210話 アズリア、対戦相手との約束事
見れば、ただ腕の力だけで何度も振り抜いているのではなく。
お嬢は立っている位置を小刻みに変える足捌きで、刺突剣を振るう勢いを。続く二撃目、三撃目への動作を素早く繰り出すのに利用してみせる。
何度か空を切ってみせたお嬢が手を止めた後。刺突剣を腰へと戻すと、軽く息を吐いて。
「──と、まあ。こんなものですが」
口頭での理解力に乏しいところのあるエルザにとって、ただ説明されるだけでなく。実際に目で見せる、という方法は非常に理に適っていた。
理に敵っていただけに、お嬢が説明した「刺突剣の扱い方」を。短い時間で飲み込む事の出来たエルザだったが。
「い、いや……分かりやすくて、ありがたいっちゃ、ありがたいんだけどさ……」
同時に、何気なくお嬢がしてみせた刺突剣の扱いに驚き。思わず、言葉を詰まらせてしまうエルザ。
今の連続攻撃を口で説明するのは容易いが。いざ実践するとなると、一体どれだけの技量と鍛錬が必要なのか、という事。そして、お嬢と自分との力量にどれほどの差が開いているか、を。
エルザは直感的に理解してしまったからだ。
すっかり萎縮したエルザの横に並んでいたカサンドラと、鹿人族の魔術師・ファニーは。
「その理屈なら、アズリアは」
丁寧な説明と実践を終えたお嬢から、再びカムロギへと視線を向けると。
「ああ、アズリアの大剣を弾くほどの重い攻撃を、あれだけ連続で放っているんだ」
「うん。ベルローゼ様二人と戦っているような状況、いえ……それ以上の強敵」
カサンドラとファニーの二人は、思った。
もし彼女が敗れるような事態になった時に、護衛対象であるお嬢が飛び出していかないか……を。
◇
「ぐ、おッ!……お、押されて、る……ッ」
「どうしたっ! 防御ばかりでは俺を倒すことは出来んぞ!」
矢継ぎ早に浴びせられるカムロギの斬撃を。何とか軌道を読み、先んじて大剣を構えることで凌いでいたが。
カムロギが放つ剣閃の速度は凄まじく、こちらが一瞬でも力を溜める余裕を与えてはくれず。ただ曲刀の軌道の前へと大剣を構えるまでが限界だった。
結果として攻撃を弾く事も反撃も出来ず、防戦一方となったアタシは。攻撃を受ける度に一歩、また一歩と徐々に後退っていく。
力を込められないまま、カムロギの重い連撃を受けるには。どうしても後退し、衝撃を地面に逃がすしかなかったからだ。
「ンなコトは……アンタに言われなくてもわかってるんだよッ!」
……だが。
何度目かの後退をした足の踵に、何か固いものが当たる感触。背後に何か障害物があるのか、それを視認する余裕は今のアタシにはないが。
後退が出来ないのでは、満足にカムロギの攻撃を受け切る事は不可能だ。
「ち、ぃッ……打開策がまだ、ないってえのにッ!」
一方で、アタシの背後がどうなっているのか、障害物に阻まれているのかが一目で判るカムロギはというと。
こちらを劣勢に追い込んだためか、二本の攻撃の軌道に変化が起きた。今までは、左右の斬撃が同時に別の二箇所を流れるように。連続して攻め立てる軌道を描いていた曲刀が──一瞬、途切れる。
と同時に。カムロギの左右の腕それぞれに握られていた二本の曲刀に、今まで以上に力が込められていき。
「アズリア……それが、お前の本気か?」
不意に、目の前のアタシを凝視するカムロギが発した言葉に、一瞬だけ耳を疑う。
アタシが温情か何かで攻撃を躊躇、もしくは手加減をしていると思われていたからだ。
「は……はぁ? どういう意味だい、そりゃ!」
カムロギの言葉に感情を揺さぶられたアタシは。冷静さを保つ事が出来ずに、思わず怒鳴り声を口にしてしまう。
今のアタシは、右眼の魔術文字を発動させており。最初に突撃して放った大剣の一撃だって、直撃していればカムロギの頭を叩き割る勢いで振り抜いた。
攻撃を弾かれた、とは言え。「全力を出していない」と言われるのは、アタシの力量を嘲笑い、挑発する行為に等しかったからだ。
だが、アタシの怒声を浴びせられてなお。カムロギはこちらが手を抜いている前提での会話を続けていく。
「今のお前の技量……せいぜいがオニメと同等か、それ以下。なのにアズリア、お前はオニメの魔剣の全貌を見た。その上で勝利した」
話しながらカムロギは一瞬だけ、アタシから目線を切る。
カムロギの目の動きを追ったアタシは。おそらく横に寝かせたオニメの物言わぬ骸を見ているのだろうと推測する。
「ああ、カムロギ……アンタの言う通りさ。確かにアタシはあの女を倒したよ、この手で。この剣で、さ」
カムロギが「仲間の敵討ち」と主張する、その仲間。竜人族の女戦士・オニメの生命を絶ったのは間違いなくアタシだ。
溶岩の魔剣が発する灼熱の魔力と、竜人族の翼を含む身体能力に。アタシは右肩から胸にかけて大きく斬り裂かれ、身体のかちこちに火傷を負うという苦戦を強いられたが。
アタシが所持する魔術文字を二種同時に発動する「二重発動」を駆使し、辛くも勝利することが出来た。
「──だったら、その力を見せてみろ」
目線が再びアタシを見据え、二本の剣を構えたカムロギが吐き出した言葉には怒気が含まれていた。
仲間を殺されたのだから、憤慨するのは当然だろうが。カムロギがアタシを見る両の眼からは、別の怒りの感情が宿っている気がした。
「さっきも言った通り。今のお前の技量でオニメに勝利したとは思えない。だったらアズリア、お前はまだ本気を見せていない事になる」
こちらを睨み据えた表情のまま、カムロギは力を溜めていた二本の剣を同時に解放する。
先程までの二箇所を狙う連続攻撃とは違い。構えた大剣のただ一点に焦点を合わせ、二つの剣閃を交差させる軌道を描きながら。
そう、先制攻撃に仕掛けたアタシの突撃を弾き返したのと同じ。二つの攻撃を一点に集中させ、攻撃の威力と衝撃を上昇・増幅させた、あの一撃を。
突撃した勢いを乗せた大剣すら競り負けたのだ。ただ構えているだけの大剣に、同じ威力の攻撃を浴びせられれば。今度は大剣を握ったままではいられず、衝撃で大剣を手離してしまうのは間違いない。
「約束を忘れたのか──アズリアあああああ‼︎」
彼が絶叫する言葉の意味。
思い当たる記憶は、確かにある。
十日ほど前に、カムロギが率いる盗賊団の連中の流行り病を治した別れ際に。アタシはカムロギとどんな会話を交わしたのかを思い出す。
『恩義は忘れ、俺と全力で斬り合ってはくれぬか?』
『次に会ったら、本気で死合いたいものだ』
もしや、カムロギはあの時から。いずれは自分が黒幕の側に立ち、アタシの前に立ち塞がる事を見越して。あのような約束を持ち掛けてきたのではないか。
「あの時は……何も考えずに手を握り返したのが、まさかこんなコトになっちまうなんて、ねぇ……ッ」
だが、どちらにせよ。カムロギが放った二撃をどうにか耐え抜かないと、この時点で彼との決着は付いてしまう。
アタシの敗北は、アタシだけの生命ではない。ユーノやヘイゼル、そしてフブキの生命もアタシの双肩に担っているのだ。
カムロギの強烈な二撃、いや一撃に対抗するために、アタシは右眼の魔術文字の魔力を両腕へと流し込む。




