219話 アズリア、加勢に動くベルローゼ
明らかに、様子がおかしい。
先程の攻撃魔法、「篠突く雨弾」は間違いなく不利な状況を脱する緊急避難が目的であり。
まさかカムロギも、今の魔法でアタシを仕留めたなどとは勘違いしない筈だ。
ならば、何故。
魔法が止んだ瞬間を狙って、こちらへ追撃を仕掛けてくる気配もなく。ただ呆然とカムロギは立っていたのか、がアタシは気になり。
眼を凝らし、立ち尽くすカムロギの様子を観察すると。
「胸を……押さえてる?」
纏っていた衣服の上から胸に手を当てていた仕草と、痛みに耐えるようなカムロギの険しい表情から。
アタシは一瞬。以前に彼が患った流行り病、それが完全に治癒しておらず。病による胸の痛みか、と勘違いしたが。
「い、いや、ありゃ、血だ……ッ」
よく見ると、胸を押さえていたカムロギの手の指と指の間から流れ落ちていたのは、どう見ても血だった。
という事は、血が流れる程の傷を胸に負ったのだろう。だが先程まで、刃と刃を合わせた時には確かにカムロギは無傷だったのに。
思い当たるとすれば、一つしかない。
「あの時の剣が、当たってたのかい」
本格的に魔法の直撃を受ける直前、アタシがカムロギに牽制代わりに放った大剣の一振り。
柄を握る指には、何の感触も残ってはいなかったが。どうやら苦し紛れの一撃は、カムロギの胸を衣服ごと斬り裂き、浅からぬ傷を負わせたらしい。
胸の裂傷が理由で、カムロギはアタシへの追撃を断念せざるを得なかった事を鑑みれば。
「やるじゃん……アタシ、ッ」
あの時、大剣を振るった自分を褒め、称賛の言葉を掛けてやりたい気持ちで一杯だった。
「ふぅ、ふぅ、っ……や、やるじゃないか、アズ、リアっ」
痛みで乱れた息を整えながら、カムロギが胸の裂傷を押さえていた手を離し、こちらを睨み据える。
何らかの治癒魔法を傷に使った様子はなく、傷から流れる血でカムロギの衣服に徐々に広がっていく赤い染み。
だが、手傷を負ったというなら。アタシも負けてはいなかった。
今でこそ「赤檮の守護」による防御障壁を身体の表面に張ってはいるが。魔術文字を発動する前に受けた、カムロギの「篠突く雨弾」の水滴が穿った傷。
アタシも、身体のあちこちから血を流していた。
「あ、アンタこそ……まさかあそこで魔法が飛んでくるとは、予想外だったよ……ッ」
カムロギが動く気配を見せないことから、アタシは魔力の消耗の激しい「赤檮の守護」の魔術文字の効果を解除し。
自分の身体が負った傷の具合を確認していた。
一見、全身から血が流れ、深傷を負っているかのようだが。一つ一つの傷はそこまで深刻ではない。
勿論、浅かろうが傷は傷だ。身体を動かせば傷が痛むのは当然だが。歯を食い縛れば我慢出来ない痛みではない。
アタシが全身を駆け巡る痛みに耐え、押し殺そうと息遣いを整えていくと。
「──なあ」
距離を空けて向かい合わせのカムロギも、また同時に息を整え、左右の手に握っていた双剣を構え直していく。
「このまま戦りあえば、どっちかは死ぬ……だろう、ねぇ」
「寧ろ。それこそが俺の望むところだ」
「ああ、そうかい。そうだったねぇ」
このまま戦闘を再開する……前に。アタシはカムロギと言葉を交わす。
先に、この戦闘の意義をカムロギに問い掛けた際には。目眩しに発生させた霧の中に逃げられてしまったから。
フルベの街の郊外でカムロギと別れた時、アタシは。彼と次に剣を交え戦う機会が訪れた場合には本気で戦え、という約束を交わした。
それに、カムロギと他三人が傭兵団を名乗った以上。雇い主であるジャトラに従うのも、理解は出来るし。
アタシとユーノ、ヘイゼルでカムロギの仲間を倒し、生命を奪った敵なのは間違いないのだ。アタシとカムロギが戦う動機は、最早約束だけではないのだ……が。
本当にそれだけなら、カムロギが言葉を詰まらせ、アタシの追及から逃がれる必要はどこにもなかった筈だ。
つまりまだアタシは、カムロギの本心を聞き出せていないという事になる──ならば、と。
言葉を切り出そうとした、その時だった。
「もう──我慢がなりませんわ!」
突然、カムロギと交わしていた会話に割り込んでくる、何とも勇ましい大声を発したのは。
負傷したユーノやフブキの治療と護衛を任せ。アタシらの一騎討ちを遠巻きに控えて貰っていたお嬢だった。
「お……お嬢、ッ?」
「退がりなさいな、アズリア。その傷ではいくらお前でも満足に戦うのは難しいでしょう」
どうやらお嬢は、アタシが全身に負った傷を大層な深傷と誤解したらしく。血を流したアタシを一度退かせ、カムロギとの戦闘を代わろうとする。
そう言いながらお嬢は、腰から聖銀製の刺突剣……ではなく。もう一本、腰の後ろに構えていた白薔薇の装飾が施された長剣を抜き。
「後は私とセプティナ、その他護衛が引き継ぎますわ──お前たちっ!」
黒髪の女中や、カサンドラやファニー、エルザら獣人族の三人組へと号令を掛けるお嬢。
四人は躊躇う様子もなく。武器や魔法の杖を携え、お嬢に次いで戦闘の姿勢を取っていくが。
アタシは加勢しようと意気込んでいたお嬢らへ、広げた手を突き出していき。戦いに割り込んでくるのを制する。
「それにゃ、及ばないよ……ッてか、アタシの戦いに、勝手に割り込んでくんじゃないよッ」
「ば、馬鹿なのですかお前はっ⁉︎」
戦闘への介入を止められると、女中と三人組の足はピタリと止まったが。お嬢だけは足を止める事なく、こちらへと駆け寄ろうとする。
介入を制された事が納得がいかないのか、アタシに苛立つ感情を隠さずに。
何故か「アタシを追ってきた」と話すお嬢だが、彼女の治癒魔法でフブキが危機的状況を脱したのも確かだ。その点は感謝している。
だが、フブキを治療してくれた事への感謝と、カムロギとの一騎討ちに勝手に加勢をしようとした事は別物だ。
不機嫌な様子で暴言を吐くお嬢に対し、アタシは鋭く睨みを利かせる。
「その傷、それでどうやって──ひ、いっっ⁉︎」
幼少期の頃もだったが、喋り始めたお嬢にどんな言葉を掛けても、まるで聞く耳持たずという態度だったので。
そういう時は、敵意を視線に込めてお嬢の顔を真っ直ぐ睨むと。向こうが勝手に怯んでくれた。
だから今回も同じ手法を取って見たのだが、効果は抜群だったようだ。
「何だい? じゃあお嬢、アンタは……アタシが負けるッて思ってるワケかい?」
「ち、違っ……わ、私は、で、でも、ですからっ、ただ、っ!」
視線の圧力に押されたのか、言葉を上手く話せなくなっていたお嬢。
まあ、お嬢が加勢する心情も理解出来なくはない。
カガリ家の事情は知らないまでも、二の門を守る四本槍を撃破した以上。アタシがカムロギに敗れれば、次に剣を交えるのはお嬢らの番だ。
ならば、懸念すべき事を一つでも減らしておきたいと考えるのは、帝国貴族の頂点でもあるお嬢らしい思考と言えよう。
──けれど。




