表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1292/1771

210話 アズリア、対戦相手との約束事

 見れば、ただ腕の力だけで何度も振り抜いているのではなく。

 お嬢(ベルローゼ)は立っている位置を小刻みに変える足捌きで、刺突剣(レイピア)を振るう勢いを。続く二撃目、三撃目への動作を素早く繰り出すのに利用してみせる。


 何度か空を切ってみせたお嬢(ベルローゼ)が手を止めた後。刺突剣(レイピア)を腰へと戻すと、軽く息を吐いて。


「──と、まあ。こんなものですが」


 口頭での理解力に乏しいところのあるエルザにとって、ただ説明されるだけでなく。実際に目で見せる、という方法は非常に理に(かな)っていた。

 理に(かな)っていただけに、お嬢(ベルローゼ)が説明した「刺突剣(レイピア)の扱い方」を。短い時間で飲み込む事の出来たエルザだったが。


「い、いや……分かりやすくて、ありがたいっちゃ、ありがたいんだけどさ……」


 同時に、何気なくお嬢(ベルローゼ)がしてみせた刺突剣(レイピア)の扱いに驚き。思わず、言葉を詰まらせてしまうエルザ。


 今の連続攻撃を口で説明するのは容易(たやす)いが。いざ実践するとなると、一体どれだけの技量と鍛錬(たんれん)が必要なのか、という事。そして、お嬢(ベルローゼ)と自分との力量にどれほどの差が開いているか、を。

 エルザは直感的に理解してしまったからだ。


 すっかり萎縮(いしゅく)したエルザの横に並んでいたカサンドラと、鹿人族(ケルウス)の魔術師・ファニーは。


「その理屈なら、アズリアは」


 丁寧な説明と実践を終えたお嬢(ベルローゼ)から、再びカムロギへと視線を向けると。


「ああ、アズリアの大剣を弾くほどの重い攻撃を、あれだけ連続で放っているんだ」

「うん。ベルローゼ様二人と戦っているような状況、いえ……それ以上の強敵」


 カサンドラとファニーの二人は、思った。

 もし彼女(アズリア)が敗れるような事態になった時に、護衛対象であるお嬢(ベルローゼ)が飛び出していかないか……を。


 ◇


「ぐ、おッ!……お、押されて、る……ッ」

「どうしたっ! 防御ばかりでは俺を倒すことは出来んぞ!」


 矢継(やつ)(ばや)に浴びせられるカムロギの斬撃を。何とか軌道を読み、先んじて大剣を構えることで凌いでいたが。

 カムロギが放つ剣閃の速度は凄まじく、こちらが一瞬でも力を溜める余裕を与えてはくれず。ただ曲刀の軌道の前へと大剣を構えるまでが限界だった。


 結果として攻撃を弾く事も反撃も出来ず、防戦一方となったアタシは。攻撃を受ける(たび)に一歩、また一歩と徐々に後退(あとずさ)っていく。

 力を込められないまま、カムロギの重い連撃を受けるには。どうしても後退し、衝撃を地面に逃がすしかなかったからだ。


「ンなコトは……アンタに言われなくてもわかってるんだよッ!」


 ……だが。

 何度目かの後退をした足の(かかと)に、何か固いものが当たる感触。背後に何か障害物があるのか、それを視認する余裕は今のアタシにはないが。

 後退が出来ないのでは、満足にカムロギの攻撃を受け切る事は不可能だ。


「ち、ぃッ……打開策がまだ、ないってえのにッ!」


 一方で、アタシの背後がどうなっているのか、障害物に阻まれているのかが一目で判るカムロギはというと。

 こちらを劣勢に追い込んだためか、二本の攻撃の軌道に変化が起きた。今までは、左右の斬撃が同時に別の二箇所を流れるように。連続して攻め立てる軌道を描いていた曲刀が──一瞬、途切れる。


 と同時に。カムロギの左右の腕それぞれに握られていた二本の曲刀に、今まで以上に力が込められていき。


「アズリア……それが、お前の本気か?」


 不意に、目の前のアタシを凝視するカムロギが発した言葉に、一瞬だけ耳を疑う。

 アタシが温情か何かで攻撃を躊躇(ちゅうちょ)、もしくは手加減をしていると思われていたからだ。

 

「は……はぁ? どういう意味だい、そりゃ!」


 カムロギの言葉に感情を揺さぶられたアタシは。冷静さを保つ事が出来ずに、思わず怒鳴(どな)り声を口にしてしまう。


 今のアタシは、右眼の魔術文(ルーン)字を発動させており。最初に突撃して放った大剣の一撃だって、直撃していればカムロギの頭を叩き割る勢いで振り抜いた。

 攻撃を弾かれた、とは言え。「全力を出していない」と言われるのは、アタシの力量を嘲笑(あざわら)い、挑発する行為に等しかったからだ。


 だが、アタシの怒声(どせい)を浴びせられてなお。カムロギはこちらが手を抜いている前提での会話を続けていく。


「今のお前の技量……せいぜいがオニメと同等か、それ以下。なのにアズリア、お前はオニメの魔剣(カグツチ)全貌(ぜんぼう)を見た。その上で勝利した」


 話しながらカムロギは一瞬だけ、アタシから目線を切る。

 カムロギの目の動きを追ったアタシは。おそらく横に寝かせたオニメの物言わぬ(むくろ)を見ているのだろうと推測する。


「ああ、カムロギ……アンタの言う通りさ。確かにアタシはあの女(オニメ)を倒したよ、この手で。この剣で、さ」


 カムロギが「仲間の敵討(かたきう)ち」と主張する、その仲間。竜人族(ドラグナール)の女戦士・オニメの生命を絶ったのは間違いなくアタシだ。


 溶岩の魔剣(カグツチ)が発する灼熱の魔力と、竜人族(ドラグナール)の翼を含む身体能力に。アタシは右肩から胸にかけて大きく斬り裂かれ、身体のかちこちに火傷(やけど)を負うという苦戦を()いられたが。

 アタシが所持する魔術文(ルーン)字を二種同時に発動する「二重発動(デュアルルーン)」を駆使し、(から)くも勝利することが出来た。


「──だったら、その力を見せてみろ」


 目線が再びアタシを見据(みす)え、二本の剣を構えたカムロギが吐き出した言葉には怒気(どき)が含まれていた。

 仲間(オニメ)を殺されたのだから、憤慨(ふんがい)するのは当然だろうが。カムロギがアタシを見る両の眼からは、別の怒りの感情が宿っている気がした。


「さっきも言った通り。今のお前の技量でオニメに勝利したとは思えない。だったらアズリア、お前はまだ本気を見せていない事になる」


 こちらを睨み()えた表情のまま、カムロギは力を溜めていた二本の剣を同時に解放する。

 先程までの二箇所を狙う連続攻撃とは違い。構えた大剣のただ一点に焦点を合わせ、二つの剣閃を交差させる軌道を描きながら。

 そう、先制攻撃に仕掛けたアタシの突撃を弾き返したのと同じ。二つの攻撃を一点に集中させ、攻撃の威力と衝撃を上昇・増幅させた、あの一撃を。


 突撃した勢いを乗せた大剣すら競り負けたのだ。ただ構えているだけの大剣に、同じ威力の攻撃を浴びせられれば。今度は大剣を握ったままではいられず、衝撃で大剣を手離してしまうのは間違いない。


「約束を忘れたのか──アズリアあああああ‼︎」


 (カムロギ)が絶叫する言葉の意味。

 思い当たる記憶は、確かにある。


 十日ほど前に、カムロギが率いる盗賊団の連中の流行り病を治した別れ際に。アタシはカムロギとどんな会話を交わしたのかを思い出す。

 

『恩義は忘れ、俺と全力で斬り合ってはくれぬか?』

『次に会ったら、本気で死合い(・・・)たいものだ』


 もしや、カムロギはあの時から。いずれは自分が黒幕(ジャトラ)の側に立ち、アタシの前に立ち塞がる事を見越して。あのような約束を持ち掛けてきたのではないか。


「あの時は……何も考えずに手を握り返したのが、まさかこんなコトになっちまうなんて、ねぇ……ッ」


 だが、どちらにせよ。カムロギが放った二撃をどうにか耐え抜かないと、この時点で(カムロギ)との決着は付いてしまう。

 アタシの敗北は、アタシだけの生命ではない。ユーノやヘイゼル、そしてフブキの生命もアタシの双肩(そうけん)(にな)っているのだ。


 カムロギの強烈な二撃、いや一撃に対抗するために、アタシは右眼の魔術文(ルーン)字の魔力を両腕へと流し込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ