17話 アズリア、辺境の村へ忍び寄る
すっかり泣き疲れて眠ってしまった子供を背中に手持ちのロープで括り付けて背負い、荷物は兵士らが乗っていたであろう馬を一頭戴いておき、その背中に積んでいく。
馬があるから子供の両親の遺体を村まで運ぶかどうか悩んだが、さすがに遺体まで二人分運ぶとなると帝国兵に発見された際に面倒な事になるし、村人への説明も誤解されそうなので。
少し穴を掘って遺体を入れ、土を厚めに被せて簡素ではあるが墓を作り。
「……救えなくって悪かった。せめてアンタ達が残した子供だけは無事にどっかに送り届けるから許してくれよ……」
よく知らない花を摘んで墓に供えておいた。
逃げ出したこの子供や両親を追ってきた兵士がいつまでも帰らないのを不審に思い増援が来ないかを心配してはみたが。
今はすっかり日が落ち辺りは暗くなってしまったために角灯の光で、結局はこの連中が来た道を馬の蹄跡をたどっていくことになるので、いらぬ心配だろうと割り切って進むことにする。
まずは馬や兵士らの足跡を見失わないように。
寧ろ増援が来るのであれば、今度は一人くらい生かして捕らえて情報源に出来ればいいかな……と思うが。
……うん、アタシ手加減って苦手なんだよね。
夜通し馬に揺られながら足跡を辿って進んでいくと周囲に畑が見えてくるようになり。
空が白じんで角灯の明かりがいらなくなる頃には、ようやく目の前に十数軒の木造の建物が並ぶ村落が見えてきた。
さすがにここから馬で進むのは目立つので、一度馬から降りてそこらの木の幹に馬を繋ぎ、闇夜隠れの魔術文字を発動させひっそりと村へと近づく。
「我月に願う、光妨げる夜の闇。──dagaz」
いくら夜の闇を纏っているとはいえ、無茶な行動をすれば感知され見つかってしまう。まずは遠目で村の様子を観察することにした。
……どうやら、村落の周囲を歩き回る兵士が少なく見ても20人以上、そして帝国の紋章が大々的に刻まれた馬車が数台。
「うわ……あの様子だと、村は完全に帝国軍に占領されているみたいだね……」
制圧、ではなく占領と表現したのは、遠くから見た限りでだが、木造の家が焼けた様子や村の人間の遺体は見えなかったからだ。
こうなると、下手に強行突入しようものならあっさり周囲を包囲されて消耗戦に持ち込まれたら勝ち目は無いし、村や村人へ攻撃されても厄介だ。
「……まあ、魔術文字を発動して闇に紛れられてる今のアタシなら、この状況でも何とか出来なくもないかねぇ……少々面倒だけど」
一撃で兵士を無力化すること。そして、無力化した兵士を発見されないようにすること。
まずは兵士の数を減らす。
あの連中も、こんな村落にアタシみたいな敵が姿を見せるとは思ってもいないだろう。見回りや見張りを置いてはいるが一人だけ……しかも戦争中だというのに緊張感はあまり感じない。
「なら……得物を短剣に変えて、一人ずつ確実に仕留めていこうかねェ」
こういう時には大剣よりも短剣のほうが使い勝手がいい……さすがに暗殺者には到底敵わないが、真似事くらいならばアタシも何度か経験があるからだ。
早速、馬車が停まっている大きな出入り口とは真逆に移動して、一人呑気に欠伸をする兵士に狙いを定め。
「……悪く思わないでおくれよ。帝国側に生まれたアンタの運がなかったと思って諦めるんだね」
素早く背後に回り込み、足音を不審に思う時には叫び声を上げてもいいよう口に手を当て、首筋に短剣の刃を滑らせて一息に喉を斬り裂く。
「さて……と、この死体が見つからないようにしないとね。よい、しょっ……と」
そして事切れた兵士の身体を担ぐと、村落の外れの茂みへと放り投げておく。
ここからは時間との勝負だ。
発覚を遅らせるために兵士の死体を見つからない場所に放置してはいるが、兵士の数を減らせばいずれそれを不審に思い、侵入者の存在を疑われ警戒が厳重になるだろう。
「……まずは第一段階、それまでにどこまで数を減らせるか、か……腕が鳴るねぇ」
アタシは闇に紛れながら、次の犠牲者を探すために村の周囲を出来る限り足音を殺しながら散策を続けていく。
この「dagaz」は視界は誤魔化せても、音までは消せないのが難点っちゃ難点なんだよねぇ……
アタシはふと背中で寝ている子供に目線をやる。
ふふ、こんな状況ですやすやと寝てられるなんて……この子供は案外大物になるかもねぇ……




