195話 三人組、アズリアの居場所を知る
この話の主な登場人物
イズミ ジャトラに叛旗を翻すこの国の若き武侠
ショウキ カガリ家四本槍の巨人族
カサンドラ 大楯を扱う熊人族の重戦士
ファニー 風属性の魔法を得意とする鹿人族の魔術師
エルザ 両斧槍を振り回す猪人族の小柄な少女
今回の話は140話の戦闘の続きから、となります。
──今より、少し前の時間の二の門。
「貴様はよく戦った。今、楽にしてやるぞ」
既に死ぬ覚悟を決め、目を閉じていたイズミに対して。眼前の巨人族──四本槍の一人・ショウキは、両腕で握っていた岩石を固めて作られた巨槍を真上に掲げると。
何の迷いも躊躇もなく、イズミの頭を両断する勢いで振り下ろす。
だが、その槍刃がイズミに届く事はなかった。
「は、はっ。間一髪というとこ、かな」
巨人の槍が自分の身体を貫く瞬間を見ないよう目を閉じていたイズミが、薄っすらと目蓋を上げると。
一人前の武侠と父親から認められた自分と同じ、いや……自分よりも背丈も体格も立派な女が。大きな盾を構え、ショウキが振り下ろす巨槍の一撃を受け止めている最中であった。
しかも、余裕のある笑みを浮かべながら。
決着を阻止されたショウキは、いかにも面白くなさそうな不機嫌な顔で。横から割り込み、自分の攻撃を受け止めた彼女を睨みつける。
「渾身の力を込めた一撃を、一人のみで止めるか、女……っ!」
「お……褒めに預かりどうも。あたしはこの集団の盾役なんでね、どんな攻撃でも止めてやるよっっ!」
ショウキが不機嫌な表情を浮かべるのには、もう一つ理由があった。
いくら盾を構える彼女が、体格的に優れていたとしても。それは人間の視点から見て、であって。巨人族であるショウキの身長は、イズミが縦に二人並んだよりも巨躯だったりする。
それ程の体格差があるにもかかわらず、盾を構えた彼女はショウキの一撃を一歩も怯まずに受け止めていたのだから。
それにイズミは、彼女の言葉の中に一つ気になる箇所が含まれていたのを、聞き逃がしてはいなかった。
「……集団? ということは、貴殿は一人ではない、とっ──」
そう盾を構える彼女にイズミが声を掛けた、その時だった。
イズミの脇を何者かが凄まじい速度で通り過ぎていき、盾役の背中を駆け上がっていった。
「カサンドラっ、ちょいと、背中を借りるぜっ!」
「お、おいエルザっ、ま、待てっ、あたしはいいとは言ってないぞ……い、痛っ、痛いいぃつ!」
背中を踏まれ、痛がる彼女の抗議の声も聞こうとせず。その小柄な人影は背中から大きく跳躍し、短躯に見合わぬ槍だか戟だかを空中で振りかぶる。
二人のやり取りをただ呆然と見ていたイズミの頬を、掠めていったのは自然に吹いたとは思えぬ、強烈な風。
風の正体を確かめようと、背後へと振り返ったイズミの視線の先にあったのは。
「……我が手に集え 渦巻く風」
鹿のような二本の角を頭に生やした少女が、何やら呪いらしき文言を並べ。手に握っていた杖に集中している姿だった。
先程、イズミの頬を掠めた烈風は、間違いなく少女が巻き起こした風だった。
「敵を呪縛せよ──風縄!」
詠唱を終えた鹿角の少女は、握る魔法の杖の先端へと集束させた風属性の魔力を解放し。
仲間であるカサンドラへと槍を力任せに押し込んでいた、不届きな敵の周囲へと渦巻いていった。
「う、うおおっ、な、何だこの纏わり付く風はっ?……う、動きがっっ!」
ショウキの周囲に渦巻いていた烈風は、徐々に範囲を狭めていくと同時に吹き付ける風の速度も増していき。
最初こそ、自分の周りに吹く風を嫌い、鬱陶しがっていただけだが。徐々に、渦巻く風によって自分の行動が阻害されていく事態に気が付くと。
カサンドラとの力比べを諦め、両腕に持つ巨槍を振り回して周囲に吹く風から脱しようと試みる……も時、既に遅く。
ファニーが放った「風縄」の魔法で、行動の自由を阻害されてしまったショウキ。
そこへ。
「喰らって……おきなあああああ!」
カサンドラの背中を借りたことで、真上に大きく跳び上がっていた小柄な戦士が。
ここぞとばかりに力を溜めた両斧槍の一撃を、ショウキの巨体へと振り下ろしていく。
「むう?……だが、っ」
四本槍の三人が、劣勢になったと同時に。黒幕であり、忠誠を向ける相手であるジャトラから授かった秘策……魔竜の血の力により。
今のショウキの体表には、手に持つ槍と同様に岩石が、まるで全身鎧のように張り付いていた。
イズミらが放った矢も防いだ、岩石による鎧での防御で、小柄な戦士からの一撃も防げる。そう考え、防御の姿勢を取らなかったショウキだが。
「な、っ⁉︎……なん、だとおっ!」
エルザが放った両斧槍の一閃は、無防備だったショウキの岩石の装甲を容易く破壊し。
岩石鎧の下にある本体をも、深々と傷を負わせていき、傷口からは赤い血……ではなく黒い液体が噴き出していった。
ファニーに魔法による妨害を任せていたエルザは、予め自前で「筋力上昇」を使い。突撃する速度や跳躍力、そして両斧槍を振り下ろす威力を底上げしておいたからだが。
「な、何だこいつ? あの蛇野郎と同じ黒い血を噴きやがる!」
「ちょ、ちょっと待てエルザ、と……いうことは、だ」
ショウキの槍を止める必要がなくなり、自由に動けるようになったカサンドラがまず行ったのは。
自分が庇ったイズミから、詳しく情報を聞き出すことだった。
「あ、あの、ここに『アズリア』という人物はいませんでしたか?」
アズリアを追う、というベルローゼ公爵の依頼でまさかこの国まで来てしまったカサンドラら三人組。
数日前、依頼主であるベルローゼ公爵と一緒のところを。真っ黒な鱗の蜥蜴人らしき魔物に襲われたカサンドラら三人組は。
少し離れたフルベ、という都市で、赤髪で褐色肌、巨大な剣を振るうアズリアらしき人物が活躍した話とともに。
世話になっていた農村で、ここシラヌヒ城にて大きな内戦が起きる噂を耳にした。
フルベの街に向かうか、シラヌヒ城に向かうか。見知らぬ土地で揉めに揉めたベルローゼ一行は。
『好戦的なアズリアならば戦いに首を突っ込まないわけがない』
そう断言した依頼主でもあるベルローゼ公爵の意見を尊重し、シラヌヒ城へと進路を決めるも。
到着してみれば、噂通り大勢の騎馬隊がシラヌヒ城の入り口を強行突破していったため。カサンドラらも便乗して内部に侵入した……という経緯で、ここまで来たのだったが。
先程まで共闘していた上、生命の恩人でもある当人の事を訊ねられたイズミは。
「あ……ああ、アズリア殿なら、我らがここ二の門の敵を引き受け、三の門へと進んでもらったばかりだが……?」
「そ、それは本当か? 本当の本当に、赤い髪で身体が大きく、褐色の肌で巨大な剣を軽々と振り回す、アズリアなんだな!」
「そ、そこまで特徴が一致してれば、間違いようもない……ああ、そのアズリア殿だ」
カサンドラが、知り得る限りの特徴を並べてイズミに確認を取っていくが。彼女が挙げる特徴の全ては、イズミの知るアズリアの外観に全部一致する。
当然だ。イズミとカサンドラ、二人が思い浮かべていた「アズリア」は同じ人物なのだから。
「──聞いてくれ! 皆んなっっ‼︎」
ここでようやく自分らが依頼を遂行出来た事を理解したカサンドラは。
仲間の二人、そして依頼主であるベルローゼへと。今、この場に目的の人物がいる事実を大声で伝える。
「この先に、アズリアはいるぞ!」
「風縄」
術者が視認し、設定した対象を中心に。集束させた風属性の魔力をまず周囲へと展開させ、烈風となった魔力を対象に向けて全方位から縮小していき。その段階で吹き荒れる強風で対象の自由を奪う、風属性の中級魔法となる阻害魔法。
本来ならば、強引に烈風の範囲から脱出しようとすれば、強く吹き付ける風の衝撃に阻まれる事となるが。
本編では巨人族のショウキの強大な膂力を完全に押さえ込む事は出来ず。動きを抑制する程度となっている。




