211話 アズリア、交差する一撃を凌ぐ
そして、風を切るカムロギの左右からの斬撃に躊躇することなく、足を一歩前に踏み込むと。
先程までのように、カムロギの狙う箇所を先読みして構えるのではなく。握り締めた大剣を右から迫る刃に合わせ、振り下ろしていったアタシ。
「──な、にっ!」
突然のアタシの行動に、驚きの反応を見せたカムロギ。おそらくカムロギは、アタシが前へと出て来る事を想定していなかったのだ。
真上から振り下ろすアタシの大剣の軌道と、真横から斜めに斬り上げてきたカムロギの曲刀の軌道が衝突し。
どちらかの武器が折れそうな衝撃音と激しい火花が散り。打ち下ろした大剣が、斬撃の軌道をその場に止め、抑え込んだ。
「ぐ⁉︎……っっっ!」
初撃、こちらが仕掛けた先制攻撃を大きく弾かれたことで、カムロギの一撃の威力を必要以上に警戒してしまっていたアタシだが。
今度の迎撃ではアタシの勢いが勝ったようで。打ち合った衝撃でカムロギの刃を、そのまま真下へと叩き落とす。
だが、左側から迫るカムロギのもう一つの斬撃は止まらない。このままでは刃が身体を直撃するのは避けられない。
「──それならッ!」
当然ながら。武器同士が衝突した時の衝撃は、武器を叩き落とされたカムロギだけではなく。こちらの手にも伝わっている。
アタシはその衝撃を逆に利用し、振り下ろした大剣の軌道を強引に真横へと切り替えていくと。
今度は真上からではなく、正面からカムロギの斬撃と衝突するアタシの大剣。
耳に響く激しい金属同士の衝突音。
「ぐ、う──っっ⁉︎」
二つの武器が激突した際の衝撃に力負けすることなく、大剣の刃と曲刀の刃が軋み合い。アタシとカムロギは視線を交える。
左右同時に放った攻撃を凌がれたカムロギの顔からは、明らかな悔しさが滲んでいた。
「……なるほど、ねぇッ!」
アタシの右側、つまりはカムロギの左腕から繰り出された斬撃を叩き落とした際に理解したが。カムロギが振るう通常の剣撃の威力は、重量ある大剣を扱うアタシに劣る。
だから、真正面から競り合えばどうなるか。
「アンタの攻撃、見切ったよッッ‼︎」
ここが好機と踏んだアタシは。右眼の「巨人の恩恵」の魔術文字の魔力を、大剣を握る右腕へと巡らせると。
弾かれまい、と刃を軋ませながら競り合うカムロギを。気合いを込めた大声を吐きながら、大剣で強引に振り払っていく。
「これが……お前の本気ということか、っ?」
左右、二発の斬撃をアタシに防ぎ切られたカムロギだったが。
アタシの反撃を浴びるよりも前に。攻撃を弾かれた勢いを利用し、後方へと跳躍して距離を一度空けていく。大剣が届かない距離へまで。
一瞬、このまま追撃を仕掛け、カムロギを押し切ることも考えたが。
「いや……まずはッ」
カムロギの連続攻撃で防戦一方となり、アタシの踵に何か固い障害物があったのを思い出すと。
まずは自分が置かれた状況を確認するのが先、と判断し。わざわざ距離を空けたカムロギから一度目線を切ったアタシは、周囲を見渡していくと。
「壁……じゃあアタシは、後がなかったッてコトじゃないか」
真後ろには、三の門に連なる城壁があり。
真横には先程、カムロギが戦場となった三の門の前で倒れていた、三体の仲間の骸が寝かされていた。
アタシは知らぬ間に、壁際にまで追い詰められていたのだ、と知り。
「だから、カムロギ。アンタは仕掛けてきたんだね。あの二撃が交差する強烈な攻撃を」
攻撃を受け続けるアタシが後退していたのは、受け流し切れない威力を後方へと逃がしていると知ったカムロギは。壁を背にし、後退が出来ないアタシの立ち位置ならば威力を殺し切れないと判断したのだろう。
だからカムロギは。アタシの先制攻撃を見事に弾き飛ばした、左右それぞれから繰り出す斬撃を一点で交差させることで、凄まじい威力を発揮する一撃を放ったのだ。
「……ああ。まさか、一度見せただけで凌がれるとは思ってなかったが、な」
「お陰でアンタに隙を突かれちまったけどねぇ」
アタシが防戦一方となったのは、「何故、自分の攻撃が弾き飛ばされたのか」を思考する隙を突かれたのが原因ではあった、が。
あの時。隙を生んででも、カムロギが繰り出した「交差する一撃」の謎を解き明かしていなかったら。窮地を凌ぎ切ることは叶わなかっただろう。
カムロギの攻撃の威力がアタシを上回った理由が判明したなら、後は実行するのは簡単だった。
左右から迫る二つの斬撃が交差するより直前で、それぞれの攻撃を個別に防御してしまえば良いだけなのだから。
「その方法が……まさか、追い詰められたあの体勢から、『一歩踏み込む』とはな……」
だが、アタシが選択した方法に対してカムロギは「信じられない」と言いたげな表情を浮かべていた。
交差するよりも手前でカムロギの二撃を防御するには、前に踏み出す必要があったからだが。自分の生命を断つために放たれた刃に、敢えて自分から踏み込んだ事を「無謀」と捉えたのもしれない。
──だが。
「アンタは」
今、立っていた不利な位置である壁際から横へと飛び退いた後、広い場所へと移動していったアタシは。
片手で握った大剣の切先をカムロギへと向け。
「……こんなアタシだから、本気で戦いたかったんだろ、違うかい?」
……どうやら。腹を薙いだカムロギの反撃を避けた際の無理な挙動で、右脚に負担をかけ過ぎたようで。先の移動の時も、地面に足が着く度に膝と足首が悲鳴を上げていた。
だが、右脚に奔る痛みや、連続攻撃を凌いだことでの疲労を敵であるカムロギに悟られるわけにはいかない。痛みも疲労も全部、顔の奥底へと隠して、アタシは笑顔で挑発的な台詞を口にしていく。
「ああ、そうだ。俺はアズリア……お前なら本気の生命のやり合いが出来る、そう思ったから約束を交わしたんだ!」
するとカムロギは、左右それぞれに握っていたこの国製の二本の曲刀を構える。まだ、アタシの大剣が届く攻撃範囲の外。つまりはカムロギの武器もアタシには到底届かない……にもかかわらず。
だからアタシはてっきり、カムロギが攻撃を仕掛ける目的で。一気に間合いを詰めてくるもの、と思ったのだが。
何故か、その場に留まったまま。
カムロギは二本の曲刀を振り回し始めた。
「も、もしや、魔法を使うつもりかいッ?」
今まで魔法を使わず戦っていたことで、アタシは勝手にカムロギが剣のみで戦う武侠だ、と思い込んでいたが。
カムロギが魔法を使わない、という確証はない。今、彼が見せている不可解な行動が、もしかしたら魔法の発動の予備動作かもしれない。
そう考えたアタシは。警戒のあまり、魔術文字を発動したままの右眼ではなく。左眼に魔力を送り込み、カムロギを「視る」。
魔力の流れを可視化出来る能力「魔視」で。
「いや……カムロギから魔力は視えない、ねぇ」
魔法を発動するつもりなら、カムロギの身体からは高まる魔力を捉えられる理屈だが。アタシの左眼は、魔法が発動する痕跡を見つけることは出来なかった。
そうなると、攻撃範囲の外で武器を振るうカムロギの行動の意図が読めない。アタシは少しばかり頭が困惑し、魔法の使用とは別の意図を探ろうと左眼の能力を解除しようとした──その時だった。
カムロギの身体から魔力は感じなかったが。
二本の曲刀から強烈か魔力が視えたからだ。




