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214話 アズリア、視界を覆う白い濃霧

 咄嗟(とっさ)、アタシはこれまでの旅路で入手、(ある)いは譲渡(じょうと)された魔術文(ルーン)字を頭に浮かべ。どの文字を刻み、魔力を引き出そうかを考える。

 あくまで劣勢を転ずるための効果だ。二つの魔術文(ルーン)字を同時に発動させる「二重発動(デュアルルーン)」を用いる以上、魔力の消耗が大きい選択は出来ない……となれば。


 アタシの指は、既に魔術文(ルーン)字を左の肩に描き終えると。魔術文(ルーン)字を発動させるための詠唱、力ある言葉(ワード)を素早く紡いでいく。


「我に巨人の腕と翼を──wunjo(ウニョー)!」


 力ある言葉(ワード)に応え、アタシの血で描いた魔術文(ルーン)字が赤く輝き出すと。

 右眼に宿る「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字の効果を上乗せするように。左肩に輝いていた「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字は、アタシの体内に蓄積された魔力を喰らい。さらに大剣を握る左腕に巡らせていった。


 見た目こそ大きな変化はないが。二つの筋力増強の魔術文(ルーン)字の効果を受けた大剣の威力は、先程とは比較にならない。


 ──だから、当然。


 カムロギが振るった剣閃の一つと、アタシの左腕から放たれた大剣が空中で交錯し、激しく火花を散らすと。

 

「ぐ……っ、っ⁉︎」


 二つの魔術文(ルーン)字の効果を乗せた、アタシの大剣の威力を殺し切ることが出来ず。アタシの隙を突こうと振るった武器が、徐々に押し戻されていき。

 カムロギの表情に、驚きと焦りの色が浮かぶ。


「……う、嘘だろ、いや、さっきまではっ?」


 互いに激突した武器から伝わった衝撃の強さが想定外だった事に、である。

 慌てて動揺したカムロギは前進の足を止めるも、もう一方の曲刀の軌道を修正する。

 押し切られるより前にアタシに攻撃を当てるか、もしくは二本の武器でアタシの大剣を弾き返そうとする算段なのだろうが。


 対照的に、自分の思い通りに事が運んだためか、アタシの口元には笑みが浮かび。さらにカムロギの懐へと大剣を押し込んでいくと。


「このまま押し切ってやるよおオオオッッ‼︎」


 アタシは雄叫(おたけ)びとともに、右眼と左の肩、二つの魔術文(ルーン)字の魔力をさらに左腕へと巡らせていき。

 柄を潰しそうな勢いで握り締めた大剣で、二撃目の刃が届くより早く、刃を合わせた曲刀ごと。怯んだカムロギの身体を、強引に後方へと吹き飛ばしていった。

 

「う! おおおっっっっ⁉︎」


 遅れて、カムロギが振るったもう一方の曲刀の刃がアタシの眼前を掠めていく。


「あ、危ねぇ、ッ!」


 剣を振るった当人が後方に吹き飛んでいった事で、刃はアタシに届かなかったが。

 力で押し切るのがあと一瞬でも遅れていれば、カムロギの斬撃はアタシの顔か首を捉えていただろう。

 しかも……である。

 顔を掠めた今の一撃で、アタシは後方に吹き飛んでいったカムロギを追撃する絶好の機会を逃がしてしまった。


「や、やられた、ねぇ……ッ」


 一方で、アタシの大剣の威力に押し負け、後方へと吹き飛ばされたカムロギだったが。地面に転倒するのはどうにか回避したものの、体勢を大きく崩し片膝を地面に突いてしまう。


「ぐ、っ……!」


 攻勢から一転、苦々しい表情を浮かべたカムロギには大きな隙が生まれる。


 つい先程まで痺れが残っていた利き手である右の指も、既に感覚を取り戻していた。

 アタシは、カムロギの連続攻撃の入りを封じた左腕の活躍を褒めながら。再び、利き腕である右手に大剣を持ち替えると。


「今度はこっちから攻めさせてもらうよカムロギッ!」


 アタシは見えない風の一撃を警戒し、真正面からではなく。膝を突いたカムロギの左側面へと回り込むように、アタシは地面を駆ける。

 二つの魔術文(ルーン)字の魔力を、今度は地面を蹴る両脚へと流し込んで。


「──まだだっ!」


 弧を描く軌道で距離を縮めようと突撃するアタシに対し。カムロギは、ただ黙って立ち上がろうとするだけではなかった。

 手に握っていた曲刀で数回ほど空を斬り、おそらくはアタシへ向け「見えない斬撃」を繰り出しているのだろう。

 ……だが。

 

「は、速い、っ⁉︎」


 二つの「巨人の恩(ウニョー)恵」の魔術文(ルーン)字の魔力を帯びた両脚での疾走速度は凄まじく。戦場に吹き荒れていた強風ですらも、アタシの脚を阻害するには最早(もはや)力不足だった。


 横へと逸れる軌道を描いていたこともあり、カムロギが放ったであろう風の一撃では捉える事が出来ず。

 アタシが通り過ぎた後の地面には、見えない斬撃の痕跡(こんせき)が次々と刻まれていき。


「後ろを取ったよカムロギいッ!」


 カムロギの側面から背後へと回り込むのに、アタシは見事に成功する。

 こちらに背中を向けたカムロギは、迫るアタシに見えざる斬撃を直撃させるのを優先したからか。まだ片膝を突いた体勢のままだった。


 圧倒的にアタシに有利な状況。

 にもかかわらず、だ。


「……後ろか。たしかに、そうだな」


 背後を取っていたため、カムロギの今の表情を(うかが)い知ることは出来ないが。

 口から漏れた声には少なくとも、焦りや危機感を含んでいるようには聞こえなかった。


 アタシは咄嗟(とっさ)に警戒心を強めるが。

 

 この一撃で決着を付けられなかったとしても、カムロギに深傷(ふかで)を負わせれば。戦況はアタシ優位に(かたむ)くだろう。

 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)が剣閃を鈍くする。ならばこの場面では、警戒よりも攻勢に出るべきだと決断し。

 大剣の攻撃範囲へと足を一歩、踏み込んだ。


 その──瞬間だった。


「敵を惑わせ。白雨(びゃくう)


 カムロギが誰もいない自分の前方に、持っていた曲刀を振るった途端。今まで吹き荒れていた強い突風が、突然止んだと思ったら。

 今度は戦場となった辺り一帯に濃い霧が立ち込め、アタシの視界を一気に覆ったのだ。


目眩(めくらま)し?……だ、だけど、ッ!」


 あまりにも濃い霧は、少し先ですら白く覆うほどで。アタシの視界は斬り付けようとしていたカムロギの背中すら見失う。

 だが、それでも。

 カムロギの背中に届く距離まであと数歩。


「それくらいでこの不利な状況がッ!」


 アタシはつい先程まで、そこにあった目標(カムロギ)に向け。頭上へと掲げた大剣を、躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろしていく──が。


 肉や鎧を斬った感触はなく。

 アタシの刃は足元の地面を大きく(えぐ)っただけ。

 カムロギの背中を捉えることが出来なかった。


「こ、この距離で……アタシが、外し、た?」


 霧が発生する直前まで、アタシの数歩先には確かにまだカムロギが片膝を突いた体勢のままでいた筈なのに。

 いくら霧で視界が(さえぎ)られたとはいえ、数歩先という短い距離で、攻撃を空振りしてしまったことにアタシは呆然(ぼうぜん)とする。


「……だ! だとしたら、アイツは一体ッ?」


 しかし、アタシの攻撃が外れたということは。

 (かん)(にぶ)り、見当違いの場所に大剣を振り下ろしたのでなければ。おそらくカムロギは何らかの方法で霧を発生させてから、場所を移動したのだ。

 先程までのアタシと同様に、不利となった状況を一転させるために。


 アタシは霧に覆われ、視線が通らない事を承知で周囲を見渡していく。見失い、霧の中に姿を隠したカムロギがどこから姿を見せるのかを警戒して。


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