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212話 アズリア、襲い来る不可視の風の刃

 幾多(いくた)の戦場を駆けたアタシの(かん)が、嫌な予感を告げ。

 直感に従い、カムロギの動きを牽制(けんせい)しようと一歩前に踏み出した、その瞬間。


「……っあ!」


 カムロギへの接近を阻むかのように、強い突風がアタシの真横から吹き付け。同時に鋭い痛みが(ほお)に奔る。

 何事か、とアタシが痛みを感じた箇所(ほお)に手を伸ばすと、ヌルッとした感触。見れば、指先には赤い染みが付着していた。


(ほお)が、切れてる?」


 アタシはもう一度、カムロギとの距離を確認する。だが、何度見返しても、(カムロギ)が持つ二本の武器の攻撃範囲にアタシはまだ踏み込んではいない。


「カムロギ……何をしやがったんだい?」


 ならば、アタシの(ほお)に傷を付けた攻撃(モノ)の正体を勘繰(かんぐ)るため。

 一旦、踏み込むのを躊躇(ちゅうちょ)し。再びカムロギの二本の武器を、左眼で発動した「魔視(まし)」での観察を試みようとする……が。


「お前に考える時間は与えんぞ、アズリアっ!」


 こちらが接近を躊躇(ためら)った、と見たカムロギは。魔力を帯びた二本の武器を構え、アタシとの距離を詰めてきたのだ。

 と同時に。先程アタシの真横を吹き抜けていった強い突風が、再び吹き始める。


「さ、さっきから一体何だい、この風はっ!」


 どうやらこの突風はアタシがどの方向に動こうとしても、その(たび)に吹く方向を変化させ、アタシの行動を阻害する。まるで風そのものに意志が宿っているかのように。

 だが、それは普通の人間に限った場合だ。右眼の魔術文(ルーン)字で全身の筋力を増強させている、今のアタシにとっては。行動を阻害される、という程の風ではない。

 問題は、もう一つの要因だった。


「ぐ、ッ──あ、(つう)ッ!」


 今度は、腕甲(ブレイズ)で覆った左腕と違い、肌を露出させている右腕の肌が裂け、血を滲ませる。


 アタシへ強く吹き付ける風には、まるで「風の刃(エアスラスト)」が織り込まれているかのように。風がアタシの身体を吹き抜けていく(たび)に、露出した肌を切り裂いていった。

 一つ一つの傷は、表面を浅く切る程度。血は流れはするが、大した傷ではない。が……肌を切り裂かれる時に傷に奔る痛みと不快感は、集中を妨害する厄介な効果。


「痛いッ……痛い、痛い、痛いッ!」

 

 (ほお)や右腕に続き、肌を露出させた箇所に次々と裂傷を刻まれていき。全身に奔る痛みで思考するどころではないアタシ。

 ──そこへ。


「アズリア、その生命──貰った‼︎」


 距離を詰め、攻撃範囲の内側へと踏み込んできたカムロギの斬撃が放たれる。今度は左右同時に、ではなく、左手に握る一本のみだが。


「だ……だけど、ッ!」


 アタシは歯をギリギリと強く噛み合わせながら、肌を切り裂かれる痛みに耐え。反応が遅れたものの大剣を構えて、カムロギが放った斬撃に攻撃を合わせていく。


「な、何だと? 風の結界()の中で、まだ動けるというのかっ!」

「さっきの攻防(やりとり)で、アンタの剣の威力は見切った……もう、負けやしないよッ!」


 最初、カムロギと剣を交えた際にアタシが大剣を弾き飛ばされたのは。左右二発の攻撃を同じ箇所に同時に命中させるという「神業(かみわざ)」と呼んでも差し支えない技量を発揮したからであって。

 同じ条件でアタシとカムロギが打ち合ったならば、武器の重量と膂力(りょりょく)からアタシに分があるのは。先程、壁際に追い詰められた際の攻防で証明したばかりだった。


「──うおおおオオオッッ!」


 アタシは全身を切り刻まれた痛みを吐き出すかのよう、雄叫(おたけ)びを発し。右眼の魔術文(ルーン)字からさらに魔力を引き出し、大剣を握っていた右腕に巡らせ。

 カムロギの斬撃を押し切っていく。


「ぐ、うっっ⁉︎」


 しかしカムロギは、アタシの反撃の刃が身体に届くより先に。受け流し切れなかった攻撃の威力を利用し、大剣が届かぬ距離へと吹き飛んでいった。


()えろ! 黒風(こくふう)‼︎」


 と同時に、攻撃に使わなかった右腕の曲刀を振り抜いてみせる。

 アタシの大剣が届かない距離では、無駄だと知りつつも。


「苦し紛れ? いや……違うッ!」


 カムロギが距離を空けた途端に、身体に吹き付けている突風の強さが増した。いや、カムロギが接近した時だけ弱まっていた風の勢いが元通りに戻ったのだ。

 その時、アタシの耳と勘が激しく危機を告げる警告を頭に鳴らす。耳を()()ますと聞こえたのは、吹き付ける風に混じり、こちらへ迫る鋭い風切り音。


「──ここだよッ!」


 アタシは一瞬、空を切る一振りを放ったカムロギの顔を視界に捉え。(カムロギ)の視線が覗いた先を確認すると。

 見えない風の塊に向けて、渾身の力を込めて大剣を振り抜いていく。一見すれば、アタシの行動もまたつい先程のカムロギ同様、攻撃を空振る意味のない行為に思える……が。


「──な、っ⁉︎」

「ぐ、ううううう……ッッ! があああ‼︎」

 

 何もない空間を切った、とは到底思えない程の衝撃が。大剣を握っていたアタシの手の指に伝わってくる。

 油断し、力を緩めれば押し戻されそうになる勢いに負けぬよう、アタシはさらに右腕に力を込め。


 見えない何か(・・)を粉砕してみせた。


「はあ、っ……はぁ、っ……はぁ……っ!」

「み、見えない風の一撃を、どうやって防いだっ?」


 打ち合いの衝撃で吹き飛んだカムロギは、転倒こそ避けたものの。着地で崩れた体勢を立て直しているまさにその最中だった。

 一方、アタシは。カムロギの言う「見えない風の一撃」を粉砕した時の衝撃で、手の指にはまだ痺れが残っており。

 二人とも、相手を追撃出来る状態ではなかった。


 だからアタシは、指が元の状態に戻るまでの時間稼ぎとして。カムロギが問い掛けてきた質問に、嘘偽(うそいつわ)りなく答えていく。


「……そりゃ、アンタのその眼が教えてくれたのさ」


 アタシは、自分の耳と眼、そして頭を順番に指差しながら。得意げな顔を浮かべ、何故見えない筈の攻撃の位置を知ることが出来たのかを。


「カムロギ。アンタが苦し紛れに剣を振り回す相手じゃないと思った時から違和感があった」


 まず最初の違和感はそこからだった。

 自分から攻撃を仕掛けてきたカムロギが、アタシを追い詰めた二本の武器による連続攻撃をせず。ただ左手の曲刀のみを振り回した事。

 思えば、その時点から右腕は力を溜めていたのではないか。見えない風の一撃を放つために。


「ついでに、あれだけ分かりやすく風切り音が鳴ったんだ。それだけ分かりゃ、あとは位置を割り出すだけだったんだよ」

「簡単に言ってくれるが、二度、三度と見せた攻撃ならいざ知らず、初めて見せた攻撃だぞ。それをここまで完璧に対処した、だと……」


 説明に納得がいかない様子のカムロギ。


「それは、ねぇ──」


 勿論(もちろん)、アタシが見えない攻撃を何故察知する事が出来たか、についてカムロギに説明した内容だけが真実ではなかった。

 

 ──何故なら、アタシは過去に。

 カムロギが今、放ったのと同様の「見えない風の一撃」を使用する相手と交戦した経緯(けいい)があったからだ。

 

「アタシが他にも一度ばかし、同じ戦技(わざ)の使い手に()ったコトがある……って言ったら、どうだい?」

「何、だとっ?」


 驚きの表情を浮かべたカムロギ。

 その反応が意味するのが、事前にアタシが同じ戦技(わざ)を経験していたからなのか。もしくは、自分と同じ戦技(わざ)を用いる人物に対してなのか。アタシには知りようもないが。


 アタシに見えない一撃を喰らわせた人物とは。

 シルバニア王国にて「神速」を名乗る。

 ベルドフリッツという一等冒険者(ファースト)だ。


 王国(シルバニア)の商業組合(ギルド)の長であり、子爵位を持つ大商人・ランドルの一人娘シェーラを(さら)った貴族の護衛として。数多くの人間の生命を(おのれ)の快楽のために奪った男の名だ。

 その性格や振る舞いこそ、外道(げどう)と呼ぶに相応(ふさわ)しいものの。風属性の魔力を帯びた魔剣を使い、武器の届かない距離から見えない風の刃を飛ばし攻撃してきた。

 そんな人物(ベルドフリッツ)とアタシは対決し、深傷(ふかで)を負いながらも勝利した経験が、役に立ったのだ。

 


 

ベルドフリッツとの対決は、第1章36話「アズリア、神速の正体を見抜く」と37話「アズリア、生命を奪う覚悟」にその戦闘の経緯が記載されていますので。

よければ、是非。

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