196話 三人組、巨鬼ショウキに対峙する
戦場に響いたカサンドラの大きな声は。
「やっと。やっと……見つけた、アズリアっ」
「へへ、これで公爵お嬢様の依頼を達成出来るじゃねぇか!」
思えば、アズリアらを追撃していた海の王国の海軍から、遭遇した証言から航路を決めたわけだが。
乗っていた船が大陸から離れていく度に、これが本当に正しい道なのか。行く先にアズリアが待っているのか、その杞憂がようやく払拭されたのか。
エルザとファニー、二人の眼に活力が燃え上がる。
「カサンドラっ! ちょっとばかり時間を稼いでくれねぇか」
目の前に立ち塞がる巨人に対し、落下する勢いのまま両斧槍の大振りを直撃させ。岩石鎧を破壊し、深傷を負わせたエルザは。
一旦、盾を構えたカサンドラの背後にまで大きく後退し。防御役である彼女に、巨人の相手を任せようとする。
「……アレ、を発動るつもりか?」
「ああ。さっさと片付けてぇからなっ」
エルザの言葉に上がった「アレ」とは、僅か数日間ほどの短い師匠役だったユーノから教わった特殊な方法。
本来なら、外側に向け放つ攻撃魔法の魔力を。そのまま維持し、自身の体表に纏って身体能力を劇的に増強する、「魔戦態勢」と呼ばれる獣人族特有の戦い方だ。
──ユーノが両腕に、巨大な黒鉄の籠手を装着した、あの「鉄拳戦態」もそれに含まれるわけだが。
瞬時に両腕に籠手を準備出来るユーノと違い、エルザが魔力を纏うには発動までに時間を要する。
それまで、カサンドラを頼ろうとしたのだ。
「うん。任せてくれっ」
だが、相手がさらなる攻撃の準備をするのを、敵だって黙って待っているわけではない。
胸の岩石鎧を破壊され、傷から血を流し、一瞬は怯んだショウキの巨躯だったが。カサンドラとエルザ、二人が短い会話を交わした間にも体勢を立て直し。
「させぬ……ぞおっっ!」
突然、目の前に現れた新たな敵である三人組に、何もさせまいと。
両腕を大きく振りかぶり、カサンドラとエルザを二人まとめて薙ぎ払うため。真横へと握っていた岩石で出来た巨槍を振り抜いていく。
振りかぶる、という力を溜める動作をショウキが挟んだのは。先程、イズミに対し放った決着の一撃を、目の前で盾を構えた女に完全に防御されたからだ。
だから、今度の一撃は。構えた盾を弾き飛ばし、自分の身体を斬り裂いた小柄な女戦士諸共薙ぎ払える筈だ……とショウキは思っていた。
──だが。
「な、何いいいい⁉︎」
カサンドラが構えた大楯は、彼女より遥かに巨躯を誇るショウキの重い一撃を見事に止めてみせた。
振り抜いた槍の衝撃を完全に相殺することが出来ず、立っていた位置から二、三歩、後退りしてしまったが。
「ふぅ……さっきに比べれば重かったけど、これじゃあたしの盾は突破出来ないよ、っ」
自慢げに前面に構えたカサンドラの大楯には、表面の装甲に傷が付いた程度だ。
通常の盾に使われる鉄の板を三枚重ねにした特注品で。並の男戦士なら両手で扱わなければいけない程の重量となっているが。
カサンドラは、体格以上の腕力を有する熊人族の特性を存分に活かし、とんでもない重量の大楯を軽々と扱えていた。
「く、くそおっ! な、舐めるなあ女ああ!」
一度ならず二度までも自分よりも身体の矮小な人間の、しかも女であるカサンドラに攻撃を阻まれたショウキは。意地になったのか、碌に力も溜めずに二度、三度と槍を闇雲に振り回していくが。
槍を握る手に伝わった衝撃から、彼女の構えている盾の堅固さを思い知る事となるだけだった。
「こ、このっ……だが! これならばっ!」
だが同時に、構えていた大楯がとんでもない重量であろうと予測し。
重い盾なら器用に扱う事は出来ない、と考えたショウキは。一撃に渾身の力を込めての威力で押し切ろうとする戦法から、手数を増やすことで防御を間に合わせまいという算段から。
巨人族の腕力を駆使し、槍を小さく振り回して上下左右から槍先を浴びせていった。威力こそ落ちるが、まずは堅固な盾による防御を突破し、傷を与えて血を流させ弱体化させようと考えたのだろう。
だが、この連続攻撃もまた。
「数を増やせばどうにかなる?……甘い、甘いよっ!」
「ば、馬鹿なっ? あれほど重そうな盾を、軽々と扱うだとお!」
カサンドラは大楯を握っていた右腕を巧みに動かし、ショウキが繰り出す槍の連続攻撃を全て阻止していったのだ。
しかも、手数を重視した事で一撃の重さ、衝撃が感じられなくなったことで。
大楯を構えて防御に徹していたカサンドラは、訪れた好機に目を光らせると。
「もしかしたら……この大楯を、ただ防御するだけの防具だと……勘違いしているのか?」
「な、何っ、それはどういう──」
子供ほどの大きさの大楯に肩を押し当てながら、一歩前に脚を踏み出し。
これまでのようにショウキの攻撃を受け止めるのではなく、盾の曲面を使って槍を弾き飛ばして隙を発生させると。
盾を構えた体勢のまま突進するカサンドラは。硬く重量のある大楯を武器として扱い、ショウキの脛と膝目掛けて直撃させていく。
今、カサンドラが仕掛けたのは「大楯突撃」と呼ばれる、戦場にて重装歩兵が降り注ぐ矢を弾きながら前進させる時に使う戦法だが。
傭兵などの従軍経験のないカサンドラは、盾を武器として扱う「大楯突撃」を独自に編み出していた。
「ぐ……⁉︎ が、あああああっっっ!」
脚を盾で殴られた途端、苦痛に顔を歪めて口からは痛みを訴える悲鳴が漏れる。
胴体だけでなく、ショウキの脚も岩石の鎧で覆われてはいたが。剣や槍の刃や、棍棒や戦杖で殴った打撃は鎧で防げても。命中した時の衝撃までは防げるわけではなく。
しかも脛や膝は痛みに敏感な部位であり、盾で殴られた衝撃が岩石の鎧を貫通し、ショウキの脚に激痛を奔らせ。激痛が巨人の槍の動きを止めた。
「今だっ、ファニー!」
盾を構えて防御の姿勢を取るカサンドラの後方に待機していたのは、「魔戦態勢」の発動の準備をしていたエルザだけではない。
鹿人族の魔術師の少女・ファニーもまた、二人を援護するために。先程ショウキに発動した「風縄」に続く、攻撃魔法の詠唱を既に開始しており。
「──了承」
カサンドラが大楯突撃を打ち込んだのと同時に、ファニーの詠唱は終了していた。
三人組として集団を結成して数年、今までに幾度と戦ってきたカサンドラとファニーだ。
ファニーもカサンドラがどの瞬間に大楯突撃を仕掛けるか、の大体を予測し。カサンドラもまた、ショウキの攻撃を防御しながら背後でファニーが詠唱を開始していたのを確認していた。




