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223話 アズリア、魔術文字の最適解とは

 さすがに大剣を手放し両手で魔術文(ルーン)字を描くほどの猶予(ゆうよ)はない。

 好機はただの一文字分のみ。


 アタシの最終的な目的から、魔力を大きく消耗し、動けなくなる事は許されない。だから魔術文(ルーン)字そのものに意思があり、発動する(たび)に意識を失う懸念(けねん)のある「九天の雷神(ウラヌス)」と「漆黒の咎人(ヒュペリオン)」は選択肢から外すとして。

 果たして、アタシはどの魔術文(ルーン)字を選択するべきか。

 そう考えた直後だった。


「──逃がさん」


 飛ぶ斬撃を放った直後、カムロギは前進して距離を詰めてくるのではなく。

 一直線にアタシを射抜くような鋭い視線とともに左右二本の剣の切先をこちらへと向け、力を溜める刺突の構えを取る。当然ながら、今のアタシとの距離は、そのまま刺突を放っても届きはしない程に離れている。

 と、なれば……カムロギの狙いは。


「さっき、見せた……あの刺突(つき)をッ!」


 アタシが飛ぶ斬撃に対応していた時には、カムロギは既に力を溜める動作に入っていた。つまり、考えていた以上に時間の余裕は残っていない。


 しかも、である。


 距離が開いたことによって。刺突の構えを取っていたカムロギの姿が、「幻惑の霧(ミスフォッグ)」で発生した白い濃霧の中に隠れてしまう。

 先程、カムロギが繰り出した刺突を避けられたのは、アタシの直感に(したが)った偶然からだ。もし、霧の中から切先の出所(でどころ)が分からず攻撃されれば。果たして、同じように避けられるとは到底思えない。


 カムロギの視線に殺気が込められる。

 一転、追い詰められたのはアタシだった。


「ッてコトは、これからアタシが発動させる魔術文(ルーン)字で──」


 そう。アタシは既に、右手のみで大剣を握り直し。空いた左手の指で身体の傷から流れる血を(ぬぐ)い、魔術文(ルーン)字の発動の準備は完了していた。

 先程と同じく「巨人の恩(ウニョー)恵」の効果を重ねて使えば、(ある)いは圧倒的火力で押し切ることが出来るのかもしれないが。

 それでは、今アタシに向けられた殺意の元凶、カムロギが構える鋭く伸びる刺突を凌ぎ切る事は敵わないだろう。

  

 ならば「巨人の恩(ウニョー)恵」よりも。この不利な状況を少しでも優位に変えるために、アタシが選択した魔術文(ルーン)字とは。

 剣に炎を纏う「灯せし灼(ケン)炎」でも、霧と同じ水を生み出す「生命の水(ラーグ)滴」でもなく。防御や治癒でもない。

 となれば、残る選択肢は二つに絞られた。


 氷結の魔力を発揮する「凍結する(イス)刻」と。

 魔力を縛る鎖を生み出す「軍神の加(ティール)護」だ。


 砂漠の国(アル・ラブーン)黄金の国(ホルハイム)との国境沿い、高山が並ぶスカイア山嶺(さんれい)にて。遭遇(そうぐう)した氷の精霊(セルシウス)から入手したのが、「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字だ。

 アタシの周囲に立ち込める濃霧が、水属性の魔力を帯びた現象(もの)ならば。「凍結する(イス)刻」の効果で凍結させ、強引に霧を晴らすことも可能かもしれない。


 一方、「軍神の加(ティール)護」の魔術文(ルーン)字を入手したのは魔王領(コーデリア)。獣の魔王リュカオーンが統べる魔族と獣人族(ビースト)が住まう大きな島だ。

 魔王様(リュカオーン)気紛(きまぐ)れで、島へと召喚されてしまったアタシは。偶然にも強大な魔力を封じる魔術文(ルーン)字を発見したのだが。

 見つけた時と同じように、「軍神の加(ティール)護」の魔術文(ルーン)字でカムロギの位置を特定し。二本の魔剣の魔力を抑える事が出来れば。


 示される選択肢に、アタシは迷う。


「凍結する(イス)刻に、軍神の加(ティール)護……どっちを選ぶ、アタシ?」


 どちらの魔術文(ルーン)字も、これまでに何度か戦闘中に活用したことはあったが。大概の状況を右眼に宿した魔術文(ルーン)字のみで乗り切ってしまっていたアタシは。

 果たしてカムロギとの戦闘で、使用頻度(ひんど)が少ない二つの魔術文(ルーン)字が有効に働くかどうか全くの未知数だった。

 

 それに、敵であるカムロギはアタシが悩む時間を律儀(りちぎ)に待ってはくれない。

 (むし)ろ、こちらが行動する猶予(ゆうよ)を。離れた位置から刺突を放つ事で、何としてでも短縮しようとするくらいだ。

 

「魔力は満ちた……いくぞ、アズリア」


 次の瞬間、姿が見えない筈のカムロギの両目から放たれていた殺気が一気に膨れ上がり。周囲に漂い、視界を覆い尽くす白い霧の流れが変わる。


 肌が()け付く程の殺意が、首に、心の臓に突き刺さるのをアタシは感じると。

 咄嗟(とっさ)に発動の触媒(しょくばい)となる血の付着した指で、魔術文(ルーン)字を幅広い大剣の刀身に描き。

 小声で発動のための力ある言葉(ワード)を口にして、新しく描いた魔術文(ルーン)字へとアタシの魔力を流し込んでいく。

 

「──天瓊戈(アメノヌボコ)っっ‼︎」


 突如として渦巻いた霧が鳥が鳴くような風切り声を上げ、霧の中から飛び出してきたのは。カムロギが構えていた双剣の切先にも似た、鋭い風の槍。


 いや、違う。


 ただ風属性の魔力と刺突を反応させただけなら、おそらくは先程からアタシへ放っていた「飛ぶ斬撃」と大差ない筈だ。

 濃霧を切り裂き、こちらに迫る風の槍の正体を見極めようと。その場から動かずに、風の槍を凝視(ぎょうし)し続けたアタシは。


「……見えたッ!」


 風の槍の「(しん)」と呼ぶべき箇所に、水のような塊を確認することが出来た。


 当然ながら。形を持たない風に比べ、液体ながら形を持つ水は風よりも重い。風属性の魔力や衝撃だけならば、飛ぶ斬撃を迎撃した時のように大剣を合わせ、叩き潰す事も可能だったろうが。

 より重量ある水を刃に見立てた戦技(わざ)ならば、迎撃を行うのは至難の(わざ)になる。

 いや……そもそも、カムロギが放ったのが刺突ではなく。刺突の構えを予備動作にした未知の攻撃魔法ならば、武器による防御は全くの無駄になる。


 しかし、アタシは。

 カムロギの伸びる刺突の正体を見抜くのに躍起(やっき)になり過ぎたあまり。迫る鋭い風と水の槍を避ける機会を逃がしてしまっていた。


「し、しま……ッ⁉︎」


 慌ててアタシは身体を捻り、地面を蹴って、斜め後ろへと飛び退()こうとしたが。

 こちらを貫き殺そうと迫る鋭い槍先から逃がれる事は叶わず、アタシの右肩へと突き刺さる風と水の槍。


「があ、ああああッッッッ‼︎」


 身体を(よじ)ったことで、急所に命中するのは何とか回避出来たが。

 右肩を貫通した傷のあまりの激痛にアタシは我慢をし切れずに、痛みによる絶叫を発してしまう。


 今、カムロギの放った刺突が貫いた箇所は。先に竜人族(ドラグナール)の女戦士・オニメとの戦闘で魔剣(カグツチ)に傷を負わされた箇所と同じだった。

 カムロギと交戦の直前に、お嬢(ベルローゼ)の治癒魔法で傷を塞いではもらったが。魔剣(カグツチ)で負った火傷(やけど)と肉を裂かれた傷を全て回復されたわけではなく。古傷を拡げられてしまった事で痛みが増大してしまったためだ。


「あ……当たっちまうとは、ねぇ……ぐ、ッ!」


 アタシは貫通する程の深傷(ふかで)を負った右肩を押さえながらも。何とか大剣を手放さずに、痛みでふらつきながらも両の脚で立っていた。

「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字と、氷の精霊セルシウスとの邂逅(かいこう)のエピソードは第3章の9〜12話で。

「軍神の加(ティール)護」の魔術文(ルーン)字と、それにまつわるエピソードは第5章の19〜24話で語られていますので、そちらも是非。

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