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213話 アズリア、カムロギが笑った理由

 一等冒険者(ベルドフリッツ)との対決は、アタシが王国(シルバニア)を退去する原因となった事件だけに。あまり思い出したくはない過去ではあったのだが。


「全く、世の中ッてのは……何が役に立つか分かったモンじゃないねぇ」 


 ベルドフリッツが何度か風の刃を浴びせ、身体を切り刻まれた経験と感覚があったからこそ。アタシは今、カムロギが放った見えない一撃を事前に察知し。

 カムロギが振り抜いた曲刀の動きと、周囲の風を切り裂く音の異変。迫る斬撃に乗った殺意と、カムロギの視線……という複数の情報を読み取ることが可能だったのだ。

 そうでなければ、今頃。アタシは身体のいずれかの箇所に、見えない風の斬撃によって深傷(ふかで)を負っていただろうから。


 ──()いて言うなら、周囲に巻き起こっている風の異変を耳で感じた時点で。左眼で魔力の流れを眼で視ることが出来るようになる「魔視(まし)」を使っていれば。

 もう少し簡単に、カムロギが放った目に見えない風の一撃が迫る距離や位置を割り出す事が出来たのかもしれない。


「でも、まあ……そういう経緯(いきさつ)だったんだよ」

「……よく、わかった」


 そう(つぶや)いたカムロギは、顔を伏せたままアタシの説明を黙って聞いていたため。一体、何を考えているのかを表情から推察することは出来なかったが。

 見れば、握っていた右腕の曲刀がカタカタと震えている。


 本気で戦う、と約束はしたが。カムロギとは流行り病を治療した短い間ではあったが、言葉を交わした相手でもある。


 左右二撃を交差させ、瞬間的に凄まじい威力を発揮させる戦技(わざ)に加え。見えない風の斬撃をもアタシは防御してみせた。

 これで攻め手を出し尽くしたカムロギが戦意を失い、剣を納めて抵抗を止め。三の門を通してくれるのなら、それに越した事はないのだが。


「……面白い。アズリア、やはりお前は……俺が睨んだ通りの技量を持つ相手だった、ということか」


 どうも、アタシが希望する展開にはなりそうになかった。

 というのも。カムロギが伏せた顔を上げると、浮かべていたのは不敵な笑み。その嬉々(きき)とした表情からは、とても戦意を喪失した様子など読み取れなかったからだ。

 顔を上げたのと同時に。周囲に渦巻いていた風の勢いが増し、アタシの身体に強く吹き付けてくる。まるでカムロギの感情が乗り移っているかのように。


「か、カムロギ、笑ってやがるのかい、ッ?」

「……ああ、俺は笑ってるのか」


 アタシが指摘したことで、ようやくカムロギ本人は自分が笑っているのを認識したようだ。

 口端を釣り上げ、愉悦(ゆえつ)を感じているようなカムロギの笑顔に。底知れない何か(・・)を感じ取ったのか。

 アタシは背中に寒気が奔るのを感じ、思わず警戒心を強め、大剣を構え直していく。


「そりゃ嬉しいだろ。ようやくこの『黒風(こくふう)』の力を存分に使える相手に巡り会えたんだからな」


 そう言いながらカムロギは、右手に握っていた曲刀を先程と同じように無造作に振り抜いていく──と。

 

「……来る、ッ!」


 アタシの耳が再び、周囲で吹き荒れる強風を切り裂き、迫る音を拾った。

 カムロギの振るった刃から放たれた、「見えない斬撃」の軌道を判別するために。アタシは左眼で「魔視(まし)」を使い、高速でアタシに迫る風属性の魔力を斬撃の位置を察知した。

 まだ自分との距離には余裕があり、今度は無理に迎撃を選ばすとも。風の刃の軌道を読み切り、回避をしようと試みるも。

 風の刃とは別途に、周囲に吹き荒れた強風がアタシの動きを阻害するように身体に吹き付ける。


「こ、これじゃ、満足に避けられやしないじゃないかッ!」


 周囲に渦巻く風が強すぎて、アタシは回避行動を断念せざるを得ず。

 先程と同じように、大剣で迎撃しようとしたその時。


「お前には『見えてる』ようだが。俺の攻撃と同時に、だとしたら……どうだ!」


 大剣の攻撃範囲の外側から、風属性の魔力による斬撃を飛ばしてきたカムロギの脚が動く。二本の武器を構えた体勢で、アタシとの距離を一気に縮めてきたのだ。

 風の斬撃を迎撃するため、大剣を振り回したアタシの一瞬の隙を突いて。


「ちぃ、ッ!……こっからどうしろってんだい!」


 迎撃を強引に止めれば、大剣を握る右腕に振り抜いた勢いと武器の重量が一気に襲い掛かり。腕を痛めるかもしれない。

 先に、カムロギの反撃で腹が裂かれるのを避けるために無理な体勢で突進を止めた際。脚を痛めたように。

 それに前進してくるカムロギに警戒し、腕を止め、大剣を迎撃の途中で制止したとして。ならば迫る風の斬撃にどう対抗するというのか。


 だからと言って。


 このまま見えない風の斬撃を迎撃すれば、カムロギは当然その隙を見逃がす筈はない。大剣を構え直すよりも先に、アタシに二本の曲刀による攻撃を浴びせてくるだろう。

 咄嗟(とっさ)に身を(かわ)す動作も、まず間違いなく間に合わない。直接の刃を止める(すべ)は、アタシには皆無(かいむ)だろう。


「……なら、どうする? どうする、アタシッ!」


 だが、いくら頭を悩ませても。目前に迫る見えない一撃と、距離を一気に詰めて連続攻撃を仕掛けてくるカムロギ。その双方に対し、有効な策をアタシは思い付く事が出来ず。


「残念、時間切れだ。アズリア」


 最初の行動のまま、アタシが握る大剣が振り下ろされ、見えない風と空中で衝突する。


 先程のように。

 何かが弾けたような音と同時に衝撃が発生する。 


「ぐ、うぅッッ⁉︎」


 しかも先程の時とは違い。空気を強く震わせた衝撃が、アタシの(ほお)を切り裂いていき。風が弾けた時の音がまだ耳の内側で響いていた。

 大剣を握る手の指には風の塊を吹き飛ばした時の衝撃で、再び痺れを残してしまう。


 先程、離れた位置からカムロギが風の斬撃を放った際は、手の指の痺れが抜け切るまで会話で時間を稼ぐことは出来たが。


「風斬る刃に対処出来ても、その手で俺の攻撃まで凌げるか!」


 今回ばかりは既に、曲刀の攻撃範囲にまでカムロギの接近を許してしまっていたし。アタシの手が痺れている事も露見(ろけん)していた。

 とてもではないが、手に痺れがある状態ではカムロギの凄まじい威力の斬撃をまともに受け切る事は不可能だ。


「そりゃ、この痺れた手じゃカムロギ、アンタの攻撃を受けるのは無理だろうけとさ……」


 だが、この時。アタシが大剣を握っていたのは右手だけ。

 まだ空いている手がもう一本、アタシにはあるのだ。


「左手なら、問題ないんだ──よおッ!」


 アタシは痺れた右手から、左手へと大剣を持ち替えて。目前にまで接近していたカムロギに対抗しようとする。

 勿論(もちろん)、アタシの()き腕は右腕だ。左手では右ほど(うま)く扱う事は出来ず、カムロギの左右二本の武器を矢継(やつ)(ばや)に繰り出す連続攻撃に対処するのは難しい。


 だからアタシは、大剣を手離したまだ痺れが残っている右手の指で。見えない風の一撃を粉砕した時に、切り裂かれたばかりの(ほお)の傷を撫でる。

 

 この状況を打破するために必要な。

 魔術文(ルーン)字をこの身に描くために。


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