216話 アズリア、カムロギとの問答
「アンタは、何のために戦ってるんだい?」
そうアタシが話題を変えた途端。カムロギの表情が変化が見える。
先程まで、自分の持つ二本の魔剣についての説明を嬉々として語っていた時とは違い。今のカムロギの顔からは笑みが消え。冷静さを装ってはいるが、明らかに焦りの色が滲んでいた。
変化が見えたのは表情だけではない。
拮抗を保っていたアタシの大剣とカムロギの双剣、僅かにではあったが……その力の均衡が崩れる。
アタシの力が増したのではない。おそらく顔には出さないが、内心で動揺しているカムロギの剣を握る腕力が緩んだのが原因だ。
「さっきアンタは仲間の敵討ちだ、って言った。だが、アタシが聞きたいのは戦う動機じゃない、アンタが何でジャトラに従ってるのか……それを知りたいんだ」
今までアタシが聞いてきた話を信じるなら。彼は、フルベの街の郊外で戦争で親を亡くした孤児や、元は武侠だった者らを集め盗賊団を組織していた。
その仲間らが流行り病に罹った時も、手段こそ悪かったものの。カムロギが病に罹患した仲間を思う気持ちは痛い程伝わってきたからこそ。
アタシは、魔力が枯渇する限界まで魔術文字による治療を続けたのだ。
仲間の敵討ちという動機も合わせ、情の厚いカムロギが。人間を餌程度にしか考えていない魔竜に従うジャトラに、果たして賛同をするだろうか。
……そもそも、孤児が街からあぶれた理由はジャトラ配下の領主が、孤児を保護する街の政策を廃止したからではなかったのか。フブキの姉・マツリからカガリ家当主の座を強奪するための資金として。
「そ、それ……はっ」
アタシの問い掛けに返答しようとしたカムロギだったが、言葉を詰まらせると。
顔を向き合わせながら、互いの武器を拮抗させる状況を嫌ったのか。カムロギは後方へと跳躍し、再び濃い霧の中へと姿を隠してしまう。
「く、っ──!」
「ま、待ちやがれッ?」
まだこちらの質問にカムロギが答える前に、霧に紛れて後退するカムロギを大声で呼び止めるアタシ。
確かにカムロギに動揺が見られた時から、力押しは劣勢に傾いていた。このまま続けていれば、アタシが押し切っていたかもしれない。
逃げるならば、と。
アタシは重心を前に傾け、足を前に踏み出し。再び霧の中で姿を見失わまいと、後ろへ飛び退くカムロギを追撃しようとする──が。
視界を覆う霧の中から飛んできたのは、カムロギの漆黒の刃から放たれた斬撃だった。
攻撃魔法とは違い、魔剣が帯びた風属性の魔力を利用し、斬撃を武器が届く範囲外に飛ばす……という方法での。
しかも斬撃はアタシの首筋を狙うような真横に一直線の刃の形状で、わかりやすく真正面から迫ってくる。
このままカムロギを追うために前進を続ければ、迎撃するより先に首に刃が届き。アタシの首は胴体と永久に別れを告げる事になるだろう。
「ち、ぃッ! ご丁寧に置き土産かいッ?」
縦に振り抜くのではなく、横に広がった斬撃は至近距離で放たれると回避は困難だった。体勢が崩れる程に大きく屈めば、或いは躱せるかもしれないが。
いずれにせよ、飛ぶ斬撃に何らかの対処をすれば。カムロギを追撃する機会を失ってしまう。だったら一番確実で、体勢を崩さない方法をアタシは選択する。
つまりは、大剣の威力で斬撃を押し潰すのだ。
右眼の魔術文字だけなら、風切る斬撃を迎撃出来ても、相殺出来なかった威力と衝撃で手に痺れを残してしまったが。
今は右眼に加え、左の肩にも「巨人の恩恵」を発動させ。普段以上に全身の筋力を増強している状態だ。
「だけどね、今のアタシにゃ……その程度ッ!」
アタシはカムロギの追撃を諦め、突進しようと前方へ飛ばしていた意識を一旦戻すと。
咄嗟に頭上へと大剣を掲げ、力を溜めていくと。眼前にまで接近した風の刃へと、力任せに持っていた武器を叩き付けていき。
カムロギの漆黒の刃……確か「黒風」と呼んでいた魔剣から繰り出された、遠距離まで飛ぶ斬撃を叩き潰したアタシだったが。
カムロギの最大の目的である「霧に姿を隠す」事は阻止出来なかった。
「く、ッ……このままじゃ、消耗戦だよ……ッ」
周囲を霧に覆われた、立ち位置すらわからぬ場所で思考に耽る。
勿論、周囲への警戒は怠らずに。
一見、カムロギの攻撃を凌いでみせ、互角に思えるアタシとカムロギとの対決だが。状況は限りなくアタシに不利だ。
霧に紛れて「黒風」による斬撃を飛ばされ続ければ、いくら霧が軌道を教えてくれるとはいえ。周囲へ張り巡らせた警戒心で、徐々に心が擦り減り疲弊してしまうし。
だからといって、霧の中からカムロギを発見する都合の良い手段など。所持する魔術文字を含め、アタシにはなかったりする。
しかも、今。アタシは既に二つの魔術文字を同時に発動する「二重発動」を使用している最中だ。
左右二撃を一点に交錯させ、威力を飛躍的に上昇させる攻撃や。「黒風」による飛ぶ斬撃を難無く防御出来ているのは、二重発動を維持しているからだが。魔力の消耗が激しい状態を、いつまでも維持出来るわけではなく。
このまま戦闘が長引けば、アタシの魔力が底を突き、カムロギに対抗する術を全て喪失してしまう。
ふとアタシは「出来ない」とわかっているのに、弱気な言葉を漏らしてしまう。
「こんな時、霧を吹き飛ばすような魔法が使えたら、状況をひっくり返せたかもしれないねぇ……」
そんな考えが頭を過ぎったのは。カムロギに挑む直前に再会を果たした、海の王国出身の獣人族の冒険者三人組。
その内の一人、鹿人族の魔術師の少女・ファニーが強力な風属性の魔法を扱う姿を思い出していた。
アタシは魔法を使えないからだ。
遥か古代に使われていた魔術文字を使うアタシだったが。代償として、皆が使っている通常の魔法をアタシは扱う事が出来ない。
魔術文字を扱う以上、アタシには魔力はある。詠唱や予備動作など魔法を発動させるための条件は揃えてみたが、それでもアタシは魔法を使う事が出来なかった。何度、挑戦してもである。
確かにこれまでの旅路で、魔術文字があった事で解決したり、困難を跳ね退ける事が幾度もあったのは事実だ。
だが、魔術文字をアタシが宿したことで。幼少期にお嬢を始めとした帝国の人間に虐げられたのも、また事実だし。
魔術師に師事し、魔力と詠唱、動作などを教われば扱えるようになる一般に普及している魔法とは違い。大陸中を旅して八年で、入手した魔術文字の数はたったの一〇。
しかも、である。入手した魔術文字の全部が、普通にアタシに力を貸してくれたわけではない。
アタシの全身を覆う金属鎧が、左右非対称という特殊な構造になっているのは。魔術文字との契約の時に交わした「誓約」のためだ。
装甲に覆われている身体の左側と違い、肌の露出の多めな右側が傷を受ける事がやたらと増え。
──それだけではなく。
「その内の一つは、あと二回。いや……三回使ったら身体を乗っ取られちまうから、実質あと一回、か」
以前、アタシは海の王国の王都を襲撃しようとした存在と対峙する事となった。
共闘したユーノや、王都や海軍に加勢したヘイゼルに獣人族三人組のお陰で、敵を退けるのに成功したが。
敵は最後に深淵の魔剣の魔力を暴走させ、発生させた大海嘯で王都を飲み込み、壊滅させようと目論む。
その時に力を貸してくれたのが、他の魔術文字とはまるで違った。強大な力を発する「漆黒の咎人」という魔術文字だったが。
代償として「漆黒の咎人」はアタシの身体の支配権を要求してきたのだ。




