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221話 アズリア、刺突を警戒するも

 脚を止めての衝突、ではなく。発生する衝撃を逆に利用し。一歩、後方へと退()いて力を溜め、アタシはさらにカムロギと武器を交える。

 何度も鉄と鉄を激突させ、激しく武器を打ち鳴らす音と火花を散らす事、既に一〇を超え。何度、刃と刃を()り合わせたか。


 それでも力の拮抗(きっこう)が続いているのは、単にアタシとカムロギが放つ剣撃の威力が互角だからではなく。どの箇所を狙い、次の一撃を放つか……という相手側の思考や。頭に描いた事を実践(じっせん)するための技量。

 その全てが互角でなければ、成立しない境地にカムロギだけでなく、アタシも達していたからだ。

 

「ぐ、ッ、や、やるじゃないかッ! アタシとここまで打ち合える男なんて、そうそういるモンじゃないよ……ッ!」

「偶然だな。同じ事を、俺も考えていた、っ」


 その際、間近に寄ったカムロギの顔を覗いてしまったアタシは。彼が浮かべている笑みの種類を察してしまう。

 何故か、と問われたら答えは簡単だ。

 カムロギが今、剣を交えながら芽生えたであろう感情は。まさにアタシの胸中(きょうちゅう)に抱く感情と同じだと思うから。


(たの)しいぞ。この時間が続けばいい、と一瞬でも思える程に、な」


 (すなわ)ち、対等の実力を持つ好敵手に出会えた(よろこ)び。


「──だが」


 これ以上の拮抗(きっこう)を嫌ったのか、先に動きを見せたのはカムロギだった。

 力を溜めるために、武器が弾かれる衝撃を利用し後方へと跳んでいた距離が。これまでよりも一歩、いや二歩以上に開くと。


「アズリア。お前と違って、俺にはまだ戦う相手が残っている。終わらせるのは惜しいが、ここで決着を付ける」


 そう決意を口にしたカムロギが見せたのは、斬撃ではなく刺突の構えだった。

 左右に握る双剣の切先をアタシへと向け、弓の(つる)を引き絞るような体勢で、力を溜める。


「なるほど……ねぇ、『突き』ときたかいッ」


 刃が付いた武器で「斬る」ためには、武器を振りかぶり勢いを乗せる「横の空間」が必要だが。先端が鋭い武器で「突く」ためには、横ではなく「縦の空間」が必要となる。

 なるほど、カムロギはアタシを刺し貫くのに充分な威力を生み出すため、距離を空けたのだ。

 さらに、斬撃の軌道は一直線なため。腕を振る動作から、ある程度は剣の軌道を読む(・・)ことが出来るが。線、ではなく一点を狙う刺突は、攻撃の軌道を読むのが困難、という利点がある。

 おそらくカムロギは、刺突ならば攻撃の軌道を読まれずにアタシに傷を負わせられると踏んだのだろう。


 アタシは、刺突を繰り出すだろうカムロギの動きに警戒し、大剣を身構える。

 鋭い切先を届かせるためには、絶対に突撃を仕掛けてくるであろうから。


「……待てよ」


 だが一瞬、アタシの戦闘での(かん)が察知した違和感、それは。あまりにもあからさますぎる、目の前のカムロギの刺突の構えに、だった。


 確かに刺突には、攻撃の軌道の予測が困難という利点はあるが。攻撃が有効な範囲が狭く、しかも避けられた後の隙が大きいという欠点もある。

 だから普通は、連続攻撃の中に組み込み、不意を突く形で刺突を使う。今のカムロギのように、これ見よがしに構えれば、相手に警戒されてしまうからだ。

 それとも……アタシが避けられない、という絶対の自信がカムロギにはあるのだろうか。


「いや……そうじゃ、ねえ? あの、構え……ッ!」


 しかも今、カムロギとは互いに剣が届かない位置に向き合っている。だからこそアタシは、刃が届く距離まで縮めるため踏み込んでくる、と予想していたが。

 双剣の切先をこちらへと向けた構えの、カムロギの両脚は。前進してくるような重心の掛け方をしておらず。

 (むし)ろ、その場で溜めた力を解放するかのように、両脚は地面を踏み締めていた。


 これがアタシの違和感の正体。

 そして、もう一つの理由を頭に浮かべた瞬間。


「まず──」


 危機を察知するよりも先に、アタシの身体は真横へと大きく飛び退()いていた、が。


 真正面を向いた体勢のまま、横に跳躍したアタシの(ほお)がざっくりと大きく裂ける。


「──な?」


 真横に跳んでいなければ、(ほお)を切り裂いた正体不明の何か(・・)はおそらく、アタシの顔か首を切り裂いていただろう。

 傷を負った事で、アタシの横を通過していった何か(・・)に気を取られてしまっていたが。視線をカムロギへと戻すと。

 

「……外した、か」


 本来ならば、攻撃の刃が届かない距離にいた筈なのに。立っていたその位置で、左右二本の曲刀による刺突を前方へと放った後の体勢を取っていた。

 つまり、アタシの(ほお)を深く切り裂いた攻撃は、カムロギが離れた位置から放った刺突が原因だったのだ。


「いつ、気付いた?」


 渾身の刺突を繰り出したカムロギが、二本の刀身を横に薙ぎ、空を斬っていくと。何故か刃に付着していた水滴が飛沫(しぶき)として地面を濡らす。


 カムロギの問いに口を開こうとしたその時。裂けた(ほお)、そして耳の傷口から。遅れて血が流れ、顔に痛みが奔る。

 切れ味鋭い刃で素早く肉を斬られた場合、身体が傷を負った事を認識せずに血が流れ出すのや痛みを感じるのが遅れることがあるが。

 今、アタシが負った傷はまさにその(たぐ)いの傷だったのだろう。傷口の痛みと、首へと伝っていく血の量が、(ほお)に負った傷が浅からぬことを教えてくれていた。

 

 アタシは疼く傷口の痛みと灼熱(しゃくねつ)感に耐えながら、カムロギの質問に答える。


「アンタが、突きの構えを見せた時に、妙だとは思ったんだよねぇ」


 そう言ってアタシは、大剣を持たぬ左手でカムロギの足元を指差していくと。


「その脚が、教えてくれたのさ」

「……なん、だと?」


 どうやら、アタシが見抜いた重心の違和感を。本当に自覚がなかったようで。

 驚いた表情で、指を差された足元へと意識を向けたカムロギ。


「武器が届かないのに、前に出てくる気配がコレっぽっちもない、ッてのは。おかしな話だろ?」


 だが、重心の違和感だけなら。きっとアタシの警戒心の網には掛からず、カムロギの刺突を回避することは出来なかっただろう。

 危機を感じ、攻撃の直前に幸運にも真横へと飛び退()いた理由。それは、散々アタシがこの戦いの最中に苦しめられた「飛ぶ斬撃」の存在だった。


「で、アタシは考えたわけよ」


 刺突の構え、重心の違和感、そして飛ぶ斬撃。


 この三つの要素を総合してアタシが出した結論が。


「離れたアタシに斬撃が届くなら、刺突も届く(・・・・・)んじゃないか、ッてねぇ」

「なるほど。見事だ、まさか足運びだけで、俺の最後の一手……『天瓊戈(アメノヌボコ)』すら防ぐとは、な」


 カムロギは「防いだ」と思ってくれているが。危機を察知した身体が勝手に動いたから、(ほお)と耳を深々と斬られただけで済んだが。

 今一度、離れた位置から伸びる刺突を放たれたら、今度は回避、もしくは防御出来るかは(さだ)かではない。


 最後の一手、と今カムロギは口にした。


 これを凌いだ事で、カムロギの戦意が消沈してくれれば決着は付いたのだが。

 

「もっと……もっとだ! 俺は本気を出してみせた! 今度はお前の本気を出してみろアズリアあああああああ‼︎」


 戦意が()え、剣を置くどころか。カムロギの闘志は一層に燃え上がり。

 まるで雄叫(おたけ)びのようにアタシを挑発する大声は、周囲の空気を震わせ、露出した顔の肌で感じる程だ。

 膨らみ続けるカムロギの戦意に、アタシは思わず怯み、一歩後退(あとずさ)りそうになりそうになる。

 

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