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206話 アズリア、白薔薇の癒しの魔法

 だが、大陸に帰れるかどうかは。まず三の門での戦闘、カガリ家の当主争いの決着を付けなくてはならない。

 そのための最大の障害である男を(カムロギ)、待たせていたのだから。


「そ、そうだッ……フブキの容態は!」


 何故、カムロギを待たせていたのか。

 それはフブキが突然、気を失ったからだ。


 突然、アタシの前に姿を見せたお嬢(ベルローゼ)ら五人の顔に気を取られすぎて。すっかり放置してしまったフブキに視線を落とすと。

 彼女(フブキ)の顔色からは完全に血の気が失せ、女中(メイド)に呼び止められた時よりも息が弱々しく細っていた。

 そう、アタシは今まさにフブキが負った傷を治癒しようと「生命と豊(イング)穣」の魔術文(ルーン)字を使おうとしていたのだった。


 早速、フブキの身体に魔術文(ルーン)字を描くため、近寄ろうとするのを。

 先程も魔術文(ルーン)字の発動を止めた黒髪の女中(メイド)が、再びアタシを制してきた。


「邪魔するんじゃねえ、今はそっちに構ってる(ひま)はッ……」

「承知しております。ですが、一度、冷静になられまして、まずはあちらを──」


 少なくとも、二の門でアタシらの前に立ち塞がった四本槍を撃破し、ナルザネらの生命を救ってくれた時点で。こちらに敵意がないのは、頭では理解出来ていたアタシは。

 女中(メイド)が腕で指し示した通りに、視線を向けると。


「お、お嬢が?」


 何と、アタシよりも早く。ベルローゼが魔法の詠唱を開始していたのだ。


 ──我らが慈母たる大地の女神イスマリア

 願いの声よ聞き届け


 しかも「大地母神(イスマリア)」の名前が入った詠唱文から察するに。通常使われている属性魔法ではなく、神々への信仰心を魔力へと変換する神聖魔法(セイクリッドワード)の発動準備を。


「……そ、そういや、お嬢は確か……」

「はい。ベルローゼお嬢様は『聖騎士(パラディン)』の称号を教会から与えられた方です」


 通常の属性魔法にも、術者の持つ魔力の性質によって扱える属性に得手(えて)不得手(ふえて)があるように。

 神聖魔法(セイクリッドワード)にも、術者の持つ魔力と相性の良い神というものが存在する。一つの神を信仰するなら、あまり問題にならないが。複数の神を信仰しようとする場合、術者との相性が問われるのだ。

 ベルローゼは、大陸でも稀有(けう)な。「五大神」全てとの相性が適合した、言わば「神々に愛された娘」であり。(ゆえ)に「忌み子」と呼ばれたアタシを嫌っていたのだろう。

 

「ここは、お嬢様に任せていただけますでしょうか?」


 思えば、砂漠の国(アル・ラブーン)の央都アマルナで再会した際も。アタシと互角に競り合うだけの腕力に増強する身体強化魔法(ブースト・エンチャント)を、詠唱無しで発動していた。

 それ程の力量を持つお嬢(ベルローゼ)が、詠唱を必要とする神聖魔法(セイクリッドワード)を今、目の前で準備をしている。

 それが何を意味するのか。

 一般的に「魔法」と呼ばれる一切が使えないアタシだって、その程度はすぐに想像が付く。

 

 フブキですら簡単な「小治癒(ロウヒーリング)」程度なら、詠唱無しで発動出来るのだ。おそらく、今発動しようとしているのは、一般的な治癒術師が負傷を回復させるために用いる「大治癒(ハイキュアー)」ではなく。

 大地母神(イスマリア)の恩恵を受けた、より高度で、強力な治癒魔法なのだろう。

 

「……アズリア様」

「……何だい?」


 お嬢(ベルローゼ)の詠唱を聞きながら、アタシはアタシを制した女中(メイド)と、さらに言葉を交わす。

 その間、決して彼女(メイド)への警戒心は解かなかったが。


「何故、お嬢様がアズリア様に先んじて、負傷者の治療を買って出たのか、ご存知でしょうか」

「……は?」


 女中(メイド)に問われた質問に、アタシは思わず言葉を詰まらせ、答える事が出来なかった。

 

 そもそも、治癒魔法というのは回復する威力が大きければ大きい程、術者に跳ね返る代償もまた強くなる。神聖魔法(セイクリッドワード)の場合、信仰する神との相性で代償は軽減されるようだが。


 しかも……魔王領(コーデリア)の住人であるユーノや、大陸諸国との国交が断絶しているこの国(ヤマタイ)の人間のフブキと。お嬢(ベルローゼ)は間違いなく初顔合わせである。


「そういや……何で、お嬢が治癒魔法を?」


 アタシが幼少期の記憶では、他人に対して常に高圧的、傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)な態度で接していたお嬢(ベルローゼ)が。

 代償を必要とし、しかも初めて出会ったばかりのフブキとユーノに。何の説明もないまま治癒魔法を発動する理由が、アタシには思いつかなかったのだ。

 

「それは──」


 何かを答えようとした女中(メイド)の言葉が、そこで止まる。

 アタシ同様、言葉を詰まらせたのかと思いきや。女中(メイド)はジッと、魔法の準備をするお嬢(ベルローゼ)の一挙一動を見ている様子だった。

 どうやら言い淀んだわけではなく、止めた先の言葉をいつ発するのか、機会を(うかが)っているように思え。


 天と地に揺蕩う生命の起源 

 傷つく子供に宿り肉と魂を癒せ


 四行節からなる魔法の詠唱が、今まさに終わり。

 魔法の発動の準備が完全に整ったお嬢(ベルローゼ)の身体の周囲に、無数の淡い光の粒が集まっていくのが見えた。

 そして。


「祝福あれ────地母神の抱擁(イス・クレイドル)‼︎」


 お嬢(ベルローゼ)が魔法の発動を告げ、両手を天に向けて広げた途端。

 お嬢(ベルローゼ)の周囲に集まっていた淡い光が、城壁を背にして寝かせていたユーノとフブキ、そしてヘイゼルの三人へ一斉に飛来していく。


「う、うおおっ⁉︎……な、何だよこりゃ?」

 

 寝ていたユーノに意識のないフブキは、当然ながら何の反応も示さなかったが。

 負傷していた三人の中で唯一意識があったヘイゼルは。突然、自分の身体に光が纏わり付く現象に驚きの声を上げる。


「傷が……塞がってる?」


 何事かと、横にいるユーノやフブキに視線を落としたヘイゼルは。寝ていた二人が体表に負っていた擦り傷や裂傷がみるみるうちに塞がっていくのを見て。

 装着していた革鎧(レザー)をはだけ、胸に負った浅い矢傷を自分の目で確認し。二度目の驚きの声を上げた。


 遠目から見ても。意識を失った後、血の気が引き蒼白だったフブキの顔色には、徐々に血色が戻り。今にも消え入りそうだった息遣(いきづか)いも、力強く回復していくのが分かる。

 

 ──その一方で。

 お嬢(ベルローゼ)の魔法が発動した、瞬間。


「お嬢様は、あなたの役に立ちたかったのですよ」


 先程、言葉を止めていた女中(メイド)の口から漏れた言葉は。

 きっと、遠巻きに控えていた三人組や胸を射抜かれながらも軽傷だったヘイゼル、ましてや魔法を使ったお嬢(ベルローゼ)にも聞こえない程の小声だったが。

 アタシの耳にはしっかりと届いていた。


「え?」


 だからこそ、だ。女中(メイド)が告げた言葉の真意を、アタシは理解することが出来ずに。もう一度、確認するかのような間の抜けた声を漏らしてしまう。


「……いえ。何でもありません。今、私が言ったことは、くれぐれもお嬢様にはご内密に」

「あ、ああ……そりゃあ、な」


 アタシはもう一度、女中(メイド)が口にした言葉を頭の中で反芻(はんすう)していた。

 いくら女中(メイド)という職業(もの)が、仕える主人を立てる役割があるとはいえ。初対面の負傷者を回復する理由にしても、さすがに無理はないだろうか。

 アタシに好印象を持たれたい、などというのは。

地母神の抱擁(イス・クレイドル)

この世界に、人間を始めとし数々の種の生命を生み出したとされる生命の根源力へと、大地母神(イスマリア)の代理として干渉し。

小部屋ほどの範囲内にある全てを対象に、同時に複数の身体の傷を塞ぎ、折れた骨を繋ぐ「大治癒(ハイキュアー)」並みの治癒力を発揮していく。

大地母神(イスマリア)への強く純粋な信仰心を持つ敬遠な信者のみに授けられる特殊な神聖魔法(セイクリッドワード)であり。

上級魔法(エンシェント)級の発動難易度を有する。


ただし、代償として通常ならば(・・・・・)一度の発動で術者の寿命が一年程度縮むのだが。

大地母神(イスマリア)との相性の良いベルローゼや、聖イスマリア教会の「聖女」たるエルが支払う代償はこれよりずっと軽微に軽減されている。


力ある言葉(ワード)

我らが慈母たる大地の女神イスマリア

願いの声よ聞き届け

天と地に揺蕩う生命の鼓動 

傷つく子供を包み肉と魂を癒せ


実は、本編にこの魔法が初登場したのは第2章閑話、エルの話です。

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