道を読み切り、必要最小限の動きだけで三つの「飛ぶ斬撃」を避け切る。それがアタシの決断だ。
「コレで、二つ!」
同じように、首を狙った斬撃を、咄嗟に体勢を低く屈めることで何とか回避に成功する。
屈んだ際に、頭を掠めた斬撃が頭髪を捉え。アタシの後ろに切られた赤髪が散らばっていく。
……やはり。
先に回避した一撃目。そして今の二撃目の荒い狙いから理解したが。
ほぼ同時に三連続で「飛ぶ斬撃」を放った代償なのか、威力だけでなく。アタシを捉えていた筈の斬撃の軌道は、かなり大雑把な狙いとなっているように思えた。
「だが、その体勢では最後の一撃は避けられまい!」
確かにカムロギの指摘通りだ。二撃目を回避するために、強引に不安定な姿勢を取ったことで、前に進むのを停止してしまうアタシ。
脚を止めた以上、目前にまで迫った三撃目を回避するのは難しいだろう。
一見、圧倒的な劣勢に追い込まれたように思われた。
「……そいつは、どうかねぇ?」
そんなカムロギに、アタシは不敵に頬を釣り上げて笑ってみせる。
何故なら。
元よりアタシは、迫る三発の斬撃全てを避けてみせよう……などとは。微塵にも考えていなかったからだ。
飛んでくる斬撃は攻撃魔法ではない。ということは、大剣を防御に使う事だって出来る理屈だ。
「……ぐ、ッ!」
アタシは右腕に奔る痛みを何とか堪え、大剣を持ち上げて胸の前で構えてみせる。迎撃に、ではなく。幅広い剣の腹を真正面に見せて、大剣を盾に見立てた扱いで。
次の瞬間、大剣と斬撃がアタシの眼前で衝突した。
今回は衝撃を完全に力で抑え付ける必要はなく、ただ攻撃の威力を逸らし、弾き飛ばせればそれでよい。
しかも連続して「飛ぶ斬撃」を放った事で、これまで数度迎撃した衝撃より数段威力は低めとなっていた。
だからアタシは歯を噛み合わせ、大剣を握る右腕から伝わる衝撃と、右肩の痛みに耐えながら。
「が、あ、あ、ああああああッ!」
雄叫びとともに、右眼の魔術文字の魔力を腕に巡らせ。受け止めていた三撃目の斬撃の軌道を自分から逸らし、弾いていった。
それだけでは終わらせない。
先程、アタシの不利な体勢を指摘したカムロギの声は。間違いなく真正面から聞こえていたのだ。
ならば今度はアタシが、斬撃を放った隙を狙って反撃に出る番だ。
「魔を喰らう鎖よ! 敵を捕らえて離すなッッ!」
斬撃を弾いたばかりのアタシの大剣の切先から、掛け声とともに漆黒の鎖が飛び出て。三つの斬撃が飛び、アタシに声を掛けた人物の元へと一直線に向かっていった。
霧に姿を隠したカムロギを今度こそ捕縛し、霧の中から引きずり出すために。




