224話 アズリア、種明かしの代償は大きく
右肩を見ると、確かに刺突の先端が肩の裏側に貫通したはずの傷口には、突き刺さった筈の鋭利な凶器は既に残ってはいなかった。
「や……やっぱり……ッ!」
何故、アタシを傷付けた武器が残っていなかった、その理由も。反応出来得る距離以上に、カムロギの刺突の正体。風を纏った水の槍、だという事を見極めたからだが。
「──やはり。二度もお前に『天瓊戈』を見せたのは間違いだったか」
「ああ……おかげさまで、ね」
先を見通すのも難しい程に濃い霧の中、カムロギの声が聞こえてくる。刺突が放たれた真正面からではなく、おそらくは攻撃の後に素早く立ち位置を変えたのだろう。
霧の影響だろうか、声の位置を特定出来ないが。アタシは構わずに肩の痛みを堪えながら、霧の中にいるだろうカムロギと言葉を交わす。
「まさか、突きの構えを魔法の予備動作に組み込んで、威力を増す……とは、考えたねぇ」
カムロギの姿が霧に消える前に一度、今の離れた位置にまで届く刺突を放った時に見せた。左右二本の武器で同時に刺突を放つ構えは。
水属性の魔力を帯びた純白の魔剣「白雨」を利用し、水属性の初歩的な攻撃魔法「水の槍」を発動するための予備動作でもあったのだ。
本来、魔法の予備動作というものは。詠唱と同じく、術者の魔力容量や魔法の熟練度の不足を補う目的があるが。
別の視点から見れば、魔法の熟練度や魔力を増大させる効果が、詠唱や予備動作にはあるとも言える。
まあ……「発動に時間が懸かる」というのが魔法の弱点だ。それを克服するために編み出されたのが、無詠唱だったり予備動作の省略なので。発動を延ばす、という発想は盲点だったが。
驚くべきは、魔術師でもないカムロギが「予備動作によって魔法の威力を上昇させる」という手段に到達した事だ。
しかし、何故。手軽な詠唱ではなく予備動作での威力上昇を行なったのか。その答えも、アタシの中では結論が出ていた。
「突きの構えは、同時に風属性を帯びた黒い剣で、飛ぶ刺突を生み出したかった……違うかい?」
「驚いたな。よくぞ、そこまで」
だけど、アタシの右肩を貫いたのは「風を纏った」水の槍だった。
ただの「水の槍」ならば、いくら予備動作で威力を増したとしても。アタシの想定ではおそらく、肩を貫通する程の威力にはならないだろうから。
風属性と水属性、二つの攻撃魔法を同時に発動させるには。異なる二つの魔法を制御するための集中力や魔力が必要となる。戦闘の最中、アタシな「魔視」で見た限りでのカムロギの魔力容量では絶対に不可能だと断言出来る。
アタシとて、魔術文字を二つ同時に発動させる「二重発動」を行使するまでには。様々な困難を乗り越えてきたからだ。
大樹の精霊の理不尽な試練とか。
蠍魔族や焔将軍との死闘とか。
……話は逸れたが。
ならばカムロギは如何なる方法で、二つの属性を繋げ、絡めた一撃を繰り出したのか。
答えは、二種類の魔法を並行して使ったのではなく。水属性は「水の槍」の魔法と、風属性は「飛ぶ斬撃」を刺突に変えた剣技。別途の手段を同時に使ってみせたのだ。
「風を纏わせるために、突きは空振る必要があった。だからアンタは詠唱じゃなく、予備動作としての突きを放った」
魔法と攻撃を同時に重ねる。言葉にするのは容易いが、異なる精神集中を必要とする二種を同時に繰り出すのは容易な事ではない。
しかし、アタシは思い出す。
左右それぞれに握る白黒二本の武器を、二撃同時に一点に必中させるカムロギの剣の技量があれば。魔法に刺突を合わせる事など容易いのではないか、と。
カムロギの技量による刺突が合わさっているのなら、肩を貫通する程の威力にも合点がいく。
しかも、元々は攻撃魔法である以上「飛ぶ斬撃」のように、大剣での防御も意味がない。
全く、最後の一手と呼ぶに相応しい、とんでもない攻撃というわけだ。
「ほぼ、正解だ。だが──」
カムロギが「天瓊戈」と呼んだ攻撃の秘密を一つずつ紐解いていったアタシだったが。
こちらの仮定を、彼が肯定した途端。気が緩んだのか、右肩から激痛が一気に襲い掛かる。
「あッ……が……ぐ、ぐぐぐうぅぅッッ⁉︎」
「その代償は、大きかったな」
カムロギの言う通り。右肩の痛みは全身を駆け巡り、思考を遮り、身体のあちこちの自由を奪う。
辛うじて右腕は大剣を手放しはしなかったものの、肩の傷の影響で腕に力が入らない。これでは武器を振り回す事すら儘ならない。
「アズリア、お前との本気の勝負、楽しかったが……そろそろ終わりにしよう」
そうカムロギが発言を終わらせた直後。
鎧から剥き出しになった褐色の素肌が、火で炙られるような感覚。言うまでもなく、霧に姿を隠したカムロギの殺意がアタシに向けられているからだ。
「はッ……冗談、アタシはまだ本気じゃないッてえの……ッ!」
右肩に傷を負い、上手く腕が振れないならば。左手に大剣を持ち替えるべきなのだろうが。敢えてアタシは右手で握ったまま、防御の姿勢に大剣を構えていく。
動かす度に、右肩に激痛を覚えながら。
「試せるのは、せいぜい二回が限度……だねぇ」
何故、アタシが傷の痛みで満足に動かすことの出来ない右手で大剣を持ち続けているのか。動く左手を空けたままにしているのか。
それは、カムロギが霧の中から攻撃を仕掛ける瞬間を狙っていたためだ。
ただし狙っているのは、霧から姿を見せて斬り合ってくるか。もしくは先程の魔法を組み合わせた、離れた位置からの刺突であって。
普通の攻撃魔法や飛ぶ斬撃は含まれてはいない。
攻撃魔法に飛ぶ斬撃は、カムロギが移動しながら放つことが出来るため。霧の中での彼の位置を特定出来ないからだ。
気配と足音を殺しながら、霧の中に姿を隠すカムロギが攻撃を仕掛ける機会を窺っていると。
再び霧が渦巻き、鋭い何かが風を切り裂く音を鳴らし、迫る。
「──横、からかよッ!」
攻撃の気配は右側面から。
傷を負った肩を庇うため、真正面を向かずに。比較的、鎧を纏っている左肩を前面に大剣を構えていたからか。
アタシの右側面、つまり身体が正面を向けていた側から攻撃は向かってくる。
高速で一直線に迫るのは、水で出来た鋭い槍。
「ちぃ、ッ! 大口叩いて囮かよッ!」
つまりは本命ではなく、攻撃魔法である「水の槍」。
単純な軌道だが、魔法である以上は大剣による迎撃は出来ない。身を躱す以外の対処のしようがないアタシは。
精神を集中し、右肩から全身を駆け巡っていた不快な痛みを頭から消し。
迫る魔法を回避するためと、もう一つ。
霧の中のカムロギに少しでも肉薄するため。
地面を蹴り、魔法が放たれた方向へと前進を開始する。
「水の槍」
空気や土中に含まれる水属性の魔力を集束し、作成した水を鋭い一本の槍状に形成し、対象へと投射する水属性の初級魔法な攻撃魔法。
属性に遠距離攻撃を持たせる「◯の矢」よりも射程距離や速度は劣るが、威力は高く、魔法の軌道をある程度誘導出来る利点がある。
「秘剣・天瓊戈」
水属性の魔力を帯びた魔剣「白雨」から放った、予備動作で威力を格段に増強した「水の槍」に。
風属性の魔力を帯びた魔剣「黒風」から発生させた、刺突の属性を持つ衝撃波を同時に放ち融合させた戦技の一種。
魔法自体の威力も増しているが、纏った螺旋状に渦巻く風の刃がドリルと同じ効果を発揮し、貫通力を倍増させている。
しかも攻撃の軌道を決定するのは、あくまで「水の槍」なため。刺突にもかかわらず、軌道をある程度「曲げる」事が可能。




