203話 白薔薇の女中、ジンライを封殺する
二本の腕で振るう長槍が、頭を叩き割る勢いで真上から振り下ろされ。
残る二本の腕にそれぞれ握っていた曲刀が、セプティナの左右から同時に襲い掛かる。
「そちらの武器は二つ! 対してこちらは三撃!──これを凌ぐ事は出来まいっっ!」
ジンライの四本の腕による一斉攻撃に一見、逃げ場を奪われたセプティナだったが。
投擲した短剣を装備し直してから、一切の動作を見せずに、ただその場に立ち尽くしたままの彼女に。
三本の武器がほぼ同時に直撃した──瞬間。
「な、何いぃっ⁉︎」
武器を握っていたジンライの指に何の手応えもなく、短剣を構えたセプティナの身体をすり抜けていく。
確かに刃は彼女を捉えた筈なのに、まるで攻撃が空を切ったかのような感触に。何が起きたのか理解出来ず、思わずジンライは驚愕の声を漏らし。
呆然とし、一瞬動きを止めてしまう。
「こ、これは……残像か、っ?」
攻撃の手を止めたことで、冷静になったジンライの視線の先では。短剣を構えたセプティナの姿、その輪郭が朧げに崩れ始めていくのを見て。
自分が相手にしていたのは、セプティナではなく。彼女がこの場に残した幻像だったのをようやく理解する。
と、同時にジンライの真横から女の声がした。
「どうしました? 私はこちらですよ」
咄嗟に声に反応したジンライは。声のした方向へと両手握りの長槍ではなく、小回りの利く片手持ちの曲刀を振るおうとした。
だが、武器を振るうよりも先に。動かそうとした腕に突然、鋭い痛みが奔る。
「が?……っ、っなんだ、と⁉︎ な、何が?」
腕を動かす命令から一瞬遅れ、声がした方向を向き直ると。視線の先には、幻像を作って姿を眩ませていたセプティナの姿が。
そして、痛みを感じたジンライの腕……肘の内側には。彼女が左右の手にそれぞれ握る、二本の短剣の刃が喰い込んでいた。
「残念ながら、あなたが攻撃したのは魔法で作り上げた幻像です」
「う、が……っ、ま、魔法、だ……と?」
「はい、魔法です」
セプティナが魔法を発動させたのは、背中に何本か隠し持っている短剣を装備し直した直後であった。
感情が昂り、かつ直前に彼女が仕掛けた「月影縛」の予備動作を阻止した事で。ジンライに生まれた一瞬の心の隙を突いて。
本来ならば「月影縛」に使用する筈の魔力で、月属性の魔法を発動させたのだ。
自分の幻像を生み出す「自幻像」の魔法を。
「納得していただけましたか? それでは──」
ジンライが一連の攻防で抱いた疑問に対し、解説をしながら。肘の内側に喰い込ませた二本の短剣の刃を、さらに深く肉に沈ませていく。
まるで、客人を迎える時のような穏やかな笑顔を浮かべたままで。
「四本の腕はさすがに厄介なので、一本落とさせていただきますね」
ついには、二本の短剣が腕の骨を貫通し、肘から先の腕を斬り落としていく。
短剣で太い腕の骨を切断するのは、いかに腕力に自信があっても至難の業だが。骨と骨の繋ぎ目のある肘という箇所ならば、腕を両断するのは然程難しくはない。
曲刀を握り締めたままの状態で、肘から両断された腕の部分が地面へと転がり落ちると。
「ぐ! が、あああ腕があ⁉︎ お、俺の腕がああぁぁ……ぉぉぉぉ……っ」
地面に転がった腕と、肘から先が喪失した切断面を交互に未練がましく見ながら。
悲鳴にも近しい絶叫を発するジンライ。
だが、腕を斬り落とした後のセプティナは、それを好機と判断したのか。即座にジンライの視界から外れるように素早く移動すると。
腕を失った側とは真逆の側面へと、足音を立てずに回り込んでいく。
「何ですか。四本が三本に減ったくらいで御大層に」
何故、背面ではなく側面に回り込んだのかというと。ジンライの下半身は、馬と同じく四本脚だったからだ。
臆病な気質の馬は、気の知れない人間が背後に立つと。後ろ脚を跳ね上げて、背後の人間に蹴りを放つ事故が暫し起こる。馬の脚力は凄まじく、人間が蹴られると大怪我……場合によって死ぬ程だったりする。
白薔薇公爵家付きの女中という立場として潜入しているセプティナは、馬の生態にも多少の知識はあった。
だからこそ、背後に回り込んだ時に馬と同様の反応をジンライが取る可能性……それを彼女は考慮し。
側面へと回り込んでから、直前に腕を斬り落としたように。長槍を握っていた腕の肘を狙い、短剣の刃を素早く奔らせる。
「さ、させぬぞおおおおぉぉっ!」
だが、同じ手が二度通じる程、ジンライは実力が乏しい相手ではなかった。
今度は腕に短剣の刃が届くより早く、勢いを乗せて大きく振り回した長槍がセプティナを捉える。
「なるほど。先程と同じ手は喰らわぬ、という意地は見事です」
このまま腕への攻撃を続けてしまえば。腕に刃が届くよりも先に、ジンライの槍刃が彼女の腹を大きく斬り裂くのは間違いがない。
そう判断したセプティナは。
攻撃を断念して、ジンライが放った槍による反撃の軌道を避けるために後方へと跳躍する。
「ちいっ!……だがっ!」
セプティナが距離を空けたことで、振り回した槍の間合いからも外れ。反撃は惜しくも空を切ったことに、思わず舌打ちをしたジンライだったが。
腕を斬り落とそうとしたセプティナの攻撃を凌いだ事に一瞬、気を抜いて安堵した。
しかし──次の瞬間。
「ですが。私の短剣は投擲が可能なのは、先程見せたばかりですが?」
短剣の攻撃の間合いの外、後方へと退いた筈のセプティナの手から。左右それぞれに握っていた二本の短剣が、ジンライに向けて飛んできたのだ。
「……な、っ⁉︎」
槍による大振りの隙を突かれたこともあり。一直線に投擲された二本の短剣は、ジンライの胸と。
「──ぎゃあああ⁉︎……め、眼があああ! 俺の、見えるようになった眼がああああああ?」
ジャトラから手渡された「魔竜の血」を飲み干し、異形へと変貌したことで再生された眼へと突き刺さる。
一度は再生し、視えるようになった眼が短剣によって潰されたのが余程堪えたのか。傷を負った片眼を押さえるため、主力武器であった長槍をも手放し、絶叫するジンライ。
「そろそろ幕の引き際ですね。それでは──」
ジンライが大きな隙を見せたのを見計らい、セプティナが周囲の状況を確認していくと。
ちょうど、主人である白薔薇姫が老武侠を、護衛の三人組が巨人族を撃破していく様子が見えた。
空いた両の手を背中へと回して、隠し持っていた短剣を再び補充したセプティナは。
ジンライとの対決に決着を付けるために、投擲の構えを取ると、狙いを定め。
「これで決めさせていただきます」
腕を一本、そして片眼と主力武器を失い、痛みに怯んでいたジンライに向けて。握ったばかりの二本の短剣を素早く、手から放っていく。
「自幻像」
対象の認識に干渉し、術者自身の幻像を簡単な動作を伴わせながら見せる効果を発揮する。術者の幻像を見るのは、あくまで魔法の影響下にある対象だけで、その他の人間には幻像は認知出来ない。
精神や魔力に影響を及ぼす月属性の、初歩的な初級魔法扱いの魔法だが。
発動難易度を高くすれば、対象の数を増加させることも可能ではある。
つまり本編では、ジンライが放った三本の武器による同時攻撃は、離れていた二人の領主には「何もない場所で感情的に武器を振り回した」ようにしか見えていなかった事になる。




